第41話 魔法使いと冒険者!

 ガタガタと竜車の揺れる音が響く。乗っているのは4人、俺、マリ、マリのメイド、そしてフィロの4人である。


 フェリとエマは王都でお留守番、その間に俺たちが向かっているのは何となんとの魔術都市である。ほぼ1か月ぶりとなる懐かしい土地だが、今度はマリから行きたいと言い出したのだ。


 というわけでフィロに竜車を手配してもらい、何故か俺が指名され一緒についていくことになったのだ。それまでなら、まだよかった。が、何故か知らないがフィロまでついてくるとかなんとか……。


「あ、見えたよ。レグ」

「うん? おお」


 流石に期間が短すぎてなんとも言えない。しかもここまで来るのに3日とか4日とかである。早すぎて感慨もなにも沸いたものじゃ無い。どっちかっていうと、やっと着いたかという徒労感である。


 ドン! と大気を突き破る爆発に俺たちは迎えられて、魔術都市に戻ってきた。


「んで、どーするんだ」

「カミラさんに会いに行くんだよ!」

「市長にか?」

「うん」


 アポとか取ってるんだろうか。いや、絶対取ってないだろう、この顔は……。


 もしかしてマリのメイドがどうにか手配したんだろうか? それなら、納得できるが俺たちが王都に戻ってからの数日でそんなにすぐアポを取れるようなものだろうか??


 疑問は尽きないまま、俺たちは役所に向かう。一応、そこに市長がいるはずなのだ。


「そういえば、マリ。最近、が起きないな」

「ね。ボクもそれは不思議なんだ!」


 『魔力枯渇症候群オーバー』の発作はひどく苦しいらしい。なんでも心臓をぎゅっと握りしめられたような痛みがあるとかなんとか。


 それに加えて周囲の魔法まで吸い寄せてしまうんだからたまった物じゃないだろう。だが、最近はマリにその発作が見られないのだ。


 治ったか、と思ったこともあるが『魔力枯渇症候群オーバー』は不治の病。治るはずがないのだ。それに“魔女”の言い分では身体の中に臓器が1つだけ他の人間よりも多いとかなんとか。


 それが病気の原因なのだから、何もしていないマリの病気が治るはずがないのである。


「ここにいるのかな?」

「さぁ?」


 役所の前で竜車を止めて、俺たちはともに疑問符を浮かべる。


「ちょっと聞いてくるからレグはここで待ってて!」

「うん? うん。分かった」


 マリがメイドを連れてささっと役所の中に入る。


「マリ様は魔法使いなんですよね?」

「ああ、そうだよ」


 今日は“征装”じゃないので、大きな黒い帽子をかぶっている。それはどこからどう見ても魔法使いの恰好だ。


「その……ご病気なのですか?」


 聞きづらいことを聞くようにフィロが尋ねてきた。


「ああ。『魔力枯渇症候群オーバー』だ」

「おッ……!?」


 フィロは絶句。まあ、常識人だとこうなるよなぁ。


「夢を追っかけて魔法使いになったんだそうだ」


 だから、俺はそう言う。


 俺だって【因果応報このスキル】を信じてもらえなくて散々な目にあって来たし、嘘をついていると言われてひどい目にあったこともある。仲間に信じてもらえないというのは中々にキツイものなのだ。


 だから、マリが『魔力枯渇症候群オーバー』の魔法使いだとしても、彼女がそうありたいならそうあるように俺は支えるべきなのだ。


「むっ! 久しぶりだな、伊達男!!」


 しばらく待っていると、騒がしい声と共に魔術都市の市長であるカミラとマリがそろって出てきた。


「あの、カミラ市長……」

「敬愛を込めてカミラちゃんさんと呼ぶが良いぞ!」


 そういって薄い胸を張る市長。いや、伯爵みたいなこと言われても困るんだけど……。


「カミラ市長ってデブ専なんですか?」

「ちっがーう! デカい男がタイプなのじゃ!!」


 それって自分が小さいからですか? なんて言葉が喉からでかかって飲み込んだ。カミラは見た目が10歳ほどだが、呪いのようなもので身体の年齢が固定されているらしい。


 それを弄るのはちょっと……。とか考えていたら、俺のケツを市長が蹴り上げた。


「そこは『市長の身体が小さいからですか?』じゃろうが! ツッコミが足りんぞ!!」

「…………さいですか」


 うん、やっぱりこの人は伯爵と同系統の人だ。

 一緒にいると疲れる人である。勘弁してくれ。


「あの、カミラちゃんさん」

「なんじゃマリ」

「本当に身体が大きな人が好きなの?」

「もちのろんよ。縦でも横でもデカいのが良い。その分、レグは申し分ないの」

「……どーも」


 そりゃ横にデカいからな。


「というわけで出発進行! 進め進め!!」

「どこ行くんすかって、何で俺の首に登ってくるんですか!!」

「歩きたくないのじゃ。よし、レグ。前進じゃ!!」

「だから、どこに行くんすかって」

「うん? なんじゃ、マリ。言ってないのか」

「あ、そっか。ボクまだみんなに言ってなかったね」


 マリはてへっと笑って、


「“魔女”に会いに行くんだよ」


 そう、言った。




 封印の間、その最奥。メイドは上で待機させ、俺たちはエレベーターでそこに向かう。


「何でまた、急に“魔女”なんかに」

「聞きたい魔法があるんだ」

「聞きたい魔法?」


 はて、“魔女”はそう簡単に魔法を教えてくれるのだろうか。そんなことを考えながら、俺たちは『クリムゾン・クリスタル』で囲まれた封印の間にたどり着いた。


 そして、魔法阻害材で作られた扉を開けて中に入る。


 相も変わらず、“魔女”がそこに居た。


「ふうん。久しぶりの来客かと思えば、お前たちか」


 “魔女”はどうでもよさそうに目を細めて、そう言った。


、お話があります」


 マリが開口一番、そう言った。


「まぁ、待てマリ。そうくな。茶でも入れようじゃあないか」


 魔女がそう言うと、竜のブレスさえ防ぐ『クリムゾン・クリスタル』が俺たちの目の前で変形し始める。そのまま、地面から盛り上がり小さな机と椅子が3つ出来上がった。


「……なんか、使える魔法の幅が増えてないか?」

「ここじゃあすることもなくてね」


 俺の問いかけに“魔女”は肩をすくめて、そう言った。


「さて、私のだ。飲みたまえ」


 ふっと、現れたティーポットが俺たちの前に作られたカップにドロドロとした赤い液体を入れていく。


 俺はカップを手に取ってすん、と鼻で嗅いでみる。……うへえ、血の臭いだ。


「毒じゃない。飲み給え」


 ちらり、と俺たち3人の視線が交差して。


「俺が毒見をするよ」


 もしこれが毒なら【因果応報】スキルで毒を無効化し、魔女に同じだけのダメージを叩きつけることが出来る。俺の言葉に2人が頷くのをみて、俺はそれを一気に飲んだ。


「……まっず」


 嫌というほど鉄の味がする液体である。これマジの血ィ使ってんじゃないだろうな。


「飲めた?」

「毒じゃ無い」


 俺がそう言うと、恐る恐るマリがカップに口を付けて。


「おいしい」

「嘘ぉ!?」

「ん? 美味しいぞ?」

「お前ら味覚おかしいよ……」


 マリもカミラもとても美味しそうにその液体を飲み干す。“魔女こいつ”まさか俺だけ不味い奴を入れたんじゃないだろうな……。と思ってマリの飲んでいる物を少し貰ったがやっぱりこれもまずかった。


「“因果”の坊やは魔法使いじゃあないからな。だから、不味いのさ」

「そういうのは先に言えよ……」


 これじゃ俺はただ不味い液体飲んだ男じゃんか。


「さて、マリ。お前がここに来た理由は分かってる」


 こくり、とマリが頷く。


「“世界の敵”か、はたまた“神”か。どっちと戦ったか知らないが、お前は自分の実力不足を痛感した。それで、新しい魔法を教わりに私のところに来た……というところか」

「はい。その通りです」


 珍しくマリが敬語で喋る。マリにとって“魔女”は大恩ある相手だからだろう。


「唐突だがマリ、お前はこの1ヵ月で『魔力枯渇症候群オーバー』の発作はどれだけ起きた」

「ぜ、0です」

「ふうん? 『絶魔ゼロ』をよく使っているみたいだな」

「先生。『絶魔ゼロ』を使えば発作は出ないんですか?」

「当り前だ。アレはお前の体内にある反魔力が“魔臓”から持ち出す術。『魔力枯渇症候群オーバー』の発作は反魔力が“魔臓”から時に出る。『絶魔ゼロ』で日常的に反魔力を消費していれば発作は起きんよ」

「そ、そうだったんですね。でも、どうして発作のことを?」

「大事なことさ。マリ、魔力とはなんだ?」

「え……? 魔法の、素?」

「正解だが、満点はあげられんな。おい、カミラ。正解を教えてやれ」

「エネルギーじゃ」


 カミラの言葉に合点がいったのか、“魔女”は深くうなずいた。


「だが、純粋なエネルギーじゃない。純粋なエネルギーだと、世界は形を保てないからな」

「まーた話が難しくなり始めたぞ……」


 という俺の言葉にはツッコミを入れること無く“魔女”は続ける。


「さらに問題だ。そのエネルギー体である魔力と、全くその反対のエネルギー体である反魔力。こいつらがぶつかると、どちらもふっと消える。さて、この時エネルギーはどこに行った?」

「え、消えたんじゃないのか?」

「エネルギー保存の法則を知らないのか。バカだな」


 なんかさらっと馬鹿にされた。むかつく。


「答えは簡単さ。別の世界に行く」

「別の世界?」

「ああ、この次元ではエネルギー体が耐えきれず、もっと上。高次元の世界にエネルギー体は昇華するんだ」

「まーた話が分からん。もっと簡単に喋ってくれ」

「海さ、エネルギーで満ち満ちた広大な海がある。そこに穴をあけて、こちらに落とす」


 “魔女”はぞっとするような笑顔で微笑む。


「そうすればどうだ。一切の比喩なく、のエネルギーが手に入る」

「な、なあ。魔法に詳しくない俺が聞くのもアレなんだが……。それで、そのエネルギーの海だったか? それが干上がることはないのか?」

「“因果”の坊や。お前は、か?」


 その言葉で、俺は“魔女”がとてつもない話をしているのだと理解した。


コイツを人に向かって使うのは


 “魔女”は身体を震わせながら、そう言う。


戦略級魔法レベル7虚構の海ヴォイド・パス』」


 それは最強の魔法。


「マリ、お前はそれでも知りたいか?」


 “魔女”の問いかけに、マリは静かに頷いた。

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