3ー3 対決(3)

「僕は、受賞した美優や仲間たちがうらやましかった。妬ましくて、悔しくて、それであの後、四年間ずっと小説を書くことから逃げて、思い出さないようにしてきた。逃げ出した原因は僕自身の弱さで、君のレビューは、それをはっきり僕に認識させただけだ」

 至美華の目からは、怯えや、すがるような色は消え、ただ悲しみだけが残っているようだった。

「勝手だよな。それをみんな至美華のせいにしてきた。でも、今年の夏に、僕はその仲間たちに引っ張り出されて、また書き始めたんだ。何もかも放り出して逃げだしたことも、すっかり許してもらえて」

 背中のリュックから、自分たちのアンソロジーを取り出し、至美華に差し出す。

「これが、僕たちが作った本。一番先頭に、僕の作品が載ってる。ぜひ読んで、感想を聞かせてくれないか。僕が、逃げている間に進歩したのか、退化したのか、至美華の意見を聞かせてほしい」

 至美華は、僕の本を受け取って、じっと表紙を見ている。

「その表紙も、仲間たちが撮影して作ったんだ。よくできてるだろ?」

 至美華は、くちびるを噛んで、ぽろぽろを涙をこぼし始めた。


「琥珀さんは、ずるいです。あんなに才能があって、飛び抜けた知識も技術も備えているのに、その上こんな友達もいるなんて……。文学というのは、孤独な営みじゃないんですか……」

 至美華のブースは、一人ですベて準備したのは明らかだった。誰かが本を買いに来ている様子もない。きっと、投稿サイトで馴れ合いの交流なんてことはせずに、一人でこつこつと書き続けているのだろう。

「僕にも、その本を一冊売ってくれないか。今の至美華が何を書いているのか、読んでみたいし」

「でも、これをいただいてしまったのに、お金は……」

「いいよ。それは僕からのプレゼントだから。至美華の本は、ちゃんと買いたい」

 千円札を渡して本を受け取り、リュックにしまうと、改めて至美華の目を見た。もしかすると僕と同じくらい、いや僕以上に、彼女はこの四年間苦しんでいたのかもしれない。なぜ僕が突然いなくなってしまったのか理解できずに。僕の勝手な振る舞いに巻き込んでいたのかと思うと、心が痛んだ。


「隣の列のP-15で、『月夜ノ波音』っていうサークルで出店しているから、もしよかったら、後で見に来ないか」

「ちょっと!」

 美優は、不満そうだった。そんな様子を見ながら、至美華は小さな声で答えた。

「いいえ。遠慮しておきます」

「じゃ、僕たちはこれで行くから」


 至美華のブースを離れ、Q列の通路を美優と並んで歩いていると、あちこちのブースから呼び込みの声がかかる。目線が合うだけでも、にこりと会釈してくれる人もいる。皆、自分の「文学」に誇りを持って、「文学」を楽しんでいるようだった。仲間とアンソロジーを出すという目的を達した僕もそうだ。

 でも、至美華はどうだったんだろう。ストイックに道を極めるために、仲間を作るようなことはなく、唯一わかり合えると思っていた僕は、突然逃げだしてしまい。ずっと孤独と向き合ってきた彼女は、「文学」を楽しめたのだろうか?


「なんか、予想してたのと全然違う展開になったね」

 美優がしみじみと言う。

「本当に、宏樹はあれでよかったの?」

「ああ」

 きっとあれで良かったんだと思う。

「もう、至美華の名前を見ても発作は起こさない?」

「たぶん、もう大丈夫」

 恐れていたような相手ではなかった、ということ以上に、相手は僕のことを同志だと思っていた、と知ることができたのが大きい。直接会ってみれば、書かれた言葉の厳しさの裏に、真剣に文学に向き合いたいという痛いほどの思いがあった。

「あんな若い子だったとは思わなかったな。四年前は中学生だったってことだろ」

「そうだね。中学生だから仕方ないってことでもないけど、子供だったんだね」

「逆に、中学生であの文学知識や文章力は、凄かったと思う」

 真剣勝負をしていた自分も、たかが高校生だったから、大したことは言えないが。


「おーい! 探したぞ!」

 健二が、人混みをかき分けながらやってきた。人気があるらしい作家のブースの前は、本を買う人の列ができていて、通り抜けるのもやっとだった。

「なんか掘り出しものでもあったか?」

 美優の前に立つと、僕の方は無視して聞いている。健二は、今日で勝負を決める覚悟だから、これも真剣勝負のつもりなんだろう。

 もし、さっき僕と美優が腕を組んで歩いているところで会っていたら、どんな反応をしたかな? 想像すると、思わず笑ってしまった。


「うん。すごい掘り出し物があったよ。もう十冊くらい買ってきたから、リュック重くて」

 美優は屈託のない笑顔で答えると、僕の方を向いて同意を求めた。

「ね?」

「ああ。四年に一度の傑作に巡り会えたよ」

「なんだそれ? ワールドカップかよ」

 美優を間にはさんで、僕と健二と三人で通路を歩き始めた。美優が店番に入る二時までは、まだ少し時間がある。

「ねえ、あっちのファンタジージャンルのところ、行ってみたいんだけど」

「いいぜ。行こう」

 健二は、お前もついてくるのかよ、という目で僕を見たが、気が付かないふりをして一緒に歩いている。

 僕も、少し真剣勝負がしたくなってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る