第23話 新調する魔法使い!

 喧噪も冷めきった修練場、誰も居なくなったそこに4人。横たわったままのリックを囲むようにして、座っていた。


「……勝てなかった」


 ぽつり、とリックが漏らす。


「そりゃ、そうだよ。だって相手はSランクパーティーのレグさんだよ」


 そう言ったのはセオ。レグに褒められたからと、少し元気づいている。


「俺だって、1人で勝てるなんて思ってなかった。けど! 4人なら! 俺達なら!! 一撃与えることだって出来ると思ったんだっ!!」


 横たわったまま、リックはそう吠える。


「何にも、出来なかった! 何にもっ!! 勝てなかった――ッ!!」


 自分は馬鹿だ。難しく考えることなど出来ない。リックは自分のことをそう思っている。だが、馬鹿だからこそ今回の件が実戦で起きたと思うと、どうしようもないやるせなさが心の中に沸いてくるのだ。


 Sランクパーティー、それは化け物たちが4人で組んで戦うパーティー。


 、勝てぬ相手がいるということだ。


 自分はそこを目指していたはずだった。

 自分1人で勝てない相手でも、仲間がいれば勝てると思った。


「ちくしょう! 俺は……! 俺は……!!」


 涙があふれる。


 それは仲間たちへの謝罪の涙だった。自分の無謀で、危険に巻き込んでしまったという謝罪だった。レグは2つの手加減をしてくれていたのだ。もし、全力だったら1瞬で殺されていた。


 それが、冒険者という世界だ。

 それが、生きていくということだ。


「俺は……ッ! 俺は、強くなりたいッ!!」


 それは、負け犬の遠吠えだろうか。


「Sランクパーティーなんか、目じゃないくらいに!!」


 それは、若者が持ちうる無謀だろうか。


「だからッ! ついて来てくれ、こんな俺でも! 絶対に強くなってみせるからッ!!」


 違う。


 これは、だ。


 リックの叫びにセオが笑う。


「当たり前だろ」

「うん。ついていくよ」


 魔法使いの少女の少女が笑う。


「じゃ、今日は特訓だ!」


 そして、狩人の少女が応える。


「ありがとう……っ! ありがとう、みんなっ!!」


 彼らには、素質がある。英雄となる、素質がある。


 それが開き、彼らが御伽噺として語られていくのか、


 はたまた、失意の中で死んでいくのかは、



 ――――――――神のみぞ知る。




 ――――――――――――――――――――


「結局、この枝。渡されちゃったな」


 先ほどの戦いは何のその。レグは『エルダー・トレント』の枝を手にして、そう言った。随分と長い上に、魔力への親和性が高いのでこういう場所で持ち歩きたくないのだが。


 街の中でクソ長い枝を持って歩くのは邪魔に過ぎる。


「素材屋に売り飛ばします?」

「ありっちゃありだな」


 そんなことを言った瞬間、隣の家から炎が噴き出した。相変わらずあぶねえ街だな。ってか、今ので枝が燃えたら元も子もないじゃん。


「あっ、えっと……。その……」


 枝を売り飛ばすかどうかという話で、急にマリが入ってきた。


「どした?」

「……その枝、ボクにちょうだい?」

「俺は別に構わないけど……どした?」

「つ、杖を新調したくて……」


 マリの言葉に、俺は合点がいった。マリの使っている杖は、芯材もそれをカバーしている周りの素材も安物である。安物である……というと失礼かも知れないが、金が無いのだから良い杖が買えなかったのだ。


 だが、今は違う。


「ああ。良いんじゃないか」

「私も賛成です! マリちゃんが今より強くなるなら、喜んで使って欲しいです!」

「私も……賛成。売ってお金に、するなら。装備の、強化……にするべき」

「ほ、ほんと!? みんなありがと!!」


 満場一致でマリの杖を新調することになった。幸いにして、ここは魔術都市。杖職人はたくさんいる。


 どこの店が良い、とか俺達は全く知らないのだが、魔術都市に店を出している時点で一流の杖職人らしい。つまり、この街にいる杖職人たちは一流か超一流の二択である。すごい世界だ。


 というわけで、俺達は適当な店に入ったのだが。

 

「はぁ!? 『エルダー・トレント』の枝!!? ウチじゃあ無理だよ!」

「な、何で……」

「何でって俺の実力が無いからだよ! 『エルダー・トレント』の素材を引き出すにはそれなりの力がいるんだけど、俺じゃあ無理なの! 素材に失礼だから帰ってくれ!!」


 という訳の分からない理由で追い出された。


「じゃ、じゃあどこの店ならこいつを杖に出来るんだ!?」


 という問いかけに、


「ガモンの店なら上手くやれると思うぜ」


 と、返ってくる。


「知ってる? ガモンの店」


 少しでも魔術都市に覚えがあるマリを見ると、


「し、知ってる……! 杖作りの技術は伝説級、なんだけど……! 報酬が馬鹿みたいに高いお店だよっ! う、噂だと1本で白金貨15枚とか取られるって」

「白金貨15枚!? つ、杖でッ!!?」


 んなアホな!

 特注で用意してもらった俺の盾より高いじゃねえか!!


「それ客いるのか?」

「いるっぽいよ……。お金に糸目はつけないから、最高級の杖が欲しい人とかはガモンの店で買うって聞いたことがある……!」

「と、とりあえず……。見積りだけ出してもらおう。それで、高すぎるならまた考えよう」

「た、高すぎるって……。レグはどれくらいまでなら出せると思ってるの?」

「白金貨5枚」

「きゅー……」


 さらっと言った俺にエマが気絶した。


「お、おいおい。俺達が目指してるのはSランクだぞ? これくらいは必要経費だよ」

「そ、そんな大金……!」

「伯爵から白金貨50枚貰ってんだろ。5枚くらい誤差だよ誤差」


 流石に金貨500枚分は全然誤差じゃないが、上を目指すなら切っても切れない必要経費なのだ。


 ということで気絶したエマを担いで、俺達はガモンの店を目指した。


 ガモンの店はすぐに見つかった。大通りの一番目立つところにでかでかと看板を掲げていたからだ。


「失礼しまーす。まだやってますか?」

「い、いらっしゃいませ! ほ、本日のご用件はいったいなんでしょうか!!」


 中にはいるとおかっぱの少女が出迎えてくれた。


「杖の見積りを出して欲しい。ガモンさんはいるかい」

「呼んできますので、お待ちください!!」


 ということですたたたたっ、と奥に入っていく。良かった。一瞬あの子がガモンなのかと思ったけど、違ったようだ。


「師匠ー! お客さんです!!」

「あァ!? 客!!? 今いないつって返しとけッ!」

「そ、そんな大声出したらお客さんに聞こえてしまいますよぅ!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。めんどくせぇ。働きたくねェ……」


 なーんかまためんどくさそうな感じの奴だな……。入る店間違えたか……?


「はい! こっちが師匠です!!」


 そう言って少女が引っ張ってきたのは、全身を作務衣に包んだおっさんだった。なんか無精髭も生えてる上に髪の毛もぼさぼさなんだけど……大丈夫なのか? この人。


「どうも、ガモンです」


 寝っ転がったままガモンがそう言った。


 うわっ。マジでこいつが杖職人かよ。


「杖の見積りを出して欲しいんすけど」

「素材は?」

「これです」


 そう言って俺は『エルダー・トレント』の枝をガモンに見せた。ガモンは寝っ転がったまま素材に手を触れ、そっと魔力を流す。


「ふうん。『エルダー・トレント』の枝か。随分なものを持ってきたな」


 ……もしかして、寝っ転がったまま接客されるわけ?


「芯材は」


 ガモンが俺をみる。だから、俺がマリを見る。


「その……特に希望とかはないから、ワイバーンの心臓とかで……」

「馬鹿ッ!!」


 ひゅぱっ! と音を立ててガモンがぬるっと起き上がった。

 何だ今の立ち上がり方!? すげー気持ち悪い動きだったぞ。


「『エルダー・トレント』の素材にワイバーンなんぞの心臓を使ってみろ! 魔法が使えなくなるぞ!! そんなゴミみたいな杖を作れるかっ!」


 よく分かんないけど、そういうものなのか。


「お? どうしてって顔してるな。良いか。『エルダー・トレント』の枝のように、魔力親和性が非常に高い素材を使った場合、中の芯材がそれに負けるようなら中まで魔力が。そうなりゃ、杖はただの魔力を通す棒だ。芯材ってのは魔法の威力を増幅し、コントロールしやすくする効果があんだよ。外に良い素材を使うってことは、中の素材もそれに見合ったもんじゃねえといけねぇ」


 凄い。なんにも言ってないのに全部語ってくれた。


「あの、そこらへん良く分からないので……おすすめ、で」


 と、マリが言った瞬間。


「しまった……。説明するんじゃあ……なかった……」


 と、一人で言ってその場にへたり込んだ。


 ……大丈夫かよ、こいつ…………。

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