2ー5 最後の準備

 文学メルカートの前日、最後の確認で全員参加のリモート会議を設定した。土曜日だが、夕方四時の開始だからバイトには間に合うだろう。マスターにはあらかじめ、日曜日の朝から出かけることを話しておいたから、今日は十二時で上がっていいと言われている。


「明日は、設営は朝十時からだけど、各サークルで一度に入れる人数は二人までって制限されているから、僕と健二の二人でやることにする」

 印刷会社からは、直接ブースに本が届けられることになっているので、設営といっても大したことはないはずだった。健二が、宣伝ポスターを大学生協の大判コピー機で作ってくると言っているから、それを机の前に貼るくらいで、あとはお金を入れるケースや値札を並べれば出来上がりだ。

「他の人は、十二時からの一般入場の列に並んで入ってくれ。店番も、一度に座れるのは二人までだから、事前に連絡しておいたように、午後五時まで二人づつ一時間交代で頼む」

 美優が、続ける。

「当日の店番のシフト表を作っておいたから、ファイル共有サイトを見ておいてもらえるかな。オープンから一時までは、宏樹と健二が設営からそのまま継続してもらうから、次の龍兎翔さんと、さとひなさんは一時までにブースに来て」

「わかった」

「了解!」

 シフト表を見ると、東京近郊に住んでいるメンバーは早い時間の店番で、遠方から来る美優や、ヱビフル、じゅんじゅんさんなどは、遅い時間の店番になっていた。

 しかし、さとひなさんに振られた放空歌は、都内に住んでいるにもかかわらず、やはり来ないことになっていた。作品はちゃんと投稿してくれたから、サークルに参加する意思はあるが、さとひなさんと顔を合わせるのはやっぱり辛いということだろう。何だか、気の毒になってくる。


「一冊千円ちょうどだから、算数が苦手なやつでも、お釣りの計算は大丈夫だよな」

 健二がふざけると、みな苦笑いしている。ここから、宴会担当の健二に変わって、打ち上げの連絡。

「五時の閉場から撤収を開始して、片付けが終わったら、打ち上げに行くのでよろしく。会場の東京交易センターの周りは何にもないから、浜松町まで戻るけど、当日は一緒に行動するから大丈夫だよな」

「念のために、店のリンク送ってくれないかな。東京で迷子になったらたどり着けないから」

 仙台から来る杜都もりとさんが、手を挙げながら発言する。

「了解。すぐ送る」

「他に、質問がある人は?」

 そろそろまとめに入ろうと思い、僕が質問すると、龍兎翔が手をあげた。

「店番している時間以外は、呼び込みとかやった方がいいのか? それとも会場を見て回ってもいいのか?」

「事務局のガイドだと、ブースの外で呼び込みをするのは禁止だそうだ。店番以外の時間は自由に会場を回ってていいよ。他に質問がある人は?」

 リモート会議の画面からは、誰も発言しなかった。

「よし。じゃあ明日は、みんなに直接会えるのを楽しみにしているから、よろしく。解散!」

 みんなは、口々に、おやすみとか、バイバイとか言いながら、会議から抜けていった。僕はそれを見送りながら、いつまでも接続したままにしている。

 最後に残ったのは、美優と健二だった。


「ようやく、ここまで来たね」

「ああ。健二に引っ張り出されて、とうとうこんなことになっちまった」

「感謝しろよな」

 まったくだ。小説なんて、高校時代の仲間なんて、すべて無き物にしたいと思っていたのに、すっかり、欠かすことのできない生活の一部になってしまった。これは感謝すべきことなのだろう。

「ああ、明日四年ぶりに宏樹と健二に会えるのかあ。楽しみだなあ」

「ずっと毎週会ってたじゃん」

「違うよ。画面越しに会話していたけど、会ってたわけじゃない。会うっていうのは、ぜんぜん違うことだから。手触りとか、匂いとか、体温とか、気配とか、いろんなことを感じられるんだから」

 健二は、大袈裟に目を見開いて、両手を頬に当てながら叫んだ。

「なんと! 明日は、美優におさわりして、匂いを嗅いで、体温を感じてもいいってことか!」

「バカ! たとえよ。本当にそんなことしたら殺すからね」

 僕と健二は、大笑いした。美優も苦笑いしている。

 いつぶりだろう。こんなに大きな声を出して笑ったのは。


 僕は、初めて参加する文学メルカートの会場と、そこに集まる創作者達の熱量を想像して少し震えた。僕は、そこに参加する資格があるのだろうか?

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