1−4 再結成(1)
目を覚ますと、土曜日の昼だった。高校時代のことを夢に見たような気がするが、先週の健二の電話が心の中に引っかかっているに違いない。
昨夜もバー「エンボス」で明け方三時までバイトしていたから、昼に目を覚ますというのはいつも通りの週末の過ごし方だ。もっとも、大学にはほとんど行っていないので、平日と週末という区別にはあまり意味がないが。今日がいつもと違うとしたら、間違いなく四時前に、健二からLine通話がかかってくるはずだということ。しつこいあいつのことだから、僕がリモート会議に接続するまでかけ続けるだろう。
顔を洗って窓の外を見ると、ジリジリと強烈な太陽の光が向かいのマンションの壁に照りつけていた。部屋の中は、タイマーでエアコンを付けてあるから快適だが、夕方まで外に出る気にはならない。大人しく、ここで健二の電話攻撃を待ち構えるしかないか。
シリアルに冷たい牛乳をかけて食べ終わると、ノートパソコンを開いて、四年ぶりに「ヨミカキ」のサイトにアクセスした。アカウントはとっくに削除して退会していたから、元のようにログインする訳ではない。あくまでも一般のゲストとして見るだけだ。
検索フォームで「rota+」と入力して改行キーを叩くと、ユーザーが一件表示される。健二の奴、まだ昔と同じペンネームで書き続けているんだ。プロフィールページを開くと、最新作はつい一週間前に更新されていた。その作品を、頭から最新話まで読み通したが、主人公が遭遇するちょっと不思議な出来事をアクセントに、現実の世界で展開する家族や恋人との温かい関わりについてのストーリーという作風は、ぜんぜん変わっていなかった。
次に「水恋詩」を検索してみると、「ユーザーは見つかりませんでした」と表示された。念のため、高校生の時に投稿していた小説のタイトルを検索すると、「放空歌」という作者の作品でヒットした。そうか、ペンネームを変えたのか。どちらにしても意味がよくわからないペンネームだが。軽い気持ちで、先月完結した最新作を読み始めて強烈な衝撃を受けた。あのころ書いていた、いかにも青春という恋愛小説とはガラリと趣を変えて、大人の人間関係の苦さと取り戻せない過去への悔恨を描く、重厚な作品になっていた。この四年間に、いったい何があってこんなに変わったんだ?
その後も、「龍兎翔」、「さとのん」、「ヱビフル」と、高校生当時声をかけた十人のペンネームを、覚えている限り順番に検索して、一番最近の作品を読んでいった。完全に退会しているのは僕の他には一人だけで、あとはペンネームを変えたりしながらも、アカウントは継続しているようだった。ただし、一年以上前に更新が止まったままになっているのもいて、必ずしも創作活動を続けている訳ではないかもしれない。
そして最後の一人、「三村優」と入力して、僕は改行キーを押すのをためらった。彼女がまだ同じペンネームで活動しているのか、もう書くのをやめてしまったのか、確認したい気持ちもあったが、近況を知るのが怖くて、キーを押すことができなかった。
しばらくノートパソコンの画面を見つめていたが、結局、最後の検索はしないままウィンドウを閉じた。
時計を見ると、いつの間にか三時半になっている。来るならそろそろだな、と思った途端、スマホの着信音が鳴り始めた。
「なんだよ」
「お? 今日は取るのが早いな。あと三十分で始まるけど、先に会議室につないでても大丈夫だぞ。俺はもうつないであるし」
「なんで参加する前提になってるんだよ」
「家でヒマしてるんだろ? いいから来いって。あ、そうそう。カメラで顔出しするから、背景には気をつけろよ。パンツとか部屋干しにしてるのが映ったら、女子勢が引くからな」
「そんなもん干してないよ」
カメラで顔出しか。背景に映るところまで考えていなかった。
「設定で、顔以外映らないようにバーチャル背景を設定することもできるけど、やったことあるか?」
「無い」
「大学のリモート授業で使わなかったのか? 一年の時あっただろう」
「顔出しなんて、したことない」
実際はリモート授業自体に参加したことがない。一応、リモート会議アプリはスマホとPCの両方に入れてあるが、瀬田大では、ほとんど授業には出ないで浪人と同じように勉強していたし、二重橋大に入ってからは、やりたいことを見失ってバイトに明け暮れていたから、やっぱり授業にはほとんど出ていない。
「まあいいや。とりあえず今なら、リモート会議室には誰も入ってないから、早くつなげよ。背景の設定の仕方も教えてやるよ」
「ああ」
「じゃ、切るぞ。すぐにつないで来いよ」
「わかったよ」
通話が切れた。あの調子だと、五分たってもリモート会議室に入らなかったら、またかけて来るだろうな。気が乗らないが、つなぐか。
ノートパソコンで、健二が送って来ていたリンクを開くと、リモート会議アプリが立ち上がった。会議室の中には、健二と僕しかいない。
「よしよし。ちゃんと来たな。じゃ、バーチャル背景の設定の仕方からな」
それから十分ほど、リモート会議アプリの背景の設定の仕方を教えてもらい、カメラで自分の顔を映してもなんとかそれらしい状態になったころ、他のメンバーが入って来た。
「こんにちはー」
「あ、いらっしゃい! えーと、さとのんさん?」
「はい! あ、でも今は、さとひなにペンネーム変えたんです」
「そっか、そっか。さとひなさんね」
健二の奴、今日やってくるメンバーの顔と名前を把握しているのか。僕も高校生の時に会ったはずだが、すっかり顔は忘れている。いや、覚えていたとしても、大学生になってずいぶん変わったのだろう。髪も明るいブラウンに染めているし、メイクもしているようだし。それでも誰だかわかる健二は、この四年間、僕がグループを離れていた間も、ちゃんと交流を持っていたんだろうな。
「あの、
「……」
「何、黙ってんだよ。ちゃんと名乗れよ」
「あの……、えっと、琥珀です」
「えー! ウソー! 琥珀先生?! 本当に来てくれたんだー! 懐かしいー。元気でしたー?」
さとひなさんは、画面の方に身を乗り出してきた。
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