第3話 涙の冒険者!
その日のうちに宿を変えることにした。Sランクパーティーを追放されたいま、銅貨1枚でも金が惜しかったのだ。俺は最近よく寝泊まりしていた高級宿を辞めて、駆け出しのころに愛用していた宿に泊まろうと思った。
部屋の大半がパーティーのアイテムだったので、泊まっていた宿にプレゼントすることにした。自分のものではなかったが、パーティーをクビにされたのだ。もう俺があのアイテム類を持っておく必要がどこもなかった。
「おっちゃん、久しぶり」
昨日まで泊まっていた綺麗な宿じゃない。銅貨5枚で泊まれるぼろ宿だ。中に入ると、駆け出しの時によく世話になったおっちゃんがカウンターで暇そうにしていた。
「……あん? おめえ、レグか。太ったな」
「良く言われるよ。今日から泊って良いか?」
「冷やかしか? Sランクパーティーだろ、おめえ」
「クビになった」
「そうか。話くれぇは聞いてやるぜ」
「良いよ。俺がしくじっただけだから」
「はん、ネガティブになりやがって。まあ、良い。103号室だ。ほれ」
おっちゃんが俺に鍵を投げてくる。このやり取りが懐かしい。
「おめえ、パーティークビになっちまって明日からどうすんだよ」
「新しい仲間探し、かなぁ」
「見つかんのか?」
「どうかな?」
俺がパーティーをクビになったという情報は、明日には多くのやつが知ることになるだろう。何てったって、冒険者はどいつもこいつも噂好きなのだから。
「パーティーをクビになった冒険者は3ランク下のパーティーからだっけか」
「ああ。最高でCランクだね」
「新しいパーティーに
「考え中だよ。ソロでも良いかなって」
「先生とガキたちはどうすんだ」
一人で稼げる量などたかが知れている。
それを知っている分、俺の顔は曇った。
「……ん」
「まァ。おめえの人生は長ェんだ。気にせずやんな」
「ありがとよ。おっちゃん」
おっちゃんは気恥しそうに手をあげた。俺はおっちゃんの優しさを感じながら、部屋に向かった。
「うわっ。懐かし……」
13の時、孤児院から出て冒険者になった。あれからもう10年近くも経つが、部屋の中はあの時のままだった。
「また、ここに戻ってくるとはなぁ」
昔の俺は絶対にこんなぼろ宿を出てやるんだと意気込んでいた。まだ、あいつらに会う前の話だ。
「【因果応報】か」
物心ついた時から、このスキルと一緒に歩んできた。このスキルのおかげで殉職率の高い冒険者をやっていけてるし、世界で数少ないSランクパーティーになることもできた。
「まさか、このスキルのせいでパーティーをクビになるとはなぁ」
人生、何が起こるか分からないものである。
「人生は長い、か」
おっちゃんの言葉を思い返す。
「冒険者は35までだよ。おっちゃん」
自分が冒険者としてやっていけるのはあと10年とちょっと。それまでに、Sランクパーティーとして稼ぎまくろうと思っていたのだ。Sランクパーティーの稼ぎはすさまじい。国からの任務しだいだが、中には人生を10回遊んで暮らしても過ごせるだけの金が入ってくる。
俺が稼げば、俺を兄と
「良いよなぁ。あいつらは、背負うものがなくてさ」
サムは家が貴族だ。5男とはいえ、それなりの援助を実家からしてもらっている。
ミディは家が大きな商会だ。そうでなければ、月に金貨15枚(金貨2枚あれば1月暮らせる)もかかるレイズ魔法女学院なんかに通うことなど出来ない。
ガリアはシスター、教会の出だ。教会は国から税金を免除されているし、お布施や免罪符さらには治癒院などでかなり儲けている。
あのメンバーは、生きていくための金がほしくて冒険者をやっているんじゃない。後ろ盾も、教養もないから仕事に就けない。そんな俺たちが仕方なく働く冒険者をやっているんじゃない。
ただ、名声のためにやっているだけなのだ。
「兄ちゃん。やっちまったよ」
俺はベッドに寝っ転がって、天井を見上げた。
「ごめんな、みんなぁ。ごめんなぁ……」
そうしないと、涙がこぼれてしまいそうだったから。
俺が稼がないと、ロイドは学校に通えなくなる。中退だ。学がないと商人ギルドには入れない。まともな仕事に就けない。だから仕方なく冒険者になる。あの子は身体が弱かった。冒険者になってもゴブリンにすら勝てないだろう。だが、冒険者にならなければ金は稼げない。
生きていくために冒険者になるが、彼はモンスターに殺される。
俺が稼がないとミラは娼婦になるのだろうか。まだ13歳だ。だが孤児院の出で、まともな教育を受けていない、それも女の子がこの世界で就ける仕事なんて冒険者か娼婦くらいだ。
彼女は心が優しかった。きっとモンスターも殺せない。だから、娼婦になる。子供が好きな変態の慰み者になる。性病にかかって20代半ばで死んでいく。
子供たちはたくさんいる。
だが、子供たちの未来は俺にかかっていたのだ。
「ごめんよぉ。俺が、俺がしっかりしなきゃいけないのによぉ」
俺の人生はこれからもある。
だが、子供たちの人生はどうなんだ?
それを考えると、どうしようもない気持ちになる。だが、どうしようもないのだ。パーティーをクビになった俺には、どうしようもないことなんだ。
子供たちに心の中で何度も詫びながら、俺は眠りについた。
「……おはようございます」
「はっ!?」
見知らぬ声が聞こえた瞬間、俺は盾をとっさに構えた。
連鎖して脳が100%覚醒。どっちも冒険者としての習性だ。
「誰だ?」
声の主は右眼に包帯を巻き、左腕に包帯が巻かれ、さらに右脚にも包帯を巻いていた。わずかに血がにじんでいるものある。痛ましい怪我だ。
「……あの、すいません。フェリと言います。そんなに激しく起きられるとは思いませんでした」
「……どうやってここに入った」
「宿のおじさんに、レグさんに会いたいといったら通してくれました」
おい、セキュリティどうなってんだ!
覚えていやがれ、あのジジィ!!
昨晩の恩が無ければ飛び出していたところだぞ。
「何の用だ」
「Sランクパーティーをクビになったと聞きました。そこで折り入ってお願いがあります」
フェリと名乗った痛ましい姿の少女は頭を深く下げた。はらり、と長い緑の髪が落ちる。
「……何だ」
金でもゆすりに来たか? 街の乞食が良くやる手に、怪我して悲壮感を出すことによって寄付を
そう思っている俺に、頭を下げたまま彼女は大きな声で言った。
「私たちのパーティーに、入って欲しいのです」
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