第36話 神狩り・下

 盾を構えて拳を大きく叩きつけると、ガン! ガン!! と嫌な音が響き渡る。その瞬間、周囲に立っていた人形たちの視線が一身に俺に向けられた。『集敵ヘイト』だ。俺の周りにいたモンスターは人形だったので、ちゃんと『集敵ヘイト』を集められるかどうかが心配だったが、無事に敵意が向けられたようだ。


「フェリは周りから攻撃!」

「あ、りょ、了解です!」


 そう言って頷くフェリ。


 俺は人形の攻撃を吸い取りながら、人形を叩き潰していく。実際に戦ってみて良く分かったが、人形の身体はひどくもろい。まるで急ごしらえの出来のような、ひどい出来をしている。


「壊れろッ!!」


 俺の拳が人形に吸い込まれる。身体を掴んで、地面に叩き伏せた。


 メキミシッ! と異音を響かせ、人形の身体が粉々に砕け散る。


 この程度の攻撃で壊れるなら人形の方は全く問題なく壊せそうだ。


 そんなことが頭の中を通り抜けた瞬間、レル=ファルムの巨象から無数の飛翔物が飛び出した。


「……ッ!」


 俺は息を飲んで、


「マリ! 俺たちごと吹っ飛ばせッ!!」


 遠距離にいるマリに魔法の指示。マリは俺からの指示を見ると同時に『火炎弾ファイア・バレット』を撃った。綺麗な放物線を描いて、炎の弾丸が俺たちに向かって落ちてくる。俺はフェリにしっかり『身代わりダミー・ダメージ』を発動。


 そして、弾丸を迎え入れた。


 俺たちを起点として、爆炎が拡がる。その威力を吸い取って、俺はレル=ファルムに向き直った。


 ……まだ、足りない。


 今のマリの魔法の爆発で、空に浮いていた飛翔物のほとんどは砕け散ったがレル=ファルムは健在だ。


《警備ビットの残存数:15》

《製造を開始します》

《戦闘ヒューマノイドの残存数:0》

《製造を開始します》

《エラー》

《警備ビットの製造を優先します》

《現在の損傷率:42%》

《敵対生命体、残存数:4》

開拓事業テラフォーミングへの影響:大》

《一時的に開拓事業テラフォーミングを中断》

《保護シークエンス起動》

《一時的に周囲の酸素濃度を0%へ遷移させます》


 ガチン、と音を立てて乙女像の身体に穴がいくつか空いた。ついに壊れたか、と思ったがそんなわけがない。その代わり、何かを急に吸い込み始めた。


「……くそッ!」


 


 それは冒険者として長い間やっていたからの第六感だろうか。俺はフェリを掴むと、一直線に引き返した。


 何を吸い込んでいる? 魔力? それとも別の何かか?


 訳も分からず、背筋に冷たいものを感じながら全力で引き返す。

 その時、急に息苦しくなってきた。


「……なッ」


 ずっと息を止めていた時の様な苦しさ。


 不思議に思って何度も呼吸するが、楽にならない。まるで水の中にいるかのようだ。おかしい。


【因果応報】スキルで攻撃が無効化されていない……ッ!


 ならこれは攻撃じゃないのか? 駄目だ。意識がまとまらない……。ちらりと抱えているフェリを見ると、気を失ってしまっていた。


 俺もここで気を失えたらどれだけ楽だろうか……ッ。だが、それは許されない。盾役タンクとして、このパーティーのリーダーとして、全員を生きて返す義務がある。


「……ま、リ…………ッ!」


 肺の底にたまっていた空気を絞り出して、マリを呼ぶ。彼女たちは俺が引き返してくるのを見て、俺たちより遠くに離れていたからか無事に見える。


「風、魔法だッ! ここら一帯の空気を吹っ飛ばしてくれ!!」

「……ッ! 『䬖風弾ヴェントス・バレット』っ!」


 マリが使える最大レベル。Lv3の風属性魔法が俺たちに向かって飛んでくる。俺はしっかり反撃機能をOFFにして、それを受け入れた。


 ドゥゥウウウウウウウッッッツツツツ!!!


 俺は風によって吹っ飛ばされないように地面にフェリごと倒れ込む。周囲の新鮮な空気が入り込んできて、一気に頭がクリアになる。息苦しさが解決。だが、フェリは気絶したまま。


 俺はフェリを連れてマリたちの元に向かって、彼女にフェリを預けた。


「意識が戻るまでは、エマが見ていてくれ」

「……うん。分かった」

「レグ、どうするの……?」


 心配そうにマリが俺を見てきた。


「一撃でアイツを殺す。それしかない」


 そう言ってちらりと見ると、マリはとても心配そうな顔をしていた。


「そんな顔すんな。何とかなるよ」

「ね、レグ。その……【因果流し】には、いまどれくらいの攻撃が溜まってるの?」

「……2割だ。俺がレル=ファルムを突破するのに必要だと思ってる攻撃の、まだ2割しかない」


 一度、レル=ファルムに触った時の感触。火力のレベルなどを見て、俺が必要だと思っている攻撃量の2割が、今俺が貯めている攻撃だ。


 正直言おう。まったく足りない。それに加えて、レル=ファルムが周囲の何かを吸い込み始めてから近づけない。全くもって近づけない。


 マリの魔法を吸い取って、攻撃力の糧にしたいが魔力切れの心配がある。体内魔力が無くなった魔法使いというのは、『魔力枯渇症候群オーバー』と似たような症状を起こす。


 魔法を吸い込むわけではないが、心臓が握りしめられるかのような苦しさに襲われるのだという。


 ただでさえ、フェリが倒れたいまこれ以上の戦力喪失は避けたい。


「なんかでっかい攻撃をしてくれれば良いんだけど……」


 ちらり、とレル=ファルムを見る。


 その周りにはハエのように無数の飛翔物が浮いていた。


「……あ」


 少しだけ、考える。


「なあ、マリ。レル=ファルムに向かって魔法を撃てるか? そんな威力が高くなくても良いんだけど……」

「そ、そりゃ撃てるけど」

「撃ってくれないか?」

「れ、レグがそう言うなら」


 マリが杖を構える。レル=ファルムに向かって『火球ファイア・ボール』を撃った。Lv2魔法ということで威力がほとんど乗っておらず、ただレル=ファルムに向かって飛んでいくだけだが、レル=ファルムはそれに反応した。


《飛翔物を確認》

《撃墜します》


 周囲の飛翔物たちが煌めいて、光の奔流が『火球ファイア・ボール』に向かって撃たれた。パン! と乾いた破裂音で魔法が砕け散ると、俺たちに向かって光の流れが迫って来て。


 ――吸い込む。


 ぐ、と頭の中で攻撃が貯蓄されたのが分かった。そして、溜まった量を計算して俺は静かに息をのんだ。


 6割だ。今の攻撃で6割まで一気にたまった。何と言う破壊力。何と言う攻撃力。あれがレル=ファルムの攻撃か。


「マリ、もう一度頼む」

「うん」


 マリはもう躊躇わない。同じようにして、レル=ファルムの攻撃を誘発して、俺がそれを吸い取った。


 俺はレル=ファルムを見た。

 天を貫かんとそびえ立つ、巨大な乙女像を。


 こいつが【神狩り】を3つも殺した。こいつが世界を滅茶苦茶にした。


 こいつをことになにも抵抗がない。

 レル=ファルムを眼で捉える。


「終わらせよう」


 そして、撃った。


 俺が放った光は唸りをあげてレル=ファルムに飛び込んで――――上半分を、消し飛ばした。


 じゅ、とも何ともつかない音が鳴った。レル=ファルムは熔け、身体を粉々に散らばる。金属のパーツがあふれ出して地面に雨のように降り注ぐ。レル=ファルムの周囲を飛んでいた飛翔物たちは、片っ端から地面に墜落していく。


 ふ、っと冷たい風が吹いた。


「ああ」

 

 空が、赤くない。


「終わったのか」


 そこにあったのは夜空。


 それは、レル=ファルムの完全討伐。


「【神狩り】か」


 俺は息を吐きだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る