第4話 始まりの冒険者!

「私たちのパーティーに、入って欲しいのです」


 そう言われて、俺はしばし言葉を失った。


「…………は?」

「あ、あの。勿論、タダでとは言いません。パーティーの取り分は7割持って行ってもらっても良いですし、リーダーはレグさんになります。ぬっ、脱げと言われたら……その覚悟も出来てます」

「待て待て。話が全く掴めんぞ。どういうこと? パーティーをクビになったのに、そんな好条件で俺をパーティーにどうして迎え入れる?」

「……レグさんのパーティーの噂はよく聞いていたもので」

「クビになったぞ」

「はい。それを聞いて私たちは大喜びしまして」

「……大喜び?」

「あっ」


 やべ、言っちゃった。

 みたいな顔してこっちを見るフェリ。


 素直な子は嫌いじゃないけどさ……?


「あの……。失礼ですが、チャンスだとおもったもので」

「チャンス」

「Sランクパーティーの方が追放された、なんて話は聞いたことがありませんでしたので」

「悪かったな」

「その、私たちのパーティーに来てはいただけないでしょうか……」

「……お前らのパーティーランクと名前は」

「Fランクパーティーの……『パルパス』です」

「知らねえなぁ……」


 しかもFって。Sランクパーティーをクビになったから、仕方なくDランクくらいのパーティーにつくかもってことは、ぼんやりと考えてたけどさ。Fってお前……。最低ランクじゃん。


「まあ、Fかぁ。そうだよなぁ。そんな好待遇で受け入れてくれるところなんてFランクパーティーだけだよなぁ……」

「あ、あの他のメンバーとも会ってみませんか? 朝食のお金はこちらが持ちますので」

「…………まあ、話だけなら聞いてやるよ」


 だが、切羽詰まっているのも事実。Fランクパーティーだろうが何だろうがソロよりは効率が良いことは確かだ。最悪、他のメンバーを放置して【因果応報】スキルで暴れても良い。そうパーティーの仕事をソロでやったって良いんだ。


 これでも元Sランクパーティーのメンバーだ。どんなアレなパーティーでもBランクくらいまでは簡単に押し上げられるだろう。


「じゃ、じゃあ行きましょう。こっちです」


 そう言って部屋の外に出た瞬間、フェリに向かってナイフが飛んできた。


「あぶんっ!?」


 変な声を出しちゃったけど、俺は何とかナイフをキャッチした。


「あっぶなぁ……」

「「す、すいませんでしたぁ!!!」」


 すると若者2人が俺の前に飛び出してきて頭をこすりつけん勢いで下げた。


「喧嘩してたら手がすべっちゃいまして!」

「まさか人に飛んでいくなんて思わなくて!!」

「……ここでやんなよ」

おっしゃる通りです!!!」


 俺はそっとナイフを少年たちに返した。


「まあ、俺がいたから良かったけどさぁ」

「はい。本当に申し訳ないです」

「フェリ、どうする。こいつら。許してやるか?」


 一応、ナイフがあたりそうになっていたのは彼女だったのでそう聞くと、


「いえ。慣れてるんで……」


 と、返ってきた。


「良かったな。この子が優しくて」

「「はい。もうしません!」」


 という1件を挟んで2人は朝の食堂に向かった。


 だが、途中で何度もフェリに向かって物が飛んできたり人がぶつかってきたり、ひどいときには武器まで飛んでくる有様である。


 それを片っ端から防ぐのが全部俺。


「……なぁ。お前、普段どういう生活してんの」

「今日はちょっと、多い日です。普段はこういうことは無いのですが……」


 そう言われた時、俺は頭の中で閃くものがあった。


「……ひょっとしてお前、『被虐体質スポイル』か?」

「はい。そうです」

「よく冒険者になったな」

「色々と事情が……」


 『被虐体質スポイル』とは簡単に言えば神に見放された者のことだ。生まれ持って運が悪い。非常に悪い。ナイフの件もそうだが、他人からの意識・無意識を問わず攻撃をしまう体質のことである。


 道理で怪我だらけのわけだ。


「ここです」


 食堂の隣で、自分の店を掃除していた女性の手からなぜか水入りバケツがフェリに向かって飛んできたので、俺が腕で払う。ばしゃ、と水をかぶってしまった。


「……大変だな」

「もう、慣れたので……」

「そりゃ凄い」


 素直にそう言うと、フェリに連れられて食堂に入った。


 朝の食堂はこれから仕事に向かう連中と、夜の仕事を終えてこれから帰る連中が合わさったカオスな世界だ。その中で、フェリは見知った顔を見つけたのか少し小走りになって向かうと、前を見ていない女給ウェイトレスとぶつかりそうになったものだから俺が慌ててそれを抑えた。


「あっぶねえ」

「たびたびすみません……」

「体質だから仕方ないけどさ……」


 フェリはぺこぺこと何度も頭を下げる。


「良いから行こうぜ。どこのテーブルなんだ?」

「あっ。彼女たちです」


 フェリが指さした机にいたのは2人の少女たち。どっちも顔が暗い。どんよりとした顔をしている。


「……お前ら、3人パーティーか?」

「はい。珍しいですか?」

「いや、珍しくないが……。全員女か?」

「……はい」

「訳アリか?」

「…………はい」


 既に嫌な気持ちになってきた。


「……まぁ、話だけは聞くって約束だから聞いてやるよ」

「ありがとうございます……」


 テーブルにつくと、さっきまで死んでいた顔の少女たちがぱっと明るくなった。


「よ、よく来てくれましたね! レグさん、ですよね?」

「ん。まあな」


 2人のうち片方、大きな帽子をかぶっている少女が席をたって出迎えてくれた。


「大きな身体ですね」

「デブって言うんだよ」

「…………」


 ありゃ? 受けなかった。


 ってかすっげーきまずそうな顔してる。こりゃ悪い事したな。


「ボクはこのパーティーで魔法使いをやっているマリです」


 彼女は青い髪を揺らして応えた。


「魔法使い、ね。魔法はどこで?」

「その……独学で」

「独学?」


 魔法は知識と教養が物を言う世界だ。独学でどうにかなるようなモノじゃない。


「あっ。えっと、レイズ魔法女学院を退学になりまして……」

「退学? 魔法の使えない落ちこぼれですら徹底してエリートに育てるレイズ魔法女学院を?」

「その……。ボク、持病を持ってまして」

「持病」

「はい。『魔力枯渇症候群オーバー』です」

「『魔力枯渇症候群オーバー』で魔法使いやってんの?」

「はい」


 『魔力枯渇症候群オーバー』。人なら誰でも体内に持っている魔力が、ふとした拍子に空になる病気だ。だが、これは魔法を使う際には問題とならない。魔力は外の世界にも充満しているからである。


 問題になるのは魔法を使である。魔力が0になるこの病気は、水が一杯にはいった風呂の栓を抜いた時と全く同じ状態を引きおこす。つまり、周囲の魔力を飲み込んでしまうのだ。


 ということは、魔力でおこす魔法を飲み込んでしまう――魔法が絶対に身体に向かって飛んでくる体質である。


「よく学校に入ったな……」

「夢、だったんです」

「絶望的に向いてねえよ……。ま、いいや。こっちの子は……? 当然、なんかあるよな」


 銀髪でとても背が小さな子だった。どことは言わんがアレがとても大きい。アンバランスだ。


「私、は……。盗賊……。とか、斥候とか、やってるエマ……です」

「お前はなんなんだ」


 完全に体質がアレな条件で話しかける俺。

 ここまで来ると絶対なんか持ってるだろ。


「あの、『集敵特性トレイン』です」

「…………冗談だろ?」


 もう、わざわざ説明するまでも無い。『集敵特性トレイン』は近くにいるモンスターを集めてしまう体質だ。何でお前、そんなんで斥候やってんの。


「『被虐体質スポイル』に『魔力枯渇症候群オーバー』に、『集敵特性トレイン』のパーティーだと? 俺をからかうのもいい加減にしてくれ」

「……あの、マジ。です」


 エマがそっと言う。


「なんで冒険者やってんの」


 それはシンプルな疑問だった。彼女たちほど冒険者に向いていない存在も無い。別の仕事につけば良いだけだ。だが、そのシンプルな疑問に彼女たちはとてもシンプルに返してきた。


「「「お金です」」」

「…………そうか」


 そう言われたら何も言えない。俺もそうだからだ。


「どうして、俺を誘ったんだ? Sランクパーティーだったからか?」

「元々、このパーティーはパーティーをクビにされたメンバーで作ってるんです」

「ほう?」

「私は5回クビになってます」


 そう言ったのはフェリ。


「ボクは6回」

「……14、回」

「……俺が一番少ないのかよ」


 だからパーティー名が『パルパスあまりもの』なのか……。

 ろくでもねェな。


「それで……レグさんは……ダメ元で……。Sランクパーティーの元メンバーでしたので……。競合も多いかと思って一番に誘わせていただきました」


 フェリが申し訳なさそうに言う。


 まさか寝室に入って来られるなんて思っても無かったがな。


「辞めたんならともかく、クビになった冒険者を誘うようなもの好きなんていねえよ」

「じゃ、じゃあこのパーティーに入ってもらえますか?」

「何でだよ。はっきり言うぞ。これはお前らのためでもある。お前らと冒険者をやるんなら、俺はソロでやった方がまだマシだ」

「「「………」」」


 俺の言葉で再びどんよりしたムードをかもしはじめる少女たち。勘弁してよ。


「まあ、最悪……最悪、俺の命はどうでも良いとする。だが、仲間を失うのはもっと最悪だ。そんなリスクを抱えてまで俺はお前らの面倒を見ることが…………出来、ない…………」


 か? 本当か?

 

 エマがいればどこに敵が集まるか明確に分かるんだぞ?

 マリがいればどこに魔法が飛んでくるか分かるんだぞ?

 フェリがいればどこに攻撃が来るのかが分かるんだぞ?


 本当に、面倒をか?


 よく考えろ。本当に、本当にこのパーティーは駄目なのか? 冒険者に向いていないのか?


「あ。魔法がっ!」


 その時、厨房から叫び声が聞こえてきた。反射的に厨房に目をやると、調理用の火魔法が飛んで来ていた。俺は反射的にスキル『身代わりダミー・ダメージ』をマリに向かって発動。


 これは仲間のダメージを1人だけ肩代わりすることが出来るスキルで、盾役タンクなら誰でも持っているスキルだが、1人だけしか肩代わり出来ないので判断が難しい。的確に攻撃が飛んでくる相手を選ばないといけないからだ。


 そして、火魔法は『身代わりダミー・ダメージ』によって俺にダメージを与えるだろう――だから、【因果応報】が発動する。


 火魔法は途中で掻き消え、厨房からわずかに火の手があがる。だが、すぐに鎮火した。そりゃそうだ。これは事故であって悪意があったわけじゃない。


 だが、もしこれがモンスターの攻撃だったら?


 これが、ダンジョンのトラップだったら?


 俺はひゅ、と息を浅く吐いた。


「……前言撤回だ。俺はお前たちとパーティーを組む」

「え、ええええええええ!?」

「本当に!? どうして!!?」

「……身体、目当て………!?」

「ちげーよ。今のを見て確信した。お前らと組んだ方が。ただ、1つだけ条件がある」

「条件?」

「パーティーの名前だ。『パルパスあまりもの』なんて名前はやめろ。これからは『ミストルテイン』。それにするなら、俺はこのパーティーに入る」


 俺はテーブルに手をついて、彼女たちを見回した。少女たちは顔を見合わせて、そして各々が口を開いた。


「ミストルテイン……。私は、良いと思います」

「不思議な名前だね」

「……かっこ、良い」


 『ミストルテイン神殺し』。『勝利の神ヴィクトル』に掛けた私怨まるだしのパーティーと映るだろうか?


 だが、違う。


 俺は可能性を見たのだ。このパーティーに。


 冒険者として絶望的に向いていなくても、数多あまたのパーティーに捨てられてきた彼女たちが……いや、彼女たちこそ素晴らしい素質を備えた女神たちなのだと思えたのだ。


 彼女たちとならどんなモンスターもどんなダンジョンも突破出来る。数多の冒険を乗り越えて、富を手にし、名声を手に出来ると思える。


 神だって、殺せてしまうんじゃないかと思えてしまう。だから、名前が神殺しミストルテイン


「決まりだ。さっそくギルドに新パーティーとして報告しにいこう。未来のSランクパーティーとしてさ」

「気が……早い……」

「Sランクパーティーが言ってくれるなら心強い、です」

「ははっ。元、な」


 俺はフェリに向かって飛んでくる攻撃を『身代わり』でいなして笑う。


「ギルドに行こう。俺達はまだ、始まったばかりだ」

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