第18話 ”魔女”と魔術師!

「では、マリ。初めに君がどれだけの魔術を使えるのか、見せてくれないか?」

「は、はい。でも、どこに撃てばいいです?」


 発作が落ち着いてきたのか、顔色がかなり良くなったマリが俺の手から降りてそう言った。


「壁に撃つといい。『クリムゾン・クリスタル』は魔術を全部防いでくれるさ」

「は、はい」


 マリが魔法の準備を始める。


 俺はその2人を見ながら、1人で考えていた。


 “魔女”。


 それは世界中の国々から正式に“世界の敵”と認められた化け物のことだ。記録に残っている50年間の間だけでも、数多くの人々が犠牲になっている。


 例えば、『メリーポート』で起きた700人の子供誘拐事件。“魔女”がゴーレムの素体として子供たちを誘拐した事件。今も700人の子供たちは帰ってきていない。きっと、死んでいる。


 王国の西、ドワーフたちが暮らす『ドレン機鋼国』で大規模召喚術を用いて、異界の魔物『ガルク・モンク』を呼び出し、機鋼国を襲わせたのもまだ記憶に新しい。『ガルク・モンク』は機鋼国がなんとか食い止めたが結果として人口の7割を失い、国土の8割は未だに汚染区域として人の入れる土地ではない。


 “魔女”が世界を激震に起こした事件。彼女は新しい魔法を試すために、東と南の端『ソルーモン諸島』を実験の場に選んだ。人と獣人たちが互いに協力し、独自の文化を築いて来たその島はもうない。“魔女”のLv6魔法で跡形もなく、消し飛んだからだ。


 魔女が直接・間接的に殺した人の数は数万とも十数万とも言われている。


 当然、俺達が捕まえた後には死刑が行われるはずだった。


 だが、“魔女”は死んでも死ななかった。そして何よりも“魔女”が蓄えてきた独自の知識、魔法は失うにはあまりに大き過ぎた。それこそ、今まで死んでいった者たちよりも、だ。


 少なくとも王国はそう判断して、命令を受けた俺たちはこの場所に魔女を封印したのだ。


 そして、“魔女”は捕まってから数年間。今の一度も誰かに自分の知識を伝えたことは無い。


「ふうん。雑な魔術だな。師は誰だ」

「いません」

「いない? 独学か?」

「はい」

「ほう。独学でLv2まで使えるようになったのか。『魔力枯渇症候群オーバー』の身で? くははっ。やはり、素晴らしい」

「あ、ありがとうございます?」


 マリもリアクションに困っているようだ。


 そりゃそうだ。噂に名高い伝説の“魔女”。それが、まさか自分の先生になっているんだから。


「魔術の術式コードを書いてみろ」

「ど、どこに?」

「空中に書けば良いだろう。それくらいは読み取れる」


 ……見ている限り、仲良くやっているようだ。


「無駄な術式が多すぎる。10行目から23行目は1つの式で表せる」

「ええっ!? で、でもこれは必要な式ですよ!!?」

「それは人が決めた必要だろう? そこの坊やを見てみろ」


 ちらり、とマリが俺を見てくる。


「私もスキルに関していくつか調べたことがあったが、坊やのスキルは全くの埒外。神からのプレゼントと言っても信じるくらいさ。仲間なら、坊やのスキルのでたらめさはよく知っているだろう」


 マリは俺を見て、魔女を見て、こくりと頷いた。


「人の決めた限界なんて簡単にひっくり返るんだ。分かったなら術式コードを減らせ」


 ……言ってることは良い事言ってると思うんだけどなぁ。


 …………言っている奴が“魔女こいつ”じゃなけりゃなあ。


「んで、いまは何やってんの」

「マリを魔術師として高めている。見た限りだと、まだ魔法を使える段階にないからな」

「ふうん」


 どうやら、本当に“魔女”は魔法を教える気らしい。


 “魔女”の行動原理、つまり「どうしてそんなことをしたのか」という問いは捕まった後に散々行われた。俺は“魔女”を取り押さえれる人間としてその場にいたので知っているが、彼女は全ての行いに「面白そうだったから」と答えた。


 つまり、“魔女”は好奇心だけで動いているのだ。


 だから、今回も面白そうだから。という理由で動いているのだろう。俺からすると、ただ危なっかしいだけのマリだが、同じ魔法使いとして“魔女”には何かあるのかもしれない。


「良いか。覚えた魔術はその場で使って見ろ。知識は使ってからこそ力になるからな」

「は、はい!」


 そう言ってマリが魔法を使う。


 ん!? めちゃくちゃ速度上がってない?


「うん。そうだ。素晴らしい。1を聞いて10を知る天才はいるが、あんなものは参考にするな。1を聞いて1を知ることが重要だ。その点、マリは言われたことが良くできている」

「あ、りがとう……」

「今ので魔術の発動速度は350%改善しているし、威力は……180%から200%の上昇と言ったところか。慣れればもう少し改善するだろう」


 いま、こいつなんて言った? 

 ……350%上がっただと??


「“因果”の坊や」

「……どした」

「明日来るときに何か書くものを持ってきてくれないか。魔法の説明には、流石に術式コードを書かなきゃ出来ないよ」

「聞いてみる」

「はははっ。よしよし。では今日はもうすこしだけ、練習に付き合ってもらうぞ」


 そう言って“魔女”は、マリにずっと魔法を教えていた。それを傍から見ていると、教師と生徒。師匠と弟子。そういった具合に見えなくはない。


 …………。


 ………………。


 やはり、そうだ。

“魔女”が指導しただけで、魔法の速度も威力も跳ね上がっている……ッ!


 メキメキと腕をあげているマリに俺が閉口していると、唐突に“魔女”が授業を打ち切った。


「よし、今日はここまでにしよう。明日から“魔法”の本格的な説明に入る。また、きたまえ」

「は、はい」

「……変な魔法教えるんじゃねーぞ」

「くははっ。こう見えても魔法は制限されていてね。本来だと使えないところを、ちょっとして使える様にしているのさ。だから、あまりは出来ないのさ」

「はッ、どうだか」


 俺は念のため、マリに『身代わりダミー・ダメージ』を使い封印の間を後にした。


「やあ、随分長かったね。どうだった、マリ君」


 外に出ると伯爵が椅子に座って待っていた。隣にカミラの姿はない。


「私の魔法の扱い方が雑、みたいで……。ちゃんとした使い方を教わったんですけど、難しくて……。“魔女”の魔法は明日から、という話です」

「なるほど。なるほど。うん。お疲れ様だ。今日はしっかり休むといい。ちゃんとした宿を用意してもらっているからな。うん」


 伯爵はそう言って、おだやかな目でマリを見た。


「そういえば市長はどこに行ったんですか?」

「仕事だってさ。カミっちは忙しいみたいでね。まったく、私とは大違いだ」

「ああ、そうだ。魔女がなにか書くものが欲しいって言ってました。魔法を教えるのに使うとかで」

「ほう? なら、それは上にあがってから担当に聞いてみるのが良いだろう。うん。いやあ、しかし君たちを連れて来て正解だったよ。これで私の顔も立つというもの。国王にも喜んでもらえるって話だ」

「そういえば、“魔女”から教わったって話。どうやって証明するんですか?」


 俺はエレベーターに乗りながら、伯爵に聞いた。


「うん? ああ、国王は教えてもらえたよって言ったら信じてくれるよ」

「えぇ……?」

「いやあ、こうみえても国王とは仲良しなんだ。ほら、見たまえこのお腹。国王からいただいた贈り物で出来たお腹だよ。わはははっ」

「ちょっ! 伯爵!! お腹揺らさないでください!! 狭い!!! 狭いって!!!」

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