1−4 再結成(2)

 リモート会議アプリの画面は相手ごとに六分割されていて、動きもギクシャクしているから、細かい表情までは見えない。それでも、さとひなさんが喜んでいる様子はわかった。

「うん、まあまあ元気かな」

「会いたかったー! 夏休みが終わったら、いきなりヨミカキのアカウントを消して、Lineのグループからも退会しちゃったから、寂しかったんですよー。受験勉強に集中してたんですか?」

「まあ、そんなところかな」

「私は、あの時にもう高校三年生だったけど、二年生から受験勉強に集中ってさすがですね。で、どこの大学に行ってるんですか?」

 少し言い淀んだ。別に隠すほどのことではないし、国立でもトップに位置する大学という気負いがある訳でもない。それでも、大学名を言った時の相手の反応に困ることがある。特に私立大学に行った同級生と久しぶりに会って、再入学した話をすると、微妙な空気が流れることがあった。

「大学は、二重橋」

「うわっ! すごい。超秀才。さすが二年生から受験勉強に専念してただけある」

「いや、そんなことないけど」

 やはり、そういう反応が返ってきたか。

「琥珀先生って、昔からすごかったもんね。いろんなこと知ってるし、頭のキレがいいというか。前に集まった時も、みんなに物語作りの理論を説明してたの、今でも覚えてますよ」

「いや……」

 やめてくれ。頭でっかちの、口先ばっかりだった頃の黒歴史。やっぱり参加するんじゃなかった。


「こんにちは。ヱビフルこと吉崎 環よしざき かんなです」

「おお、ヱビフルさん、いらっしゃい」

「あの、俺、高校生の時のオフ会は宝塚に住んでいて参加できなかったんですが、今回リモートってことで初顔合わせになります。また声をかけていただいて、ありがとうございます。よろしくお願いします」

「はい。よろしくです」

 これがヱビフルさんか。変なペンネームだと思っていたが、こんな男だったのか。四年前は名前だけしか知らなかったメンバーの顔が見られるようになるとは、健二の企画力は大したものだ。


「えーと、大多和 碧おおたわ あおです。あ、龍兎翔りゅうとしょうを名乗ってます」

「龍兎翔さん、いらっしゃい」

「佐川純です」

 開始時間が近づいて来たので、続々とメンバーが接続し始めた。健二がホスト役になって出迎えているうちに、会議室画面がいっぱいになる。

「これで八人ね。あと一人来てないけど、さっきメッセージが来てて、家に着くのが少し遅くなるから先に始めていて下さいということなので、自己紹介と近況報告から始めますか」

 あと一人。画面を確かめるまでもなかった。彼女が、まだやってきていない。三村優、いや、本名の日向 美優ひなた みゆの方がしっくりくる。彼女がいないことで、ホッとしているのが半分、寂しいのが半分と気持ちはないまぜになっていた。


 参加している八人それぞれの、いま通っている学校や創作活動などの近況を順番に発表し終わると、雑談が始まった。自然と、四年前に集まった時の思い出話が出てくる。

「あの時、琥珀先生に教えてもらった創作論、すごく勉強になったなあ。教えてもらった本も読んだし」

 龍兎翔だ。

「改善のコメントをもらったところが、いちいち納得感があって。奨励賞を取れたのは、間違いなく琥珀先生のおかげだね」

「いや、それは君の実力だから……」

「私もそうです。オフ会には行けませんでしたけど、コメント欄で相談したことに一つ一つちゃんと答えていただけて。スポンサー賞をいただけたのは琥珀先生のおかげです」

 この子は、じゅんじゅんと名乗っていた。喉の奥から、酸っぱいものが込み上げてくる。話の流れを変えようと、記憶にあった名前に話題を振る。

「そういえば、もう一人奨励賞獲った水恋詩さんって、今日は来てないんだ」

 僕がそう言った途端、誰も発言しなくなり、会議室アプリがしんとした。画面に映るみんなの顔も戸惑っているように見える。何か変なことを言ってしまったか?

「あのさ」

 健二が沈黙を破った。

「お前、少しは空気を読むことも覚えろよな。もう大学生になったんだし」

「え、何か悪いこと言ったか? どうかしたのか、あの人?」

「そうか。お前、あの夏休みからすぐにLineグループ抜けちまったから、知らないのか」

「何かあったのか?」

 嫌な予感で、背中に冷たいものが走った。もしかして、高校を卒業できずに亡くなっていたとか? いやいやいや、つい先月更新された新作を、さっき読んだばかりだ。

「それ以上突っ込むなよ」

「……どうして?」

「いいのよ。私が悪いの」

 発言したのは、さとひなさんだった。

「え?」

「私と田辺君、あ、元は水恋詩ってペンネームだったよね。私と田辺君とは、あのオフ会で会ってから、すぐに付き合い始めたの。彼は宇都宮で、私は埼玉の久喜に住んでたから近かったし。大学も同じ経稜大に進んで、一人暮らしを始めた彼のアパートで半分同棲してた」

 あのオフ会から、そんなつながりができていたなんて知らなかった。

「でも、毎日顔を合わせていると、だんだんすれ違うようになって来て、去年のクリスマスに別れちゃった。別れる時は結構修羅場だったから、今日も、私と顔合わせずらくて来てないんだと思う。ごめんね、余計な気をつかわせちゃって」

「いや、ごめん。無神経なこと言っちゃって」

「琥珀先生は知らなかったんだから、しょうがないよ」

 水恋詩から放空歌にペンネームを変えて、ガラッと作風も変わっていたのは、そんな事情があったからなのか。四年もたつと、人間関係もいろいろあるし、人も変わるということだよな。

 僕はどうだろう? この四年間で、目標を見失い、自堕落になり、どんどん悪い方に変わってきた自覚はある。


「お待たせー」

 新しいメンバーが参加して、画像が表示された。

 僕は息をのみ、両手をぎゅっと握って画面を見つめる。

 彼女だ。四年ぶりに見る、日向美優だ。





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