3ー4 やりなおしの結果(1)
美優が店番に交代する時間が近づいてきたので、P列に戻ってきた。『月夜ノ波音』が出店しているP-15のあたりは、妙に人が集まっていて大盛況に見える。
しかし、近くまで来てみれば、ヱビフル、じゅんじゅん、佐川純の三人が到着し、今日来る予定のメンバー九人全員がそろったので、ブース前からあふれているだけだった。残るメンバーの一人、福岡に住んでいるArumatは、この週末は用事があって来られないと前から連絡があったし、放空歌は、何も連絡はないがリモート会議から一度も集まりには参加していなかった。さとひなさんとの別れのショックを、まだひきずっているのだろう。
隣のハルノートさんの机の前まで人がはみ出しているのを見て、健二は交通整理のように手を広げて境界線までメンバーを押し込めた。
「おーい、隣のブースの前をふさいだらダメだからなあ」
「押すなよ、狭い狭い」
押されたメンバーは通路側に移動するが、歩いている人もずいぶん増えてきたので、ブースの前はごちゃごちゃになっている。
「人が多くて、どうも済みません」
隣に座っている吉野さんに謝ると、にこにこしながら返された。
「いいえ。うちの前にいてもらっても大丈夫ですよ。人が多い方が、人気の店に見えますし」
「はあ。申し訳ない」
「みなさん、サークルの方ですか?」
「はい。これで全員です」
吉野さんの横に座っている於菟さんが、チョコクッキーの小袋が沢山入ったパックを差し出してきた。
「あの、これ、さっき差し入れでいただいたんですけど、沢山あるので、皆さんで召し上がって下さい」
「えっ? いただいてもいいんですか?」
「うちは二人しかいませんから、こんなにあっても余ってしまうので」
於菟さんも、吉野さんも、にこにこしているので、ありがたく頂戴する。
「おーい、みんな。お隣のサークル『ハルノート』さんから、お菓子の差し入れいただいたぞ」
声をかけながら、美優と店番を交代して立ち上がった、さとひなさんに一つ渡し、その隣に立っていた健二にパックごと預けた。たちまち、わらわらとみんなが集まってきて、パックからチョコクッキーを取っていく様子は、砂糖に群がるアリの大群のようだ。
「ありがとうございます!」
「あ、これ好きなやつ」
さとひなさんは、チョコクッキーの小袋を持ったまま於菟さんの机の前に行き、ブックカバーを見始めた。
「これ、手作りされたんですか? 素敵ですね」
「ありがとうございます。吉野さんの作品のイメージに合わせて、一つひとつ手作りしています」
手に取って手触りを確かめてから、さとひなさんは、桜色のカバーを購入した。
「やっぱり、実際に手にとってみると、欲しくなっちゃいますね」
「ですね」
実物に触れながら、作った人の思いを直接聞いて買うことができる。効率は悪いかもしれないけれど、メルカート=市場と名づけた主催者の意図が、なんとなくわかってきたような気がする。
「
にこにこしながら買ったばかりのブックカバーを手にしている、さとひなさんの後ろから、男が近づいてきて声をかけた。振り向いた彼女は、大きく目を見開いて固まる。
「
この男は見覚えがある。四年前、初めてオフ会で集まった時に相談を受けて、キャラクターアークなどと覚えたての用語で答えた相手。当時は水恋詩と名乗っていた。今は放空歌に名前を変えた男。
「元気にしてたか?」
「……うん。悠真は?」
「ああ。なんとかやってる」
振った女と、振られた男。ギクシャクしない方がおかしい。勇気を出して声をかけてきたこいつは大したものだ。僕には、真似できそうにない。
「琥珀さん、放空歌さん来ましたよ」
さとひなさんは、じっと見ている僕に話をふってきた。彼女も、振った相手といつまでも話を続けるのは、気まずいのだろう。
「久しぶり」
「琥珀先生、ご無沙汰しています」
ご無沙汰していたのは、僕の方だ。行方をくらませていた間も、彼は書き続けて、進化するのをやめなかった。僕は、四年前に停滞したまま、ようやく再起動したところ。先生なんて呼ばれるのは、間違っている。
「先生はやめてくれ。僕は、四年前に創作をやめてしまって、今回も一本書くのがやっとだったから」
「そんなことないです。琥珀先生に教えてもらったことは、まだ覚えているし、実践していますよ。『人は、変化して成長していくところが魅力なんだ』って。あれは、単なる創作論じゃなくて、生き方そのものを教えてもらったんだって思ってます」
そんなことを言っていたか。でも人の生き方なんて、人生論みたいな大それたことは考えていなかった。結果的に、彼は変化して成長し続けたんだろうけど、それは彼自身の力だ。
「最近の作品、読んだよ。随分作風が変わっていたよね。純文学的というか、重厚な感じになってて、すごいなと思った」
「ありがとうございます」
じゅんじゅんや佐川純の方に戻って立ち話をしている、さとひなさんの方を見ながら、放空歌は言葉をつないだ。
「自分は、自分が成長したことを示して、もう一度彼女に告白するつもりです。あの頃の未熟な自分ではないことを見せられれば、またやり直せるのではないかと思っています。それが魅力につながっていればいいんですけどね」
僕の方を振り向いて、ニヤッと笑った。
「それでもまた振られたら、いい小説のネタにもなるでしょうし」
「そうか。応援してるよ」
放空歌は軽く一礼すると、さとひなさんの方に歩いて行って声をかけた。一言ふたこと話をすると、二人並んでブースを離れ、出入口の方に歩き始めた。どこか静かなところで話をするつもりなのだろう。
「なあ、宏樹。放空歌が来たって聞いたんだけど、どこにいる?」
健二が、きょろきょろしながらやって来た。
「打ち上げの人数に追加していいか、確認したいんだけど」
「ちょっと待った方がいい」
ちょうど、出入口から出て行こうとしている二人の後ろ姿を見ながら答えた。
「うまく行ったら一人増えるだろうけど、下手すると逆に一人減るかもしれない」
「なんだそれ?」
「いや下手をするとじゃなくて、うまく行きすぎると、かもしれないな」
「全然、意味わかんないんだけど」
健二は、ふくれっ面で僕をにらんでいる。
「撤収の時に、もう一度点呼とればいいんじゃないか?」
僕は、笑いながら手を振った。
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