二章 やり直す青春イベント
2ー1 青春のロケとデート(1)
「よーし。それじゃ靴脱いで、波打ち際に入ってもらおうか」
「えー? マジかよ? 裾が濡れちまうだろ」
「まくり上げてもいいぞ。男子はその方が青春っぽいかもしれんな」
海水浴客が来る前の早朝。江ノ島と富士山が遠くに見える海岸で、ヱビフルこと
再結成のリモート会議で決めたように、健二、美優、僕の三人で、毎週木曜日の夜に編集会議を開くことにしていた。美優が名古屋に住んでいるので、当然編集会議もリモートだ。そこでアンソロジーのテーマとして「青春やりなおし!」という案を作り、全員に提案して承認を取っていた。表紙も、それに合わせて青春っぽい演出にしたいという健二の意見で、高校生の制服を着て湘南海岸でロケをすることになったのだ。今日も、発案者の健二は、僕と一緒に撮影現場を見に来ている。
ロケと言っても、モデルやカメラマンを雇うわけにはいかないので、やっているのは全てメンバーだ。全員参加の会議では、写真撮影と表紙デザインは、遠く京都に住んでいるヱビフルが手を挙げてくれた。男子モデルも、見た目で一番若そうな龍兎翔が満場一致で推薦されて、すんなり決まったが、女子のモデル選びだけは最後まで難航した。
メンバーには四人も女子がいるのだが、皆、愛知や滋賀、宮城在住で、ロケのためだけにわざわざ神奈川まで出てくるのは難しい。唯一、さとひなさんは埼玉に住んでいるので、距離的には問題なかったが、モデルになるのは断固拒否。健二が、いくら顔出ししないからと説得しても、うんとは言わなかった。
困り果てて、男子だけの表紙にしようかという話になりかけたところで、滋賀在住で、ヱビフルと同じ関西平成学院大学に通っているじゅんじゅんさんが手を挙げてくれたので、ようやく話がまとまったのだった。
カメラマンと女子モデルが関西で、男子モデルだけが関東なら、撮影も関西の方がいいのではと提案したが、どうせ撮るなら湘南の方がイメージが良いとヱビフルが言い張り、当初案通り鎌倉での撮影会となった。
「つい数年前のことなのに、あんな制服を着てアオハルしてたなんて、遠い昔のことみたいだな」
波を避けながら楽しそうにはしゃいでいる、じゅんじゅんさんと龍兎翔を見ながらつぶやくと、健二が冷たい声で返事をした。
「お前、男子校だっただろ。彼女がいて海に遊びに行ったなんて話、聞いたことないぞ」
「うるさい。その通りだよ。あんな青春してなかったよ。そうありたかったアオハルだな」
「所詮、妄想の中のアオハルか。創作者の悲しい
まったく健二の言う通りだ。僕はあんなふうに、女の子と海に来てキャッキャッうふふ、なんてしたことがない。だから創作で、妄想をてんこ盛りにしていたのだった。
一通りイメージ通りの撮影が終わったのか、ヱビフルがカメラをぶら下げて僕たちの方に歩いて来た。
「お疲れさま。いい写真、撮れた?」
「ああ。結構いい感じになったと思う」
「ありがとう。今日の新幹線代くらいは、みんなから集める製作費の中から経費として出すから、金額を教えて」
「いや、いいよ」
ヱビフルは顔の前で手を振った。遠慮深いやつだ。
「遠慮するなよ。あと、ホテル代は値段次第かな。二部屋だから、あんまり高いと、全額は出せないかもしれないんだけど」
「いやいや、俺たちのホテル代まで出してもらったら悪いって。金屋も実家暮らしで、結構、親がうるさいんだよ。文学サークルの集まりで鎌倉に行くなんて、最高の口実になったし」
口実? 撮影ロケは目的で、口実じゃないと思うのだが? それに、ペンネームのじゅんじゅんではなく、本名の金屋で呼び捨てって? それに親がうるさいって、なんでそんなことまで知ってる?
「えっ!? お前ら付き合ってるのか?」
健二がびっくりして大声を出した。そう言われて初めて気がついた僕は、言葉が出なくて、目をぱちぱちするしかない。
「あー、言ってなかったっけ? 高校の時は、お互い滋賀と兵庫で離れてたから、会ったことなかったんだけど、大学に入ったら学部まで一緒だったからさ」
海水に濡れて砂だらけになった素足のまま、じゅんじゅんさんがやって来て、ヱビフルの隣に並んだ。両手に、脱いだコインローファーをぶら下げているが、制服にその足元は、ちょっと刺激的過ぎる。
「お前ら、昨日はどこに泊まったんだ?」
健二が、遠慮なく不躾な質問を投げつける。
「鎌倉の海が見える小さなホテル。ここから歩いてすぐのところ」
「はいはい。おしゃれなところね。じゃ、部屋代は一部屋だけで済んだんだ。宏樹、良かったな」
さっきは健二と、妄想の中のアオハルなんて話していたが、この二人はリアルにアオハル続行中だったってわけだ。黙ったままのじゅんじゅんさんは、明るい日差しの中でもわかるほど、真っ赤になっていた。
足の砂を払っていた龍兎翔が、遅れてやって来る。
「制服でじゅんじゅんさんと並んでいると、結構いい感じだろ? 俺もまだまだイケてるよな?」
今の話を聞いていなかったから仕方ないが、そこで制服同士横に並んでも痛々しいだけだ。健二が、容赦無く引導を渡す。
「龍ちゃんさ、もう手遅れだって」
「はあ? 手遅れって言い方ひどくないか?」
「いや、お前が手遅れなんじゃなくて、じゅんじゅんはもう遅い」
「……? あっ、えっ? そういうこと? だからわざわざ、泊まりでこっち来たってこと?」
「だってよ」
海の家もオープンし、水着に着替えた海水浴客が、続々と砂浜にやって来始めた。制服を着て砂浜に立っているのも、だんだん場違いになってきたから、みんなに声をかける。
「そろそろ引き上げようか」
「そうだな。俺、朝抜きで来たから腹へったよ。そこのマックで何か食べようぜ」
健二の提案に、ヱビフルとじゅんじゅんさんは、ちらっと顔を見合わせた。
「俺たち、ホテルでモーニング食べてきたから遠慮しておく。チェックアウトもあるから、このままホテルに戻るよ」
「まじかよ」
健二は、僕と龍兎翔にすがるような視線を送ってきた。
「お前達は、裏切らないよな。コーラぐらいならおごるから」
「わかったよ。付き合ってやるよ」
人の流れに逆らって砂浜から道路に上がり、手をつないで歩いていくヱビフルとじゅんじゅんさんの後ろ姿を見送った。
「青春やりなおしなのは、俺たちだけか」
つぶやく健二の顔は、それでも明るかった。
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