1−1 四年前の夏(2)

 僕が小説を書き始めたのは、高校一年の時だった。

 小さい頃から本を読むのは好きだったが、小学生の間は、中学受験のために、いわゆる名作文学と呼ばれるものを勉強として読んでいるばかりだった。しかし、無事に中高一貫の智信ちしん学園に入学すると、新しくできた友達に貸してもらったライトノベルの面白さにハマり、貪るように読みふけった。エレベーター式に高校に進学すると、本好きの別な友達から、無料で小説が読める小説投稿サイトというものを教えてもらい、「みんなで小説を読み書きしよう」略称「ヨミカキ」に投稿されている小説を読むようにもなった。

 しかし、今まで読んでいた文庫本とはかけ離れた、お世辞にも上手とは言えない作品でも、読者の星評価を集めてランキングトップにいるのを見て、もやもやとした気持ちが湧き出てくるのはすぐだった。僕なら、ずっと面白い小説が書けるのに。奇想天外な、誰も見たことがない世界で、圧倒的に魅力的な主人公が大活躍する小説を。

 そして、「ヨミカキ」に琥珀真天というペンネームでアカウントを作り、初めて投稿した小説に何人かのフォロワーがついただけでなく、「面白いです」という感想をもらえたことで、どっぷりと沼にハマる。


 僕は、小説の書き方を必死に勉強し始めた。そう。中学受験で算数や理科の解き方を勉強したように、「面白い小説の」を勉強しまくったのだ。小説投稿サイトには、書き方のノウハウを教えてくれるエッセイも沢山投稿されていたから、そこで紹介されていた『SAVE THE CATの法則』や『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』などを買ってきて、マーカーで印を付け、付箋紙を貼って頭に叩き込んでいった。

 さらに、投稿サイトでPV読まれた数字を稼いで、ランキングを上げるノウハウが書かれたエッセイも勉強した。曰く。投稿サイトは交流すればするほど読まれるようになる。読んで欲しければ、他の作家の作品も読んで、感想を書くべし。曰く、作品には前向きな感想を書くべし。曰く。気に入らない作品や、粗の目立つ作品があったとしても、何も言わずそっと立ち去れ。ここがおかしいなどと指摘しても、なんの得にもならない。曰く。ツイッターなどSNSでの宣伝も手を抜くな。他人の作品も、いいなと思ったら積極的に宣伝しろ。すべては自分のために返ってくる。

 僕は、勉強したノウハウをきっちりと使いこなし、「ヨミカキ」に毎日常駐して、自分の作品を更新しては、他の人の作品に感想を書き、SNSで宣伝しまくっていた。

 半年もすると、ヨミカキでのフォロワーは五百人を超え、二作目の長編はファンタジージャンルの日間ランキングトップ一〇〇の中に入るようになっていた。欲を出した僕は、ランキング上位に上がりやすい現代ドラマジャンルでも書き始め、トップ二〇に入ることですっかり自信を付けてしまった。いつか大手出版社から声がかかって、書籍化作家になるに違いない。高校生で作家デビューしたら、親や学校からなんて言われるかななどと、バカな妄想に耽っていたものだった。


 そして高校二年の夏、周りは次第に受験勉強にシフトし始めていた頃、僕は「ヨミカキ」のトップページに出ていた告知に目を奪われた。

「ヨミカキ高校生チャレンジコンテスト」

 応募資格は、高校生であること。六千文字以上二万文字以下の作品であること。優秀賞や奨励賞に選ばれれば、賞金と賞状がもらえる。応募資格が無い一般向けのヨミカキコンテストと違って、書籍化が約束されるわけではないが、応募者が高校生に限定されるなら勝率が上がるはず。優秀賞に選ばれれば、出版社からの声掛けもあるかもしれない。

 そんな計算で、僕は盛り上がってしまった。そして、現代ドラマジャンルで手応えのあった作品を読み直し、せっせと改稿し始めた。稚拙な表現を改め、伏線を見直し、主人公の心理描写を深めて、優秀賞にふさわしい格調高い文学作品にすべく努力を重ねていった。そして、同じく高校生チャレンジに応募している他の高校生作家たちの小説を片っ端から読み、これはと思う作品には、勉強したノウハウを存分に発揮してコメントを付けた。


 同じ高校生という親近感や安心感があるせいか、ツイッターのアカウントまでフォローして親しくやり取りをするグループが自然と出来上がってきた。高校生チャレンジの副賞になっている大量のドリンクをもらったらどうするとか、大量の宿題があるけど絶対終わらせて鬼でも今日の更新をするとか、期末試験が終わるまでネット禁止と親に言われたとか、高校生らしいつぶやきと交流が毎日続いて、楽しくて仕方がなかった。

 そんなやり取りの中で、一度リアルに会ってみるのはどうかと言い出したのは、僕だ。そして「オフ会だな」とすぐに乗ってきたのは、rota+ロタプラスというペンネームで書いていた健二で、「絶対行く」とかぶせてきたのは、三村優という、ちょっと扱いにくい尖りまくった奴だった。


 こんなことを思い出したのは、本当に久しぶりだった。

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