第19話 それでも夢を追った者!

「今から本格的に“魔法”の授業にうつろう」

「お願いします」


 身体を拘束されたまま、“魔女”が俺とマリを見る。マリは大きな帽子を揺らして意気込んでいた。


「昨日の復習はしたか?」

「は、はい!」

「素晴らしい。では、坊や。紙とペンをこちらに」

「ああ」


 “魔女”に手渡されたのは高級品である紙、そしてインク入りのペンだった。“魔女”が書くものを正式な記録として残しておきたいのだろう。そう考えればカミラがこれを用意したというのも頷ける。


「私が教える“魔法”は、空中に意図的に『魔力枯渇状態オーバー』を作る魔法だ。その前に、どうして『魔力枯渇症候群オーバー』という病気が発生するのか、その説明からしないといけない」

「よろしくお願いします」

「まず、魔力。これは空気と同じくこの世界に溢れているものだ。唐突になくなることなどあり得ない」

「あり得ない? でも、先生。私の身体は」

「まあ、最後まで聞け。突然無くなることはあり得ない。なら、どこかに魔力を消失させている原因物質があるはずだ」

「な、なるほど」

「だから、手っ取り早く私は『魔力枯渇症候群オーバー』の患者を切り開くことにした」

「は? お前そんなことやってたの?」


 という俺の突っ込みは置かれて、“魔女”はさらに話を進める。というかマリ、お前は結構興味深そうに話を聞いてるけど、それはそれでいいのか。


「2、3人ほどバラして見たところ、すぐに違いが分かった。『魔力枯渇症候群オーバー』の患者は、心臓部分の大動脈を覆うようにして別の臓器が付いていた。こいつが、その原因物質を作っているんじゃあないかと推測したわけだ」

「でも先生。どうしてそこだって分かったんですか? 確かに『魔力枯渇症候群オーバー』の人に、その臓器があったとして……それが原因だって分かる物なんですか?」

「ははっ。魔導を夢みた者だけはある。正しい思考だ。勿論、私とてそれを見ただけでは原因だとは分からなかった。だから、普通の人間に移植することにしたのさ」


 “魔女”がさも楽しそうに笑う。


「適合手術は80%が失敗に終わった。生き残ったうちのほとんども1ヵ月以内に死んだ。だから、適合率の高かった子供たちだけに絞ってやったら……すぐに効果が出たよ。そいつを移植した子供は1魔力枯渇症候群オーバー。もちろん、逆を試してみたが……こっちは今のところ生き残った者は誰もいない。100%死んだ」

「……待て」


 授業の途中で、俺は“魔女”の言葉を遮った。


「何だい、坊や。質問なら挙手してから頼むよ」

「……はい」

「どうぞ」


 律儀に手を上げる俺と、律儀に俺を指す“魔女”。

 何だこれ。


「アンタは『魔力枯渇症候群オーバー』の原因と、解決法が分かったってことか?」

「原因は分かっているが、解決法は分からん。というか、解決させる必要がない。その話はこれからだ。黙って聞け」


 “魔女”に言われて渋々引き下がる俺。


 しかし、原因が分かったという話が本当なら大事件だぞ。


魔力枯渇症候群オーバー』は不治の病。かかれば死ぬまでついて回る地獄の病だ。それが治る可能性が出てきたということは……。


「良いか、その臓器……。名前が無いと困るな。手っ取り早く魔臓と呼ぼう。魔力を喰う臓器で魔臓だ。いま適当に考えたんだが……中々イカす名前をしてないか?」

「「…………」」


 “魔女”のドヤ顔に沈黙で返す俺達。それに魔女は咳払いを一つ。


「ま、名前なんてどうだって良い。それでだ。その魔臓の中に含まれる『何か』。この『何か』が魔力を喰ってるわけだ。だから、私は魔臓を色々弄ってね……。見つけたのさ、その『何か』を」

「……何だったんですか?」

「魔力とぶつかると、この世界からぱっと消えてしまう。不思議なソイツ。ありとあらゆる計器で測ったら、全ての数値で魔力の反対を指すもんだから私は『反魔力』と名付けたよ。魔臓はその『反魔力』を生み出す臓器だったってわけだ」

「その『反魔力』ってのを持ってるから、周囲の魔力を引き寄せるのか?」

「質問は手をあげてからだ、坊や」

「…………はい」

「では、その質問に答えよう」


 このやり取りいる?


「その答えは半分正しい。体内の魔力を喰うと、喰われた人間の体内の魔力はゼロになり、外の魔力との間に差が生まれるわけだ。それは分かるな?」

「まあ」

「あとは水と一緒さ。高いところから低いところに。魔力があるところから、無いところに。そして、魔力を力とする魔法は引き寄せられる。というわけだ」

「…………ふうん。なるほど?」


 理解したような、理解してないような。


「さて、ここまでが原因の説明だ。ここからは、その『反魔力』を使った魔法の説明に入る」


 “魔女”は紙にペンを使ってすさまじい勢いで術式コードを書き始めた。腕固定されてるのに手首の動きだけでよくもそこまで動かせるもんだ。


「良いか、マリ。とりあえずはその術式コードを全て丸暗記しろ。術式コードの説明をしても良いが……お前にはどうせ理解出来ん。理解出来なくても使えるのが魔法の良いところだ」


 “魔女”が書いた術式コードは20行にも満たない、とても短いものだった。


 えー、俺めっちゃ紙運んできたのに……。


「こ、これが術式コードなんですか? これだけで??」

「ん? なんかおかしいのか。これ」


 魔法に関してはほとんど知らない俺がそう尋ねると、


「だ、だってこんなのLv1魔法みたいなものだよっ! “魔女”の使う“魔法”がたったこれだけで使えるものだって……思わなくて……」


 “魔女”がニタリ、と笑う。


「『反魔力』を撃ちだし、空中で固定する。たったそれだけだ。魔力を火やら水やらに変化させる、Lv1の魔術よりもはるかに簡単だろう?」

「それは……。そうですけど……」


 マリが引き下がる。その時、俺は1つの疑問にあたって手を挙げた。


「なぁ、“魔女”」

「どうした。坊や」

「アンタ、この魔法使えるんだよな?」

「当然。そうでなければ開発などしないよ」

「なら、アンタは『魔力枯渇症候群オーバー』だったのか?」

「ああ。、のな」

「……移植したのか。自分自身に」

「勿論。こんな素晴らしい魔法が使えるんだ。『魔力枯渇症候群オーバー』にならないではいられないだろう?」


 “魔女”は身体を震わせる。

 喜びに、身体を震わせる。


「さて、覚えたか。マリ」

「はい」

「使ってみろ」

「……はい」


 マリは杖を取り出す。


「待て、杖は使うな。壊れるぞ」

「わ、分かりました」


 そして、仕舞う。マリは杖の代わりに右手をまっすぐ伸ばした。そして、


絶魔ゼロ


 詠唱。


 ぱっ、とマリの右手の先に10cmほどの紫色の球体が出現した。


「な、何か出た!?」

「離れたまえ」


 “魔女”が短く言って、俺に指を向けてきた。――――バンッ!!


 空気が弾ける短い音と共に、“魔女”の指先から出たのは『電撃弾トニトル・バレット』!


 Lv3の人を殺せる魔法だ。だが、それは俺に向かう途中で……ガクン、と向きを変えるとマリが作った紫色の球体に吸い込まれて、飲み込まれて…………消えた。


「……嘘」


 ぽつり、とマリが漏らす。


「さて、この通りだ。『反魔力』の量を調整すれば、Lv4でもLv5でも消すことが出来る。質問は?」

「い、今ので出来てるん……ですか?」

「そうだ? もう一回やってみるか?」


 なんてことを喋っている内に紫色の球体が消える。


「おっと、短いな。まぁ、初めてならこんなもんか」

「あの、先生」

「どうした」

「この魔法は……どんな魔法でも飲み込むんですか?」

使なら」


 魔法とは、魔力でおこされた術のことだ。


 つまり、


「どんな、魔法でも……飲み込めるってことですか……!?」

「そうだ」


 “魔女”は短く、吐いた。


「簡単な魔法だ。だが、命を賭けた者にしか扱えない。夢という愚かな物に命を賭けた、お前の勝利だ」

「あ、ありがとうございます!!」


 マリが“魔女”に向かって頭を下げる。


 俺は、それを見ながら不思議な気持ちになっていた。

 目の前にいる“魔女”は死ぬべき大犯罪者。だが、マリにとっては大恩ある教師だ。


 Lv2までしか使えなかった『魔力枯渇症候群オーバー』の少女が、

 あのレイズ魔法女学院すら退学になり、魔法使いになれなかった少女が、


 それでも、夢を諦め無かった彼女が手にした魔法は、


絶魔ゼロ


 “魔女”が冷徹に言う。


「存分に使ってくれ」


 そして、笑う。


 魔法を教わったマリは……いやマリだけではなく俺も、そして伯爵も国王からの命令を完了させたということになる。


 こんなに、あっさりと。こんなに、簡単に。


「さて、マリ。もうお別れの時間だが」


 俺は“魔女”から術式コードを書いた紙を受け取ると、外に向かう。


「この“魔法”にはがある。それは、君がその魔法を上手く使える様になった時にまた話そう。では、


 “魔女”の言葉を聞いて、俺達は部屋を後にした。

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