第37話 終戦の冒険者!
神を殺した。
未だに実感がわかない。わかないが、空はもう元の色に戻っている。
地面はまだ赤いが……。この地面は元に戻るのだろうか。
「やったな」
「うん。やった」
少しかすれた声でエマがそういった。戦闘中、喉が痛むまで歌い続けてくれたのだ。マリは帽子を顔において倒れ込んでしまった。大魔法の連続使用で頭が焼けるようだと言っていたので魔法の連続使用による疲労だろう。
今は休ませてあげよう。
「アベルは……。どこに、いんのかね」
身体を起こす。死んだのなら、死んだで良いのだが死んだ証拠の1つでも持って帰ってやった方がアルも浮かばれるだろう。
「生きて……るの?」
「……分からん」
俺は立ち上がって、死体を探しにあちらこちらを歩き回った。何かの欠片、それでも見つからないものかと思って歩き回って……見つけた。アベルが着ていた鎧、その一片が地面に落ちていたのだ。
その他には何も無い。何も、残ってない。
「……これが、お前の生きた証かよ」
罪を償わせる。人を殺したという行為、それ自体にきちんと決着を付けさせたかった。なら、あの場で先行させないほうが良かったのだろうか。だが、俺たちが監視していなければアベルは逃げ出してあの村人たちを殺していたかもしれない。
俺は神を殺した。アベルを死なせた。
だが、あの村を助けた。人々を救った。その、はずだ。
「楽に死んだか、それとも苦しんで死んだか」
俺は熱で熔けていた鎧の一片を拾い上げた。
これが、こいつの最後なのだ。英雄とたたえられた男の、最後だ。
「どっちでも良いけどさ」
これは『レーヴァテイン』壊滅の
だが、彼のせいで路頭に迷う人間はいる。
そんな彼らがこの報せで楽になれば良いのだが。
なんて似合わないことを考えながら、俺はレル=ファルムの死体に近寄った。中からはいくつもの線や、金属のパーツが見えていた。
「……レル=ファルムってのは、金属で出来てたのか」
レル=ファルムの外殻を拾い上げる。軽い。とても、軽い。だがひどく頑丈だ。俺の知っている材質じゃない。それもそうか。神の表面だ。これを持って帰れば鍛冶師たちが喜ぶかもしれない。場合によっては高く売れるかも……なんてことを思いながらしまい込んだ。
「……うん?」
金属のパーツ、その中で討伐を証明できそうな何かを探していた時、金属で出来た立方体が出てきた。
「何だこれ」
ちらり、と裏を見る。そこには何かが書いてあって。
《製造番号:TF012048》
《正式名称:外星環境安定機構》
「わーかんね」
まったく読めない文字で書いてあった。レル=ファルムの体内から出て来たということは、ここにあるこれは文字じゃなくて身体のシワなのかもしれない。俺はその立方体を放り捨てて、討伐の証明になりそうなものを探した。
「ん? なんだこれ」
そこにあったのは透明な結晶体。
それが透明なケースに入って落ちていた。
「レル=ファルムの心臓か……?」
そのケースの端には《高濃度エネルギー源》と記してあった。
相変わらず読めない文字で書いてあるのでさっぱりだ。
「これは持って帰れるかもな」
討伐したという証明なのだ。これくらいで良いだろう。俺はそれを持って、仲間たちのもとへと向かった。
「レグ、お帰り……」
「ん。喉が痛いなら喋らなくても良いんだぞ?」
「だい、丈夫。
「そうか」
本人が大丈夫だというなら、それを信じてあげよう。
「それは?」
エマは俺が持ってきた透明な結晶を見て首を傾げた。
「レル=ファルムの死体から出て来たんだよ。なんか心臓っぽいから持っておこうと思って」
「でも、光ってる、よ?」
「そーなんだよね。まだ生きてんのかね、これ」
俺はそんな結晶を見ながら首を傾げる。
「壊す?」
「いや、再生する気配も見えないし。別にこれはこれで良いんじゃないかな」
「なら、そうしよ」
「そだな」
俺はエマの隣に腰を降ろして、そのまま寝そべる。赤く染まった砂はとても柔らかく俺の身体を受け入れてくれた。
「なあ、エマ」
「……ん?」
「どうだった。神さま殺してみて」
彼女はモンスターに対して恐怖を抱いている。今日の【神狩り】で怖気づいてパーティーをやめる、そんなことを言いださないかが心配だったのだ。
「……私が、倒した……わけじゃない」
「俺たちで倒したんだよ。それは変わらねえ」
「…………」
エマはしばらく考え込んで。
「実感が、わかないけど」
「けど?」
「レグに、頼りっぱなし……だった」
「そうか? 俺はエマの歌に助けられたと思ってるけど」
「ううん。レグに、頼りっぱなし……だったから」
エマは言葉を選びながら1つ1つ絞り出してく。
「だから、強くなりたい。と、思った」
「そっか」
それを、嬉しいと思った。
あの時、表情の暗かった少女が。どこにでもある様な酒場で、捨てられた犬のような顔をした少女たちが。変わっていく。冒険者になっていく。
それは、とても嬉しいことだから。
「そういえばさ」
1つ、疑問に思ったことがある。
「どしたの?」
「なんで、レル=ファルムの周りに浮いていたやつらはエマんとこに集まんなかったんだろうな」
「確かに」
エマも言われてからその不思議さに気が付いたようだ。首を傾げている。『
だが、アレは集まらなかった。
「ま、考えたって仕方ないか」
相手は神だったのだ。こちらの常識が通用しない相手であることには変わりない。
「そう、なのかな?」
「どうせ俺が考えたって思いつけるものなんてたかが知れてるしな」
そういうのは学者の連中に任せておけばいい。考えるのが好きな連中だ。好きなように結論を出してくれるだろう。
「なあ、エマ」
「うん?」
「なんで、金が欲しかったんだ?」
『
「お母さんを、探したかった」
「母親を?」
「うん」
エマは頷いた。
「お金が、あれば。依頼できる……から。人を探してもらえるから」
人探し。
それはとても難しい仕事だ。人の顔なんてどうやったって正確に伝えられない上に、どこに行ったのかなんて誰も知らないのだから。
「そうか」
俺は空に浮かぶ星を眺めて、続けた。羨ましいと思う。少しでも母親の生きた証が残っているという彼女のことを、少しだけ。
だが、それは俺の中で踏ん切りをつけたことだ。だから、俺は。
「見つかると良いな」
「うん」
そう言って、ほほ笑んだ。
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