第8話  教師と冒険者!

「よ!」

「……レグ!」


 朝、2人とも朝食を食べてから冒険者ギルドの前で待ち合わせてることにした。俺が行くと、先についていたエマが犬のようにたたたっと走ってやってきた。


「ごめん。待った?」

「ううん……。いま、来たとこ……だから……」

「じゃあ、行こっか」


 今日は『ミストルテイン』の午前の活動は休みだ。


 昨日のゴブリンの殲滅せんめつかんがみると、Fランク依頼を9個まとめてこなしても半日で達成できるだろうと思ったからである。


 ということで、フェリとマリには宿で休むように言っている。昨日の疲れが尾を引いているかもいけないからだ。2人の体質は確かに心配だが、これまで生きてきたということは何らかの対処法を身に着けているはずだ。


 変に気を配り続けても彼女たちにとって良くないだろう。


「えっとな。今日の先生なんだけど、元貴族だ」

?」

「ああ。冒険者になったから家を勘当されたんだよ」

「なるほど……」


 よくある話だ。


 というか田舎貴族暮らしの、金を持っていない貴族の3男とか3女とかが冒険者になるってのは彼らの立派な選択肢の1つなのだ。そして、そこで食い扶持を確保したら家から勘当されるということも。


 何しろ冒険者というのは平民から貴族になれる道の1つだからだ。


 騎士団でやっていけるだけのコネを持ってない貴族の子息たちは、冒険者になって名をあげようとする。それで得た名声で貴族になれば、晴れて実家越えだ。サムが実家は金持ちなのに、冒険者になったのはそんなとこが理由だろう。


「ここだ」


 街の1等地にでかでかと建てられた家をエマが大きく目を開いて、見た。


「こ、ここ? すごく……大きい……」

「ああ。何てったってSランクパーティーのメンバーだった人だからな」


 名をあげて貴族になる権利も手にしたのだが、それを蹴ってこの街に住んでいるのがこれからエマの教師となる女性だ。


 貴族にならなかった理由?

 縛られるのが嫌だったからだそうだ。


「さて、いるのかな?」


 俺はそう言って勝手に門を開けて中に入る。


「れ、レグ?」

「良いって良いって」


 レグはとある一件で彼女と知り合い、懇意にしてもらっていた。簡単に言うと、可愛がってもらっていたわけである。


 中に入ると、メイド姿の女性たちがハサミで庭園の木を整えていた。


「あら? レグ様」

「久しぶり。先生はいる?」

「先生なら歌唱室にいると思いますよ」

「ありがと」


 メイドに礼を告げると、レグはエマを連れて屋敷の中に入る。勝手知ったる……とまではいかないが、それなりに通った家である。歌唱室まではすぐだった。


「~~~♪」


 歌唱室に近づくと、澄んだ女性の声が漏れて聞こえてきた。防音結晶を全面に貼った部屋のはずだが、彼女にとってはそんなものあってないような物なのだろう。


「すげー声だ」

「……綺麗な、声」

「エマの声も負けてねーよ」

「…………ありがと」


 レグは歌い終わるのを待って、外からノックした。


「先生、元気してる?」


 扉を開くと、中にいる美しい女性と目が合った。


「あら、レグじゃありませんの」


 そこに居たのはレグに並ぶほどの長身の女性。全身を旧式のドレスで包み、コルセットでしっかりと身体を細く見せている。当然、盛り上がった胸も大胆に開かれ外に見せつける。


 透き通るような美しい金の髪が2つ、頭のサイドで縦にロールを描いていた。


「聞きましてよ。あなたの話」


 彼女は汗をタオルでふき取り、水差しに入っている水を飲んだ。


「……あいかわらず、耳が早いですね。先生」


 レグが先生と呼んでいる女性だが、実はレグより2つ年下の23である。だが、彼女はレグにとっての先生なのだ。


「新しいパーティーで何をしようとあなたの自由ですけど、無茶はよくありませんわね」

「先生に言われると耳が痛いですね……」

「それで、今日は一体どうしました?」

「新しいパーティーの件で、先生に協力してほしいことがありまして」

「その後ろのレディーですわね?」


 俺の大きな身体に隠れる様にして先生をじっと見ているエマをにっと綺麗な笑顔で先生は見た。


「はい。彼女を“吟遊詩人“にして欲しいんです」

「今の職業ジョブは?」


 先生はエマを見て、そう言った。


「……盗賊、です」

「珍しいですわね。盗賊が“吟遊詩人”に転職だなんて」


 俺はそれに頷いた。


 先生の言う通りだ。盗賊が吟遊詩人には普通、転職しない。それは今までやって来たものを捨てる行為だからだ。。


「でも、レグがわたくしのところにわざわざ来たということはそれなりに事情があるのでしょう」

「……私、『集敵特性トレイン』なん……です」


 それを聞いた先生は、一瞬笑顔を固めた。


「レグ、何を考えているのです?」


 そして、俺を見る。


「彼女の決意ですよ」


 俺は肩をすくめてそう言うと、


「……そう。それなら良くてよ」


 そう言って、そっとエマに手を差し出した。


「『集敵特性トレイン』で冒険者になるというその決意、尊重いたしましょう。レディー、名前は?」

「エマ、です」

「良い名前ですわ。わたくしはルーナ。ルーナ・ヴェリタリテでしてよ」

「ルーナ……。名前……聞いたこと、ある」

「ふふっ。“歌姫”ルーナと言えば、それなりに名は知られておりますわ」

「……!!!」


 びびっ! と全身を使ってエマが驚いた。


 そりゃそうだろう。“歌姫”ルーナと言えば、子供向けの御伽噺おとぎばなしも作られているほどの有名人。活躍の度合いで言えば『ヴィクトル』なんか目じゃないくらいのものを持っている。


「ではレディー。まずは“吟遊詩人”の説明から致しましょう」

「は、はい!」

「“吟遊詩人”とはパーティーの。荒くれ者のように、剣を振り回すことだけがモンスターとの戦いではなくってよ」


 そう言ってエマの手を取って、歌唱室の中心に歩いていく。


「歌声に魔力を乗せて、波としてあたりに染み渡らせる。それはパーティーの加護、支援となるのです。しかし、モンスターにとってそれは毒。近づいて来たモンスターは弱り、へたり、倒れることになりますわ」


 先生はさらに続ける。


「レディー、貴女あなたは『集敵特性トレイン』で今まで苦労してきたのでしょう。しかし、それは貴女にとって大きな武器でしてよ」

「……武器?」

「イエス。『集敵特性トレイン』はどうしてモンスターを集めれるとお思いで?」

「ううん。……分かんない」


 エマは首を振ってそう言った。先生はそっとほほ笑んで、エマに言う。


「『集敵特性トレイン』は全ての生物とんですの。だから、モンスターたちは『集敵特性トレイン』に集まるんですわ」

「そ、そう、だったんだ……」


 エマが『集敵特性トレイン』の何故を知って大きく驚いた。俺もそれは初耳だ。


 でもなんで波長が合うとモンスターが集まるんだろう。


「ここからが肝心でしてよ、レディー。“吟遊詩人”の歌は波長が効果が高まるんですの。言っている意味は理解できて?」

「…………うん」


 こくり、と先生が言われたことをゆっくり飲み込むエマ。


「レディー。自信を持ちなさい。あなたは“吟遊詩人”として、素晴らしい才能を持っているんですの」

「……ほんと、に?」

「ええ。貴女の歌声はあまねく冒険者を支え、貴女の歌声は数多のモンスターを死地に追いやる……そんな資質を秘めています。ですが、それが花開くかどうかは貴女の努力しだいですわ」

「わたし、頑張る……!」

「では、レッスンを始めましょう」


 先生はにっこり笑った。


「せ、先生! 月謝は……?」


 金の話を先にしておかないと後々面倒なことになるのでレグがそう聞くと、


「お金はいらなくてよ」

「マジですか」


 先生がにっこり笑って俺の方を見た。


「代わりにレグ。あなたのお腹のお肉、心ゆくまでわたくしに触らせる……というのはどうです?」

「あー……」


 ちらっとエマを見る。


 彼女は小さな手をしっかり握って、やる気に燃えていた。


 レグは頭のなかで色々考えて、


「…………じゃあ、それで」

「契約成立ですわね♡」


 俺は2人にバレないようにため息をついた。

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