2ー1 青春のロケとデート(2)
海岸通りのマックに入ると、僕たちくらいの年齢のグループで一杯になっていた。みな、早朝から海水浴のために出掛けて来て、ここで朝食にする計画だったのだろうか。僕たちも、それぞれオーダーしたバーガーやパンケーキを持って、外が見える席に座り、すぐに食べ始めた。コーラは、約束通り健二の奢りだ。
「海に入るなら事前に言っておいてくれれば良かったのに。制服で撮影だからスニーカーしか履いてこなかったけど、ビーチサンダル持ってくれば良かった」
砂浜から道路に上がるところに公共の水道があったから、足の砂は洗い流せたようだが、龍兎翔は靴下を脱いで裸足でスニーカーを履いている。
「俺だって、海に入るなんて聞いてなかったよ。ヱビフル監督の思いつきだろう」
「でもヱビフル監督、じゅんじゅんにはサンダル渡してたよな。元々そのつもりだったんじゃないか」
水道で足を洗ったところで、ヱビフルは肩につかまらせながら彼女にタオルを渡し、足元には白いサンダルを並べていた。
「彼女のことはちゃんとフォローするのは、仕方ないだろ。それよりあいつら、ホテルのチェックアウトまで、まだたっぷり時間あるだろうに、付き合い悪いよな」
「せっかく彼女も制服着てるんだし、二人きりでイチャイチャしたいんだろ。そこは邪魔しないでおいてやれよ」
朝食に付き合ってくれなかったことに、まだ不満そうな健二を、学ランを着た龍兎翔が宥めているのも不思議な光景だった。しかし、大学生になって高校生みたいな彼女の写真を撮っているとか、そのままホテルにいるとか、邪魔しないでおいてやるが、背徳感がすごい。
「ところで、琥珀先生は、付き合っている彼女とかいるのか?」
龍兎翔が、こちらに話を向けてきた。
「いや、いない」
「なんだ、いないのか。モテそうなのにな」
健二は黙ったまま、僕の顔を見ている。付き合っている彼女どころか、女の子と二人切りで出かけたことなど、一回しかない。あの夏の高校でのオフ会の一週間後。美優が家出騒ぎを起こすよりも、だいぶ前だった。
***
「太宰治文学サロンって、面白い?」
ペンネームの
「太宰治の作品から抜粋した言葉とか資料写真とか展示してあるから、太宰が好きなら面白いんじゃないか」
「どこにあるの? チケットとかいる?」
「三鷹駅の近く。入場は無料」
「今度、連れて行ってくれない?」
いきなりのお願いにびっくりして、しばらく返信が書けなかった。美優を連れて出かけるって?
太宰治が特別に好きなわけではない。健二に誘われて行ってきただけだが、近況欄にはそんなことは書いていないから、僕が太宰治に詳しいとか、ファンだとか勘違いしているに違いない。
「いいけど」
「いつなら行ける?」
「夏休みで特に用事はないから、いつでも」
「じゃ明日でもいい?」
思い立ったらすぐ行動というタイプなのか、いきなり明日と言われて焦る。だが、行きががり上ダメとは返せない。
「いいよ」
「何時から開いてる?」
「確か、十時開館のはず」
「駅からどのくらい?」
「歩いてすぐ」
「駅の改札に十時でいいかな」
「うん」
「じゃ、明日よろしく!」
機関銃のようなメッセージが止まった画面を読み返しながら、まだ現実感がなかった。美優と二人きりで出かける? これって、もしかして生まれて初めてのデートなのか? 何を着て行けばいい?
それより、明日までに太宰治の総復習をしておかないと。展示会の話題を見て、わざわざ僕なんかに声をかけてくるのだから、彼女は太宰のファンなんだろう。もし僕が大して知らないことがバレたら、きっとがっかりされる。僕は、父親の本棚に並んでいる日本文学全集から太宰治の巻を取り出して、載っている小説から書簡、解説まで、一晩かけて全部一気読みした。
翌朝、ほとんど寝ていないまま出かけたので、中央線の電車で座ったまま寝込んでしまい、危うく三鷹駅を乗り過ごすところだった。
しかし、改札前で待ち合わせた美優と一緒に太宰治文学サロンに入ると、眠気を覚える暇などなかった。美優は、一つ一つのパネルの写真や文章を読み込みながら、次々に質問や感想を投げかけて来た。一夜漬けで覚えた太宰治の作品や解説の内容を思い出しながら、投げ込まれるボールを打ち返し続けて会場を一巡りすると、疲れ果ててぐったりしている僕とは対照的に、美優はすっかりご機嫌になっていた。
「これで全部見た?」
「ああ。企画展示まで見たから、これで全部だね」
「どこかで、お茶でも飲んで休憩する?」
「うん。駅まで戻るか」
駅まで戻る途中も、美優は展示の内容を思い出しながら、次々に僕に質問してきた。しかし、質問に答えているうちに、次第に疑問が湧いてきた。昨晩、必死に一夜漬けしたから、僕が全部の質問に答えられるのは当然としても、美優が聞いてくる内容は、太宰の作品を読んだことがあり、彼の生涯を知っていれば、当然知っていそうなことが多いのだ。
美優は、本当に太宰治のファンなのか?
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