第11話 無能な伯爵と冒険者!

「気を付けろよぉー」

「色々教えていただき、ありがとうございました!」

「良いってことよ」


 依頼主の少年がレグに深く頭をさげる。


 報酬の銀貨30枚もきちんと貰えた。報酬は安いが、今回のメインは運搬クエストである。これを4つ同時に受けたのでギルドに行けば1日で同時に5つクエストクリアしたことになる。


 既にDランクまでクエストの折り返し地点だ。


 運搬クエストは神かなにか?


「ね、レグ。あのおっきい、家、何?」


 俺がデカい袋に入った荷物を担ぎ上げると、エマが俺の服をひっぱるようにして聞いて来た。


「うん? ああ、あれはロッタルト伯爵の館だよ。デカいだろ?」

「大きい……。レグ、は……会ったことある?」


 俺は久しぶりにやってきたロッタルト伯爵領の変わらなさに、感動を覚えながら冒険者ギルドに向かう。


「伯爵にか?」

「そう」

「あるぞぉ」


 『ヴィクトル』にいた時代の話である。伯爵からSランクなら誰でも良いとかなんとか言って、依頼が飛び込んできたのである。それをミディが貴族に恩が売れるだのなんだの言って受けたのだ。懐かしい思い出だ。


「どんな人でした?」

「どした、フェリ。気になるのか?」

「貴族様ってなんか、縁遠くて。伯爵に会ったんですよね? どんな人でした」

「蛇……いや、あれは狸だな」

「狸?」


 俺は肩からずり落ちてきた荷物を持ち上げた。


「狸だ。絶対に関わりたくねぇ」


 ということで伯爵の館に近い冒険者ギルドに到着。すると、何だかギルドの前に人だかりが出来ている。


「何かあったのかな?」と、マリ。

「さぁ? 有名人でも来てるんじゃないか?」


 『ヴィクトル』はあの街によくいたので周りに人が集まることは無かったが、他の街に行くとサインを求められたりすることはあった。Sランクパーティーってのは冒険者たちの憧れなのだ。


「失礼」


 俺はそう言って人込みをかき分ける。ただでさえデカい俺の身体が背負っている荷物のせいで余計にデカい。だが、そのおかげで後ろを歩いているフェリ達は楽に通れているだろう。


 中に入ると、えげつないくらい太ったおっさんが受付嬢相手に何かを熱く語っていた。


 あ゛っ!


「他の冒険者はいないのか!」

「で、ですから……。今いる他の冒険者たちのランクは最大でもBランクで……」

「だから! そいつらでも良いからダンジョンに行かせろ言っているのだ!」

「で、ですが、Sランクパーティーの『ヴィクトル』ですら帰ってこないようなダンジョンに、Bランクパーティーを送り込むのはギルドとしては……出来なくて……」


 うーわ……。


「レグ? どうしたの? 立ち止まって」

「……うん? レグ??」


 おっさんがマリの声を聞いてこっちに振り向いた。そして、先ほどまでの怒気を孕んだ顔とは打って変わって急に優しそうな顔になった。


「おお! レグ君じゃないか!! 久しぶりだな!!」


 そして、こちらにやってくる。


「オヒサシブリデス」

「やぁ、これはまた太ったな。なに、食べ盛りだもんな。気持ちは分かるよ。元気そうでなによりだ。結構結構」

「伯爵も……お元気そうで……」

「え、伯爵!?」


 びびっとフェリが驚いて、太ったおっさんをみた。


「うむ。いかにもいかにも。私がここを治めるリチャード・ロッタルト。気軽にリッチーと呼んでくれたまえ☆」


 そういってフェリに向かってウインクした。


 リッチーって……。

 あんたそんな歳でもねえだろ……。


 リチャード・ロッタルト、56歳。ロッタルト家の3男に生まれたが、長男と次男が戦死したため繰り上がりで貴族の継承権を手にいれた。以降、30年近くは彼が領主を務めているらしい。


 自他ともに認めるな領主である。


「リッチー……伯爵? は、どうして冒険者ギルドにいるんです?」

「おお! よくぞ聞いてくれた。君、名前は?」

「フェリです」

「フェリ君だな。うん。覚えた覚えた。これでも人の名前を覚えるのは得意でね。おっと、話がそれるところだった。うん。私がここにきた目的だったな。それがだな、ついこの前私の領地に新しいダンジョンが出来たんだ」

「ダンジョンが」

「うん。ダンジョンだ。ダンジョン、良いだろう。夢があるだろう。それでだ、モンスターがダンジョンから出てきたら大変だろ? 民が困るからな。うん。それで、ダンジョンの踏破を『ヴィクトル』にお願いしたんだ。だけどな、『ヴィクトル』が帰ってこないんだ」

「はえー」


 俺は適当に相槌を返して、鑑定台に運搬クエストの荷物を置いた。


「ちょっとぉ! レグ君!! 話はここからだよ!!」

「いや、言わなくてもわかりますよ。伯爵は自分の依頼でSランクパーティーを壊滅させたっていう悪名を広められたくない。だから、『ヴィクトル』を救出できるパーティーを探してるんでしょ?」

「う、うん。まさにその通りだ! 流石はレグ君だな。うん。もっと気軽にリッチーと呼んでくれてもいいんだぞ?」

「………………」

「それでだ、レグ君。うん。君の噂はこの伯爵領までよぉく届いている。そんな君に頼むのはひどく忍びないと思うんだが……その……お願いできないか? 『ヴィクトル』の救出」

「はははは。リッチーも冗談が上手になりましたね」


 俺は乾いた笑いで伯爵に向き直る。


「俺たち『ミストルテイン』は昨日Eランクになったばかりのパーティー。とてもじゃないですが、Sランクの『ヴィクトル』が帰ってこれないようなダンジョンに潜れるはずがないじゃないですか」

「そ、そんなぁ! それはあまりに殺生というものだよ! レグ君!! 私と君の仲じゃあないか!」

「俺たち、そんな仲良くないじゃないですか」

「うぐっ。その言葉はナイフだぞ! レグ君!! 凶器だ! 私の心にしっかりささった!!」


 騒がしい人だなぁ。


「君たちがEランクなら、うん。伯爵の力で君たちをAランクに引き上げようじゃないか。うん」

「いや、駄目ですよ。流石にそれは」


 受付嬢がとっさに突っ込んだ。ナイスツッコミだ。


 それは意味のないランク上げだ。俺も嬉しくないし、フェリたちも喜ばないだろう。誰も得をしないランク上げである。


 伯爵は倒れ込むようにしてこちらにやってきた。あまりの巨体がずんずんとこっちに迫って来るのはある種の恐怖体験だ。今度から俺も気を付けよう。


 なんてことを考えていたら、両肩に伯爵の手が置かれた。


「頼むよぉ! レグ君!! この通りだ!!!」


 そういって伯爵が深く頭を下げる。


 この人すぐに頭下げるからなァ……。


「頼む! もう君にしか頼めないんだ!!」


 そう言って、伯爵はそっと口の俺の耳元に口を近づける。


(君が手伝ってくれれば、私のコネで東の“魔女”に会わせよう)


 そっと、言った。


(……“魔女”に?)

(“魔女”の見識は深い。『魔力枯渇症候群オーバー』についても良く知っているだろう)

(……ッ! あんた、どこまで知ってるッ!!)


 思わず俺は伯爵を押しのけそうになった。


「なぁ、頼むよ! レグ君!! ほら……私は、無能だから……1人だと何も出来ないことはよく知ってるだろう?」


 そういってうるんだ目で俺を見てくる伯爵。


 おっさんにそんな顔をされたところで1つも嬉しくはないが、“魔女”の話の方は俺にとって……いや、このパーティーに取って簡単に捨てられるようなものじゃない。


 …………『蛇』め。


(…………何が、目的だ)

(君のことを高く買ってるんだよ、私はね)


 そういって伯爵は再びウインクした。


「レグ君! 君が『うん』と言うまで私はここをどかないよ! そういう覚悟が出来ている!!」

「伯爵……」

「リッチーだよ!!」

「…………」


 伯爵は再び俺の耳元に口を近づける。


(救出に向かえば君の名誉も回復。『神殺しミストルテイン』は“新しい戦力”とSランクにあがるための口実を手に入れる。『勝利の神ヴィクトル』は君の必要に気が付き、君を失った後悔とともに天狗の鼻も折れる。ほら、全てが上手く行く)

(……どうして、こんな手のこんだことを)

(ふふふっ。年甲斐にもなくね、ロマンを追いかけたいんだよ)

(……ロマン?)

(余り者たちの、英雄譚さ)


 伯爵はウインク。


(……はッ。よく言うぜ)


 ロッタルト伯爵は笑う。俺も笑う。


 契約が、成立した。


「いやあ、ありがとう! レグ君。感謝、感謝だよ!! うん。たっぷり金貨を用意しておくよ」

「じゃあ、白金貨200枚で」

「「「にッ!?」」」


 俺が伯爵にふっかけると、フェリたち……だけじゃなく後ろにいた冒険者たちもいっせいに驚いた。そりゃそうだ。白金貨200枚なんて一生かかっても稼げるような額じゃない。名のある冒険者なら話は別だろうが……。


 ちなみに金貨100枚で白金貨1枚である。


 そう考えるとちょっと吹っ掛けすぎたか?


 でも伯爵は事情クビを知ってて依頼してきてるし、これくらい吹っ掛けても良いだろ。


「いやぁ、レグ君。それは厳しいよ。白金貨50枚にしてくれないか? その代わり……と言うわけじゃあないけど、うちの娘の1人や2人。持って帰らないかい?」

「伯爵、娘いないですよね」

「うん? うん。うん。そうだそうだ。いないんだよ、娘」


 …………。


 …………………。


 ……………………………なんなんだよ、コイツ。

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