2ー2 編集会議(2)

「宏樹もなんか食べなよ」

「うちには、食パンくらいしかないからなあ」

「まったく」

 美優は、画面の向こうで頬杖をついてこちらを見ていた。

「あの時は、二人とも目の前にいて、美味しそうに食べてたよね」

 あの夜のことだ。家出してきた美優と、ファミレスでずっと話をしていた夜。

「料理が出てくるまでは、胸の中がいっぱいいっぱいで全然食べたくなかったんだけど、二人がガツガツ食べ始めたの見てたら、だんだんお腹すいてきて、実は食べたかったんだよね」

「えっ、そうだったのか? それなら言ってくれればよかったのに」

「でも、言えないじゃない。二人がすごく深刻な顔して私の心配してくれているのに、やっぱりお腹すいたなんて」

 そんなことを考えていたなんて、まったく気が付かなかった。彼女のことは、わかっているつもりでいても、実はわかっていないことが沢山あるのかもしれない。


 画面に戻ってきた健二は、カップラーメンをずるずるとすすって食べ始めた。その様子を見ながら、美優は頬杖をついたまま質問する。

「健二はさ、なんで『月夜ノ波音』を再開しようと思ったの?」

「んん?」

 健二は、首をかしげながらもぐもぐしていたが、ごくりと飲み込むと、さも当たり前のように答えた。

「だって、約束したんだから、卒業するまでには果たしたいだろ。俺ももう三年だから、来年になったら就活だの卒論だので、こんなことやってられなくなっちまうだろうし。やるなら今しかないと思ったからさ」

「なるほどね」

 美優は頬杖をやめて体を起こし、うん、と両手を上に上げて背中を伸ばした。

「来年は就活かあ。そうだよね。高校時代も短いなと思ってたけど、大学生もあっという間に終わりなんだよね」

 アンソロジーのテーマ「青春やりなおし!」から、僕は高校時代を振り返るような作品をイメージしていた。だが、実は大学生という「青春」などと言っていられる最後の時間も、もう限られているのか。僕は再入学したからまだ二年生だが、彼らは三年生で、もうあと一年しか残っていない。

 やりなおせるのは、今しかない。でも、何を、どうやりなおす?


「ふう。一気食いしたら、眠くなってきた」

「ほんと、健二って自由人だよねえ」

 美優があきれたように笑っている。

「だいたい、今日の話はできたかな」

「そうだな。文学メルカートの出店決定、印刷会社の提出ファイルは美優が整えること、当日の設営イメージのすり合わせは話ができたから、大丈夫かな」

 手元のメモを読み上げると、健二がつけ加えた。

「出店費用の割り勘の案内も、忘れずに頼むぜ。銀行の口座番号とペイペイのアカウント情報送るから」

「わかった」

 メモに書き加える。

「じゃ、SNSグループの方には、僕から書き込んでおくから」

「頼んだ」

「じゃ、また来週」

「バイバイ」

 二人が会議室から抜けて、画面は真っ暗になった。


 青春やりなおし。やりなおせるのは今だけ。忘れていた過去の思い出。きっと忘れられなくなるだろう、今の思い。キーワードがいくつも組み合わさって、作品の形になってくる。これなら、書けるかもしれない。

 会議アプリを閉じると、代わりにワープロソフトを立ち上げ、一気に打ち込み始めた。プロットも何も作らず、思いついたまま書き始めるなんて、高校一年生の時に初めて書いた小説以来かもしれない。しかし、あふれてくる思いを書き留めるには、このスピード感が必要だった。頭で考え、組み立てるのではなく、胸の中でうずく感情と熱量だけで文章を書き上げていく。おそらく後で推敲すると、ボロボロだろう。それでも構わない。

 僕は、そのまま夜中の三時までかけて、一万字の作品を書き上げた。いつも週末はその時間までバイトしているから、別に眠くはならなかった。逆に、書き上げた後も頭の中心が熱を持っているようで、仕事をした時のような疲労感はなく、目は冴え冴えとしていた。タイトルは……。『今をやりなおすなら』これでいこう。

 書き上げたものは、一晩寝かせて頭を冷やしてから再読すべし。これも高校生の時に勉強した、正しい小説の書き方のノウハウだったな。僕は、書き上げた原稿を保存すると、ノートパソコンを閉じた。


 シャワーを浴びて寝巻き代わりのTシャツに着替えると、ベッドの上に体を投げ出した。次第にクールダウンしてくると、心地よい疲労感に包まれる。

 おやすみ。美優。自分の宿題はやったよ。

 そのまま、すぐに意識が薄れて、僕は眠ってしまった。

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