幕間 世界の敵
世界には『英雄』と呼ばれる者たちがいる。
モンスターを倒し、ダンジョンをクリアし、『神』を殺す。それは、狭い大地に生きる人々にとってはまさに英雄。“世界の敵”に奪われた新しい大地を取り返し、『神』の【神秘】によってかき消された世界を作り直す。
それが【神狩り】。人類の希望。
そうであるならば、人間にとっての“敵”もいる。
「バカ兄貴! いつまで歩くのよー!」
「そうは言うが、妹ちゃんよ。まだ歩き始めて30分も経ってないんだけどっ!」
鬱蒼とした熱帯雨林の下を2人の少年少女が歩いていく。
そこが1年前まで草が1つとして生えない無限の砂漠だったなどと言われて誰が信じるだろうか。
「私のこと妹って呼ぶなバカー!」
「おおっと悪かったよ。フィーちゃん」
「うん。そう。そっちの方が可愛いし」
眼鏡をかけた少年と、その後ろを文句を言いながら追いかける少女。兄妹というにはあまりに容姿が似ていない。何しろ少年の方は黒い髪に黒い目、ひどく平凡な顔つきなのだ。だが、妹の方は違う。
金の髪に銀の瞳。見た目もひどく
とても兄妹には見えない――だが、2人がそういうならそうなのだろう。
「ねー。どこまで行くのぉ?」
「おバカなおバカな妹よ。僕ぁ、つい10分前にも言ったんだがなぁ」
「わ、忘れちゃったのよ!」
そういってツンツンする妹を見ながら、兄の方はニコニコする。こうして、触れ合えることが楽しいとでも言わんとばかりに。
「この先にいる『ヴァルク=ダルク』の死体を手に入れるんだよ」
「ヴァ……何? その厨二病チックな名前」
「僕がつけたんじゃあ無いからそー言われても困るんだけどね」
汗で濡れた眼鏡をさっと拭いて、少年が困ったように答える。
「『バルムンク』……って言っても分かんないんよなぁ」
「うん。分かんない。何? 私がバカだからって知らない言葉を使わないでよ!」
「おバカな妹よ。無知なのは良いが、それで
「妹って呼ばないでよ」
「…………」
こらぁ、困ったなぁ……。なーんて誰に聞かせるまでも無く、少年は呟く。
「それで、その……ヴァルク……なんちゃらかんちゃらまでどれだけ歩くの?」
流石に言い過ぎたか、と思った妹の方が話題の切り替えをはかった。
「んー。そろそろなんだけどなぁ……」
「全く、いつになったら『
「そうは言っても、この星には人工衛星があるわけじゃあ無いし……。具体的な座標を知る方法って無いんだよねェ」
「人工衛星って何?」
「モンスターだよ」
「へー」
適当にあしらって、少年が先に進む。
「んで、そのヴァル……なんちゃらって何なの?」
「『ヴァルク=ダルク』? 神だよ」
「神様?」
「そ。人智を越えた生き物なんだってさ。嗤えるよな」
「バカ兄貴でも分からないの?」
妹からの問いかけに少年は静かに首を横に振った。
「それが生き物なんだったら、理解できないはずがない。理解できない~。なーんてのは、理解することを諦めた
「そんで、その神様の死体を手に入れるためにこんなあっつい場所歩いてるの?」
「そだよ」
「やーだー! 帰りたいー! 帰ってアイス食べたい~」
「僕の力だけで運べるわけないだろ? フィーちゃんを頼りにしてるんだよ」
「ほ、ほんと!?」
「あ、ああ。そうだよ。フィーちゃんだけが僕の頼りなんだ」
「ば、バカ兄貴がそこまで言うなら……」
顔を真っ赤にして照れ続ける妹を見ながら、ちょっろ……。
と、思ったのはここだけの内緒。
「お、あったよ」
森の中、急に開けた場所にでた2人が見たのは見たのは、巨大な白い腹。鯨、にもよく似た『ヴァルク=ダルク』だが、その首は鋭利な刃で切り取ったかのように落ち、尻尾も何かに爆破されたのか、無い。
チーズのように身体にいくつも大きな穴をあけて、全身に紫色の血をこびりつけた死体がそこにあった。
「うわっ、臭い……」
「そりゃあ、生き物だからね」
「おかしい! この前の、レロレロキャンディーみたいなのは臭く無かったもん!」
「おバカな妹よ。それは『レル=ファルム』と言いたいのかい?」
「そう!」
意気揚々と元気に答えた妹に苦笑する。
「あれは機械だからね。腐りはしないさ」
「そ、そうなの……? よくわかんない……」
へむ、と顔をしかめる妹が可愛いくて、微笑ましい。
「さて、ささっとボディを回収しよう。僕がゲートを作るからそれ持ち上げて。頼むよ、フィーちゃん」
「わ、分かったわ」
名前を呼ばれて陽気になる妹。
「じゃあ、開くよ」
少年が手にもった石を空に向かって投げると、ドン! と、重たい音と共に、空に
「投げてー」
「よいしょ……っと」
少女はそういって『ヴァルク=ダルク』の40m近い巨大な身体を持ち上げると、一気に穴に向かって投げた。
「よーし。ありがとね、フィーちゃん」
「ふ、ふん。別にアンタなんかに褒められたって嬉しくないもん」
「じゃあ、帰ろっか」
少年がそう言うと、少女は少年の身体を持ち上げて穴に投げる。そして、少女は地面を蹴ってその穴の中に入った。
ばっと、視界が暗転して2人は金属製の地面に降り立つ。
「こいつの肉をばらして、骨だけにしといてくれ」
『了解です』
少年がそう言うと、合成音声の返事が返ってくる。少年の周りにはひどく無機質なヒューマノイドたちが待機しており、少年の言葉に反応して胴体だけの『ヴァルク=ダルク』の身体から肉を削ぎ取っておく。
「んじゃあ、帰ろっか」
「やーっと休めるわ。まったく、バカな兄貴に付き合わされるなんてたまった物じゃないわ」
「フィーちゃん、君30分しか歩いてないじゃあないか……」
なんてことを言いながら、『ヴァルク=ダルク』の身体がすっぽり入る巨大な部屋から少年少女が外に出る。
廊下に出ると、人々の金切り声じみた叫び声が響き渡った。
「出せっ! ここから出せッ!!」
「子供だけは! 子供だけは助けてください!!」
「助けてよぉ! お母さんにあわせてよぉ!!」
老若男女問わず、檻の中に詰め込まれた人間たちがそこらにひしめいている。その数、数千。それだけの人間を前にして、少年は何のこともなく歩いていく。
「うーん、どうしたもんかなぁ」
「どしたの、珍しく考え込んで」
「んー。『ヴァルク=ダルク』の身体を使うのは良いけど、どう『レル=ファルム』と『イルガ=ジャルガ』と組み合わせようかと思ってさ」
「バカ兄貴が考えたって大したことにならないんだから、ぱぱっとやっちゃいなさいよ!」
「フィーちゃんは物事をよく考えずに動いちゃう癖があるからねェ」
「え、そ、そうかな……? それほどでもないけど……」
「褒めてないんだけどなぁ……」
なんてことを言いながら、2人は人の檻の中を抜けていく。
「あ、そうだ。200番台の人たち今日使いたいから用意しておいて」
『了解です』
抜け際に少年がヒューマノイドにそう言うと、再び簡潔な返事が返って来て200番台の上から汚れを落とすための水が降り注ぐ。
1週間前、『カルム公国』という国があった。
その国はもう、無い。
『
どこからともなく現れた“彼”。
人を殺し、国を滅ぼし、神の死体を
己の欲求を満たすためだけに、歩き続けるソレをなんと形容しようか。
モンスターか、魔物か、はたまた悪魔か。
だが、違う。人々は彼のことをこう呼ぶ。
『機骸の魔王』と。
世界には、『英雄』がいる。ならば、それの“敵”もいる。
モンスターを従え、ダンジョンを産み出し、『神』すら自らの手に収める。それは、狭い大地に生きる人々にとってはまさに“敵”。【神狩り】たちを踏みにじり、国を奪っては高嗤う。
それが“世界の敵”。
『機骸の魔王』
それは、人類の敵である。
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