第25話 進みだすのは英雄譚!

 翌日の昼。俺達は昼食を取ってから、ガモンの店に向かった。

 中に入ると、ミットが出迎えてくれた。


「杖はもう完成してますよぅ!」


 とのことなので、奥に案内してもらうと綺麗な箱に入った1つの杖が鎮座ちんざしていた。どう彫ったのか、『エルダー・トレント』の枝は螺旋らせんを描き、その中から黒死鬼の心臓と思われる芯材が見えているではないか。


 黒死鬼とかいうものだから、心臓の色も黒なのかと思えば全く違った。青色なのだ。それもわずかに光を放っている青色である。


「デザインもそれなりにってみたんだが、どうだ」

「か、かっこいい……!」


 マリは自分の杖を見て、感動している。わなわなと震える手で杖を手に取った。


「そいつァ、何よりだ。さて、旦那。報酬だが」

「ああ。持ってきてるよ」


 ガモンが俺を見る。俺は肩をすくめて、袋を手渡す。彼はそれを受け取ると、中をのぞいて……それにきちんと報酬が入っているのを確認すると、深くうなずいた。


「ぴったりだな。俺も作った甲斐かいがあったってものよ」


 彼は無精髭ぶしょうひげをさすりながらそう言う。


 おおー、昨日はよく分からんおっさんだと思ったが、こう見るとこだわりを持ってる職人にも見えてくる。まったくもって人とは不思議なものである。


「さて、嬢ちゃん。杖に魔力を通しな。それで、その杖はアンタが主だと認識するようになる」

「杖が主と認めたら良い事があるのか?」


 俺の疑問にガモンはすぐに答えてくれた。


「ああ。魔法の威力が上がる」

「ん? どういうことだ?」

「どうもこうもねぇよ。杖ってのは主に対して忠義を持ってくれてる。だから、主の使う魔法を強くしてくれんだよ。誰だって、自分の主人には強く、かっこよくあって欲しいもんだろ」

「へー」


 初耳だ。


 マリはその杖に、そっと魔力を流した。杖の中心、青い部分が発光して杖の先端に暖かい光が宿る。


「杖はお前さんを主と認めた。頑張りなよ、嬢ちゃん」

「あ、ありがとうございます!」


 そう言ってマリは深く頭を下げた。


「あーそうだ。壊れねえと思うが、壊れた時はウチに来てくれ。修理代はタダだかんな」

「え、タダなんですか!?」

「そういうのも含めて料金取ってんだよ。んじゃ、頑張れよ」


 ガモンは手をひらひらと振って、別れを告げる。マリは何度もガモンに頭を下げながら、買ったばかりの杖を後生大事そうに抱えて、外に出た。


「わぁ! 見てよ! この杖!! カッコいいよ!!」

「良かったな」

「うん! ありがとね、みんな! みんなのおかげだよ!」

「……マリ、楽しそう」

「ね。とっても嬉しそうですよね」

「生きててよかったよぉ!」


 泣き出しそうなくらい喜んでいるマリ。彼女は杖を手にもっては腰にしまい、手にもっては仕舞いと何度も繰り返す。よっぽど新しい杖が気に入ったらしい。何よりだ。


「これからどうするんですか?」

「伯爵と合流」


 そう。今日は魔術都市にいられる最後の日だ。“魔女”から魔法を聞きだした俺達にとって、これ以上ここにいる必要は何も無い。そうなるとさっさと元の街に帰ってクエスト達成したいものだ。


 Aランクになれば今以上の報酬も入ってくる。


 彼女たち3人ともは金のために冒険者になったと言っていた。彼女たちがどれだけの金を求めているのか知らないが、Dランクでも満足せずCランク級の報酬でも満足している様子を見せていなかったので相当量の金が必要だと推測できる。


 だから、Aランク目指して頑張らないといけない。


 それに、アイツらに宣戦布告しちゃったしなぁ……。


 なんてことを考えていると、急に俺達の前に竜車が止まった。


「やあみんな! 白馬の王子様の登場!! みんな大好きリッチーだよ☆」


 キラーン、と自分の口で登場音を乗せて伯爵が俺達の前にやってきた。


「いやあ、ちょっと急用が入ってね。君たちにもついて来て欲しいんだ。うん。報酬は払うから、ね?」

「まあ、別に良いんですけど……。どこに行くんですか?」

「王都」


 俺の問いかけに伯爵は満面の笑みでそう言った。


「王都!? 何で急に」

「“魔女”から魔法を教えてもらったよーって国王に言ったらさ。『え、じゃあ見せてよ』って言われちゃって」

「いや、王都ってここから1週間かかるじゃないですか……。俺達2週間でAランクになるって宣言しちゃったんですよ」

「そ、そんな冷たい事言わずに、ね!? お願い!! このとーり!」


 伯爵は馬車から落ちるような勢いで地面に降り立つと、俺に向かって土下座。


「ね!? 伯爵がこうして土下座しているんだよ!!?」

「軽いんだよ! あんたの土下座!」

「お金払うから! 護衛クエストは発注してあるからぁ!」


 そういって土下座したまま尻を振るう伯爵。これ絶対遊んでるでしょ。


「レグ……。報酬、聞いてみよ……?」


 周りを歩いている人たちから『なんだこいつ……』みたいな目で見られる伯爵。


 俺たちこんなのと一緒に王都にいくの? やだよ。


「ちなみに報酬っていくら出るんですか?」

「王都までで金貨20枚!」

「マジっすか?」


 破格の報酬だ。普通の冒険者なら絶対に逃さないだろう。


「それに、もしかしたら国王から報酬を貰えるかもなんだよ! “魔女”の魔法を使えるのは“魔女”を除けばマリ君1人だけだからね」

「な、なるほど……」

「どうだい! レグ君!! 私と一緒に王都まで来てくれないか!!?」


 伯爵が『すたっ!』と自分で言って立ち上がる。元気だなぁ。


「まぁ、別に良いっすけど……」


 1週間で金貨20枚は逃さないわけにはいかなかった。


「良かった良かった。これは良かった。うん。たちに守ってもらえるなんて光栄の極み、何でも頼んでみるもんだね」

「アホなこと言ってないで竜車に乗ってくださいよ」


 俺は伯爵を急かして竜車に乗せる。全員が乗ったのを確認してから、竜車は王都を目指して進み始めた。


「あ、そうだ。竜車なら王都まで3日でつくよ」

「それを先に言ってくださいよ……」


 なんでこの人は一番大事なことを最後に言うのだろうか。


 俺はわざとらしく、ため息をついた。



 ――――――――――――――――


 レグたちをのせた竜車が魔術都市を出発した2日後。


 魔術都市の、その最深部。


 深い地面の底には『封印の間』と呼ばれる施設がある。たった1人の人間のために作られたその中で、“魔女”が笑う。


「“夢”、か」


 数日前の来訪者を思い出して笑う。


 “因果”のにない手と共にやってきた、貴族。つかみどころのない喋り方と振舞い方をしていた、彼。“魔女”は彼が真っ先に部屋に入った時、カミラではなく彼の方を攻撃しようとしていたのだ。


 だが、『封印の間』に入った瞬間、貴族の口が動いた。


「夢を見たくないかい?」


 声には出していない。“魔女”の読唇術を期待したものだったが、“魔女”がその程度のことを分からぬはずがない。“魔女”が首を傾げると、さらに彼はつづけた。


「余り者たちの英雄譚。それが、見たくないかい?」


 最初は意味が分からなかった。だが、“因果”の担い手が『魔力枯渇症候群オーバー』の少女を連れてきた瞬間、全ての合点がいった。


 貴族の彼が握手を求めてきた瞬間、その手には『被虐体質スポイル』『集敵特性トレイン』と記してあった。つまりは、そういうことなのだろう。


 さらにあの貴族が差し出してきたフルーツ。国王が良く好んで食べるというそれには日時が彫ってあったのだ。それは彼らが王都に到着する日付ということになる。


 それらを頭の中でつなげた時、“魔女”は全てを理解した。彼は英雄を見たいのだ。


 “魔女”という絶対悪を討ち払う、英雄を。


「ふん。英雄譚、か」


 そんなものには興味がない。やろうと思えば、今の自分ですら英雄になれるだろう。


 だから、そんなものには興味がない。


 だが、


「マリ……」


 だが、自分の教え子には。


 自分の技術を伝えた彼女がどこまでやれるのかは、興味がある。


「『来たれ』」


 それは、召喚魔法。異界の生き物をこの世界に呼び出す魔法。“魔女”の言葉と共に、魔術都市の空が砕けて1体のモンスターがこの地に落ち、産声をあげた。“封印”された魔女が行使出来る、最大の魔法。


 それは、異形。この世ならざる者。


試験テスト、だ。マリ。そして“因果”の坊や」


 魔術都市から王都へ。


 その異形は全てを破壊しながら進んで行くだろう。


「君たちは、英雄になれるか?」


 深き『封印の間』、その最奥で“魔女”はわらった。

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