第7話 凱旋の冒険者!

「レグさんって、本当に盾役タンクなんですか?」


 ゴブリンの死体を解体しながら、フェリが俺に尋ねてきた。


「え゛っ……。俺は盾役タンクのだけど……」

「いや、なんか。盾役タンクにしては凄く前に進まれるので。盾役タンクってもっとパーティーの近くでモンスターの攻撃とかを防ぎません?」

「あー。前のパーティーの悪い癖だわ」


 俺はナイフの持ち手で頭をがりがりといた。調子にのってゴブリンを殺しまくったため、死体を解体しても解体してもキリがない。そろそろ解体を止めないと、日が暮れてしまう。


「次までには直しとくよ」

「いえ、その……。職業ジョブを変えられては……と思ったんです」

職業ジョブを?」


 転職、という奴だ。上位職につけばパーティーの大きな戦力になるのは間違いない。ただ、転職するには金がかかるのだ。だから、俺はずっと盾役タンクのままである。


盾役タンクの上位職ってなんだっけ」

「いえ、盾役タンクが上位職です」

「え、そうだっけ」


 じゃあ、俺1回転職してるってこと? 

 いつやったっけ……?


 覚えてないってことは5年以上前ってことか。


「だから、その……。別の職業ジョブとかは、どうでしょう?」

「別の、ねえ」


 今まで慣れ親しんできた盾を捨てる、というのはちょっと出来ない。


「んー。俺は良いかな。そんなことより、エマの方が転職させた方がいいだろう」

「エマちゃんを?」

「…………私?」


 血だらけになりながら解体を頑張っていたエマが会話に入ってくる。


「ああ。モンスターを見て気絶するのは盗賊としては致命的だ」

「…………致命、的……」


 エマの手が止まる。


「おいおい。ショックを受けるない。向き不向きがあるって話だよ」


 俺はナイフについていた血をふき取ると、エマに向き直った。


「お前は“吟遊詩人ぎんゆうしじん”の方が向いてる」

「“吟遊詩人”……?」


 支援職バッファー、というやつである。


「そうだ。歌と音楽で全体の支援をする職業ジョブだ」

「支援……」

「で、でも。どうして、エマちゃん何ですか? 気絶するからですか?」

「それもあるが……。何より声が良い」

「声」


 エマはそう言って自分の声を吟味ぎんみするように耳をすませた。


「……? 分かんない」

「自分の声ってのは耳で聞いてる声とは別らしいぜ? お偉い先生が昔そう言ってたのを聞いたことがある。エマ、自信を持て。お前は良い声だ。……まあ、どうしても盗賊が良いっていうなら無理にとは言わないけど」

「ね、レグ」

「なんだ?」

「“吟遊詩人”になれば、私は変われる……かな」

「さーな。それはお前の努力しだいだ」

冒険者あの人たちを、見返せる、かな」


 言葉を選びながら、それでも直接的にエマは俺に向かってそう言った。


「それは……」


 だから俺は真剣に答える。


「それは、俺達の努力次第だ」

「じゃあ、やる。私、“吟遊詩人”になる」

「よし。転職代は俺が出してやる」


 まだ多少は、貯金は残っている。

 兄ちゃんを許してくれ、ロイド。ミラ。


 ここに居ない子供たちに俺は心の中で詫びた。


 ……学費、絶対に払うから。

 一か月の滞納であれば学校側も大目に見てくれるって前に別の冒険者が言ってたのを聞いたことがある。


 彼女の転職は今のパーティーにとって大きな力になるはずだ。ここは金をケチるような場面じゃない。キチンと投資すべき場面だ。彼女は斥候として前に出ず、後ろでバフをかけれるようになれば戦力は+1される。


「良い先生を知ってんだ、俺。性格はちょっとアレだけど」

「性格……ちょっと、アレ、なの?」

「……ちょっと、アレだ」


 俺はそう言ってゴブリンの死体から顔を上げた。


「明日、会いに行こう」

「明日……。分かった……」


 エマの顔は少し心配そうに眉をひそめたが、頷いた。


「よし、もう残りは放っておこう。今日はこのまま帰るぞ」

「えー! まだ半分も解体してないよ!!」

「このままだと日が暮れるぜ」


 マリは俺の言葉を聞いて、空を見上げた。今が夕暮れだと、その時知ったらしい。大変驚いていた。


 集中するのは良い事だ。


「『ミストルテイン』の凱旋だ。胸張って帰ろうぜ」


 俺達はゴブリンの素材を持った袋をかついで街へと帰った。途中でフェリが何度もこけそうになるから、大変だった。



 ズド、とゴブリンの素材をギルドのカウンターに置くとカウンターがきしんだ。周囲の冒険者たちの視線が一瞬にして俺たちに向けられる。


「何であいつあんなに素材持ってんだよ」

「どうやってモンスター集めたんだよ」

「そんな数倒せるならFランクパーティーじゃねえじゃん」

「レグがFランクパーティーで無双してるわ」


 なんて声が聞こえたり聞こえなかったり。


「何これ」


 ギルドの一級鑑定士であるマミが、ちらっと図鑑から顔をあげてこちらに尋ねてきた。


「ゴブリンの素材だ」

「依頼は」

「ゴブリン5体」

「それFランクの依頼でしょ。なんでアンタが受けてんの」


 マミの言葉に俺は肩をすくめて、後ろの少女たちを見せた。その途端、『うわっ』みたいな顔をするマミ。


「何やらかしたの? ミディのケツでも触ったの? それともガリアとヤったの? まさか、サムと…………?」

「ちげーよ。普通にクビになったの! 実力不足で!!」

「実力不足? ああ、スキルの次は実力不足か」

信じてもらえなかったんだっ! 他のパーティーじゃ言っても信じてもらえなかったらって黙ってりゃこのザマだ」


 今まで俺がほかのパーティーをクビにならなかったのは盾役タンクとして優秀だったからだ。例えスキルに関して嘘付きと言われようとも、与えられた仕事をちゃんとやって来たからクビにならなかったのである。


 だから、次のパーティーは普通の盾役タンクとしてやっていこうと思い、『ヴィクトル』の連中にはスキルのことを黙っていたのだが、こんなことになってしまった。


「はっ。アンタのスキルは規格外だもんね。ぶっちゃけ私もまだ信じてないよ」


 そういって口角を釣り上げて笑うマミ。


 スキルのことに詳しければ詳しいほど、俺のスキルがあり得ないと思う。俺だってこんな無茶苦茶なスキルがあることに納得していない。神様のミスだって言われても納得してしまう。


「ま、そういうのは良いから。鑑定してくれ」

「これ何体分?」


 マミが袋を指さして首を傾げる。


「さぁ? 120体から数えるのを止めたから」

「アンタ、常識を知らないの?」

「ついやりすぎちゃって……」

「まあ、良いわ。その分、鑑定料を踏んだくるから」

「ちょっとォ!? 役得反対! ギルドからちゃんと給料もらってるだろ!!」

「冗談よ。ちょっと待ってなさい」


 マミはそう言って袋を開くと、素材の鑑定を始めてくれた。その速さが速い速い。俺達が一生懸命解体したゴブリンの素材が次々に流れていく。そして、そのまま待つとマミは計算開始。


 土に数珠がついた独特の計算機で、俺達の報酬を弾きだす。


「金貨1枚に銀貨80枚銅貨40枚でどう」

「きっ、金貨!?」


 ぶっ倒れそうになるフェリを抱える。


「どうも」


 そう言って報酬を受け取る俺。


「次は上手くいくと良いわね」


 俺達の去り際にマミはそんな声を投げかけてきた。

 振り向くと、彼女は再び図鑑を読みふけっていて。


 俺はそれに片手をあげて応えた。


 ――――――


「これが俺達の初めての報酬だ」


 金貨1枚に銀貨80枚、銅貨40枚。

 金貨は銀貨にしてもらい、銀貨180枚に銅貨40枚だ。


 『ヴィクトル』に比べれば雀の涙のような報酬。それを均等に分ける。

 だが、始動にしてはあまりに多すぎる報酬だ。


「こ、こんなに貰っても良いんですか!?」


 銀貨を持ったまま手を震わせるフェリ。


「すごい、お金……」


 自分の前に詰まれた銀貨を見て目を輝かせるエマ。


「ぎ、銀貨なんて初めて見た……」


 そう言って銅貨だけしまおうとするマリ。


 ぜってぇ嘘だわ……。


「今日はまだこの程度だ。だが、明日からもっと稼げるようになる。明日からはパーティーのランク上げも狙っていこう」


 FランクからEランクにあがるには、Fランク依頼を10回連続で成功させれば良い。


「うん!」

「分かった……!」


 頷くエマとマリ。だが、フェリは真剣な顔をして俺を見ていた。


「あの、レグさん」

「レグで良い。どした?」

「私たちのパーティーに入ってくれて、ありがとうございます」


 そして、深く頭を下げた。


「……ん」


 俺は真正面から感謝を告げられたのが少し気恥ずかしくて、思わず顔を赤くしてしまう。


「レグ、顔が、真っ赤」


 その時、エマが俺の顔を見ながらそう言う。


「ん!!? ち、違うぞ! 熱いだけだぞ!!」

「レグ、照れてるの? 可愛い!!」


 マリが大きな帽子を揺らして笑う。


「違うって! ……これは、血! ゴブリンの血なの!!」


 それを聞いて、どっとパーティーが沸いた。



 新生パーティー『ミストルテイン』の初日は、見事大成功で終えたのだった。

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