第50話 紡がれるのは英雄譚

「あ、あの! レグさんですか!?」

「うん? そうだけど??」


 柊ツバサを急造した『封印の間』に閉じ込めた翌週、俺が街を歩いていると後ろから少年に声をかけられた。


「あ、握手、してもらっても良いですか!?」

「良いぞ」

「ありがとうございます!! 俺、将来はレグさんみたいな【神狩り】になりたいです!!」

「そうか、頑張れよ」


 俺は少年の頭をそっとなでると、フィロと一緒にその場を後にした。


「大人気ですね、レグ様」

「思ったよりも、な」


 王都を守った英雄、俺たち『ミストルテイン』はそう祭り上げられ、王都にいる市民はおろか、王国全土に俺たちの顔が知れ渡ったのだ。


 そのおかげからか、エマの母親が向こう側から名乗り出てくれたのだという。


 これでエマは金を稼ぐ理由を失った。だが、それでも【神狩り】は続けるらしい。と一緒にいたいのだといって、笑っていた。


 そのついでにマリとフェリにも金を稼ぐ理由を尋ねたところ、2人ともとっくにそれを解決していたのだという。マリが金を求めたのは、魔法使いになるため。高い魔導書や、杖を買うためだったのだと。


 フェリが金を稼いだのは、父親の病気を治すためらしい。フェリの家族は元々身体が弱い体質らしく、母親はフェリを生んで他界。父親の手で育てられたらしい。だが、そんな父親も病気で今はほとんど身動きできないのだと。けれど、【神狩り】特典によって王都の一等地にある病院で王国最高峰の治療を受けているのだという。


「レグ様、顔が険しい顔になってますよ」

「ああ」


 今日はとある人物に話し合いのためのアポを取った。そんな彼が指定してきたのが、王城。なので2人して王城に歩いているのだ。


 道行く人から食べ物を貰ったり、握手を求められたり、喧嘩を売られたりと柊ツバサを倒してからというもの顔が知れ渡ってしまって大変だ。まあ、有名税というやつだろう……ということで自分を納得させているが。


 俺たちは顔パスで王城に入ると、向こうが指定してきた図書館に向かった。


「レグ様ですね、お待ちしておりました」

はどこにいる」

「こちらです」


 伯爵の側にいるメイドが、図書館前で待っていた。俺は彼女の案内に従って、伯爵の元に向かう。


 中に入り通常の本棚を抜け、特殊な鍵で入れる扉をくぐって禁書指定の本たちがしまい込まれている本棚に入った所で俺が探していた人がいた。


 太った身体を丁寧に椅子の上にしまい込んで、本を広げている。


「お久しぶりですね。伯爵」

「やあ、レグ君。だいぶ痩せたね。冬眠から覚めたのかい?」

「…………」

「スルーはひどいよ……。心が削られるゥ…………」


 とか何とか言っている伯爵を無視して、俺は伯爵の対面に座った。ちなみにフィロは、禁書指定の場所には入れないので伯爵のメイドと一緒に外で待機だ。


「それで、話って何かな」

、柊ツバサをけしかけたんですか」


 伯爵の顔は何も変わらない。ぺらり、と本のページをめくっただけだ。


「英雄が必要なんだよ。レグ君」


 たっぷりと時間を取って、伯爵はそう言った。


「英雄? 『魔王』をけしかけておいて、最初に出る言葉がそれですか。伯爵」

「若いんだからそう怒んないでよ、レグ君。これを見てくれ」


 伯爵が取り出したのは1枚の紙……のような薄さに加工された金属プレートだった。それをそっと伯爵がなぞると、緑色の光が溢れて目の前に球体が表示された。


「これは……?」

「この星の、模型だ」

「……っ!? ど、どうしてこんなものを!!?」

「レグ君、ちょうど君の前に赤い線で囲まれた場所が無いかい?」

「ありますけど……」

「それが、人の住める領域だよ。海と陸地の比率が半々なのに対して、人が住める領域は陸地の1割ほども無い。残りの9割は『神』か、“世界の敵”か……。そのどっちかの領土なんだよ。レグ君」

「こ、こんなに少ないんですか。人が住める場所は……っ!」


 初めてみる地図。初めて知る真実。


「他の人は、これを知っているんですか」

「知らないと思うよ。これを知ってるのは各国のトップと、一部の貴族と【勇者】。そしてレグ君、君だ」

「…………」


 俺はここに伯爵を糾弾しにきたはずだ。

 なのに、飲まれた。伯爵に。


 『カルム公国』を消したという責任を取らせるつもりだった。だが、俺はいま何を見させられている。これは何なんだ。伯爵は、何を言いたいんだ。


「【勇者】は、もう勇者を出来ない」

「勇者を出来ない? どういうことですか」

「彼女が何年【勇者】をやっているか知っているかい?」

「いえ……」

「80年だよ。少なくとも、それくらいはずっと王国のトップを走っている」

「そんな……ッ!? どうみたって20代なのに……」

「『バルムンク』のレン、東の“魔女”、『魔術都市』の市長カミラ。みんな似たような者だよ。長く、神と戦っているとね。身体が神に近づく。不変……つまり、完全であろうとするんだ。レグ君、君には心当たりが無いかい?」

「俺に、ですか……?」

「そう。例えば、この世界では説明できないようなスキルを持っていないか? 攻撃を反射し、攻撃を無効化し、攻撃対象を消す。そんなスキルに心当たりは無いかい?」

「……それは」


 俺の、スキルだ。


「レグ君、君の両親は?」

「……分かりません。冒険者だって聞いてます。俺は……孤児院で育ちましたから」

「うん。。だって、私は君が預けられるのをからね」

「…………」

「もう25年も前になるか。東の“果て”にね、1体の“神”が現れた。凄かったよ。絶望、っていうのはああ言うことを言うんだろうね。カミラの魔術も、レンの刃も、“魔女”の魔法も通じなかった。多くの【神狩り】が殺された。その時の人類の領土の2割を変質させた、そんなやべー神様がいたんだよ」

「どう、なったんですか」

「【勇者】が殺した。そして、その“神”は遺産を残した」


 聞きたくない、と思った。


 だが、口が先に動いた。


「……遺産。アイテム、ですか?」


 分かっている。ここまでお膳立てして、分からないはずがない。


「レグ君、私は話が遅い相手は好きじゃあないんだ。君はもう、理解しているんだろう」

「遺産は……俺、ですか」

「そうだ。【勇者】が神の首を刎ねて、その中から出て来たのが君だ」

「そんな馬鹿な……ッ!」

「今だに“最強”の名を持った『レグル=ザルムクルム』。君の名の元になった“神”だ」

「俺は……。人、じゃない、のか」


 俺の問いかけに伯爵は身体を揺すって、笑った。


「人? 君は人だよ。80年間、歳を取らない【勇者】も人だ。幼子のまま歳を取らないカミラも人だ。光を剣で斬るレンだって人だよ。レグ君。人かどうかなんてつまらない思考の遊びだよ。そこは本質じゃない」


 伯爵は光で出来た星の模型を消して、俺の目を見た。


「この星は、死にかけている。別の星からの侵略者が大地を歩き、超次元生物が空を覆い、滅びた文明の遺産が地面を食い荒らす。だから、英雄がいるんだよ。レグ君。ただの英雄じゃない。英雄性を持った英雄が」


 伯爵が、俺を見る。


「英雄性、だと」

「例えば、神から生まれた子供。例えば、異質な体質を持った剣士。例えば、死に至る病を抱えた魔法使い。例えば、人類を絶滅させてしまうかもしれない特性を持った歌姫が、ね」

「……あんたは、何をしたい」

「私はね、レグ君。夢を見たいんだ。愚かな、夢を。でもね、こんな私の夢に父と兄は命を賭けてくれた。だからさ、私は成し遂げたいんだよ。この星の、領土の奪還を」

「………………」

「でもね、無理なんだ。この身体には、戦いの才能は無かった。ただ、人より少しだけ頭が回るだけ。だからね、レグ君。んだ。私が50年以上も費やしてきた、この夢を君たちに託したい」


 伯爵が、そう言って頭を下げる。


 俺はしばらく、言葉に詰まって。


「…………それは、アンタの夢だ」

「うん」

「でも、悪くないと思う」

「ありがとう」

「けどな。俺はやらない。アンタの夢なら、アンタが叶えるべきだ。そうだろう?」


 俺と伯爵の視線が交差する。


「だから、俺はアンタを手伝うよ。

「ありがとう、レグ君」

「だからといって、公国を消したのはやりすぎだと思うぞ」

「いや、あれはちゃんと理由があるんだよ……」




 ――――――――――――――


 伯爵との話を終えて、俺とフィロがぶらぶらと街を歩いているとちょうど大通りの反対側からフェリたちが歩いてくるのが見えた。


「あれ? レグさん、どこにいたんですか?」

「ちょっと城まで、な。それより3人揃そろって、どうしたんだよ」

「ご飯に行こうと思って。レグさんも一緒に行きませんか?」

「じゃあ、一緒に行こうかな」

「はい! 美味しい場所があるんですよ!!」


 フェリが案内してくれるというので、街の中をしばらくの間ぶらぶらと歩く。


「『神殺しミストルテイン』か」

「何か言いました?」

「いや、何でもない」


 思わず、大層な名前を付けてしまったものだ。


「ここですよ。レグさん」

「ああ」


 その言葉に、思わず初めて会った時のことを思い出した。


 あの時は包帯で腕を包み身体も痛ましい傷だらけだった。だが、今は違う。


 みんな、強くなった。


「ここのパスタがですね、とても美味しいんですよ。おすすめです」

「ほー。どんな味なんだ?」

「それは食べてみてのお楽しみですよ! レグさん!!」


 そうフェリが言った瞬間、地面がわずかに揺れた。


 ……地震? 爆発??


「おい! 逃げろッ!! 化け物だっ!!!」

「化け物?」


 ちらり、と後ろを振り向くと首が痛くなるほど背の高い人間……巨人がそこにいた。高さはおよそ30mくらいだろうか。巨大な金属の塊を手にもって、無機質な目で見降ろしている。


「うーわっ」


 巨人は人間ではない。モンスターだ。


「俺まだ完全体じゃないんだよなぁ」

「体重……戻すの?」

「まあ、いざって時に」

「今の方が、かっこ、良い」

「ありがと」


 俺たちはぶつぶつ言いながら、店の前から離れて巨人を捉える。


 巨人の足が王都の壁を一踏みで、粉々に砕いた。


「あーあ。せっかく直ったばっかりなのに」


 マリが帽子を揺らしてそう言う。


「戦闘準備」


 俺は手元に盾がない事を悔やみつつ、拳を構える。


「やるぞッ!」

「「「はい!!」」」


 俺は巨人に向かって足を踏み出した。



 これは、英雄譚。その、序章だ。


 神の死体から生まれ、泥をすすり仲間を手にした英雄の物語だ。

 その身に傷を負う身体でありながら、冒険者を目指した英雄の物語だ。

 魔法を使えぬ身で、魔法使いに恋焦がれた英雄の物語だ。

 化け物に身体を喰われる運命で、それでも冒険者を目指した英雄の物語だ。


 やがて神々に奪われた領土を取り戻す、そんな英雄たちの物語である!

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追放者パーティーの成り上がり!~お荷物と言われてSランクパーティーを追放された俺のスキル【因果応報】は最強でした~ シクラメン @cyclamen048

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