3ー2 つながる人と人(2)

 設営と本の仕上がりをチェックして少し落ち着いたのか、美優は、隣に座っている吉野遥音さんと都於菟さんに会釈する。すると、吉野さんが柔らかい笑顔で質問してきた。

「サークルのお仲間ですか?」

「はい。一緒にこの本を作りました」

 美優も、にこにこしながら返事する。

「いいですね。皆さん、同じ学校の方ですか?」

「いいえ。高校生の時に小説の投稿サイトで知り合ったんですけど、みんなバラバラの学校で。今でも、大学も住んでいるところもバラバラです」

「なるほど。集まるのも大変じゃないですか?」

「あー、実際に集まるのは、今日の打ち上げが四年ぶりですね。本を作るための打ち合わせも、ずっとリモート会議でやってましたから」

 吉野さんは、目を見開いた。

「そうですか。いや、時代は進んでますねえ。若い人は、ネットで何でもできるから」

「何でもできますけど、やっぱり、実際に会う方が楽しいです」

 美優は、ちらっと僕と健二の方を見たあと、また吉野さんに視線を戻した。


「えっと、お名前は、ハルノートで、遥音はるおんさんと、於菟おとさん、でいいんですか?」

「いや、自分は遥音はるとでして。紛らわしくて済みません」

「ご、ごめんなさい! えっと、お二人は、どういうきっかけで一緒に出店することになったんですか?」

 気になっていたが、ずっと聞けなかったことを、さらっと単刀直入に聞いている。さすが美優だ。吉野さんも、照れるでもなく、さらりと答えた。

「於菟さんが自作の手芸品を紹介しているのを、たまたまSNSで見つけて、いいですねとコメントしてからやりとりが始まりましてね。自分も小説を書いて宣伝していたのですが、それを読んで、作品のイメージで刺繍を作りましたと言ってくれたんです」

「へえ」

「それで、小説と手芸でコラボしませんか、と提案されましてね。自分が小説を書いて、於菟さんがブックカバーやしおりを作って、一緒に販売したらおもしろいんじゃないかって」

「すごいアイデアですね」

 なんだかんだ言っても、この二人もネットで知り合ったんじゃないか。吉野さんも、「若い人は」なんて言ってるけど、自分でもオンデマンド印刷の自費出版で本を出してしまうくらいだから、相当ネットを使いこなしているのだろう。

 そんな、ネットを使いこなしている大人の人と自分たちが、同じテーブルに並んで座っているのが、なんとも不思議だった。しかも、たまたま僕がバーで見つけて影響を受けた本の著者だったなんて。「これも何かの縁」という言葉があるが、まさに縁としか言いようがない。


「あの、そちらの本を一冊いただけますか。おいくらですかね?」

 吉野さんが、ジャケットのポケットから財布を出しながら、僕に聞いてきた。

「あ、えっと千円です」

「私も一冊いただけますか」

 続けて、於菟さんも千円札を出してきたのを見て、健二は、あわてて机の上に積んである山から二冊取り、僕の後ろで構えた。吉野さんは、於菟さんの分も合わせて二千円を僕に渡し、代わりに健二から本を受け取る。

「ありがとうございます! 『月夜ノ波音』サークル結成以来、初のお買い上げです」

 そう言いながら、健二がぱちぱちと拍手し始めたので、僕と美優も、小さく拍手する。

「いや、初物とは縁起がいい」

 吉野さんも、上機嫌だった。


 美優は、ハルノートの机の前に行き、並んでいるブックカバーを見ながら於菟さんに話しかけた。

「これ、かわいいですね。ドレスとかワンピースが並んでいる感じですか?」

「はい。洋服を作る女性が主人公の物語なので、こんな刺繍にしてみました」

「どっちの色がいいかな。桜色もいいけど、紺色もいいなあ」

 二つのブックカバーを並べて、見比べている。

「さわってみてもいいですか?」

「どうぞ」

 美優は、サンプルで置いてある、それぞれのブックカバーをそっと指で触り、広げている。

「紺色の方は、ざっくりして固い布ですね。桜色の方は柔らかくて」

「はい。紺色の方は丈夫なデニム生地を使っていて、ピンクの方はカシミヤ入りのウールを使っています。手触りがぜんぜん違いますよね」

 それぞれのカバーを両手で持ち、見比べていた美優は、紺色の方を持ち上げて於菟さんに示した。

「決めた。紺色の方を下さい。あ、本も入れて下さいね」

「はい。千六百円です」

 お金を支払って、ビニール袋に入った新しいブックカバーと本のセットをリュックにしまうと、美優は、また僕の前に戻ってきた。


 お互いに相手の商品を買う行為を、互恵取引という。まだ大学の授業に出ていた頃に聞いた経済用語を思い出したが、こうして創作者同士で相手の作品を買っているのは、そんな後ろめたい言葉とは無縁の暖かさがあった。もっとも、これがお付き合いで度がすぎてきたら、また嫌なものになってくるのかもしれないけれど。


 開場してから三十分はたっただろうか、次第に通路を歩いている人も増えてきて、あちこちのブースで人だかりができていた。通路を歩く人たちも、最初の頃とは違って、真っ直ぐ目的の場所に行くというよりは、ぶらぶらと歩きながら、面白そうな本を探しているような雰囲気だった。

「ねえ、ブースの前で呼び込みしちゃダメなんだっけ?」

 美優が、通りすがりの人に笑顔を振りまきながら言う。彼女が呼び込みをしたら、かなり効果的だろう。しかし事務局からのガイドでは、テーブルの後ろに並べた椅子からしか、呼び込みをしてはいけないことになっていた。

「だめってことになってる」

「それなら、ちょっと他のお店見てくるね。また交代の時間になったら戻ってくるから」

 美優は、ひらひらと手を振りながら、通路を歩いて行ってしまった。


 どうすれば目について買ってもらえるのか、どうすれば売れるかなんてノウハウは、事前に調べても出てこなかった。とにかくやってみるしかない。

 僕は、できる限りにこやかな表情になるように頑張って、通り過ぎる人に声をかけた。

「こんにちは。どうぞ手に取ってみて下さい」

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