第42話 強さを求める者!

 フェリの朝は早い。


 太陽が昇る前には目を覚まし、冷たい水で顔を洗う。冷え切った空気を噛みしめて、愛用している片手剣を手に握る。


「……ふう」


 短く息を吐いて、木造の模型を前にする。これは【神狩り】の報酬で庭に設置したものだ。人型のそれを前に、剣を振るう。ガッ、ガッ、と短く重たい音がまだ薄暗いうちから大きく響く。


 敵を想像して、身体を動かす。


 ……強くなりたい。


 それを、強く意識したのはいつからだっただろうか。仲間の前ではそれを顔には出さない。そういう自分を出すのが恥ずかしいと思う。


 だが、強く成りたい。


 まだ自分たちが『ミストルテイン』じゃなかった時、レグのいない『パルパス』だった時は、自分がパーティーのリーダーだった。だから何だということは無い。ただ、3人の中では自分が一番強かった。頼りにされていた。


 あの時はひたすらがむしゃらだった。どうにかしないと、そう思っていた。


 だが、今は違う。今は自分が一番足を引っ張っている。


 レグが入ってきたことでパーティーは大きく変わった。


 エマが“歌姫”と出会ったことで職業ジョブを変えた。彼女には“吟遊詩人”としての適性があった。


 マリが“魔女”と出会ったことで彼女は夢を掴んだ。彼女は世界の誰も知ることの出来なかった“魔女”の魔法を知り、エマの支援を得て大きく成長した。


 だが、自分はどうだ。


 レグと出会った。レグをパーティーに引き入れた。それが、このパーティーに貢献した最後のことじゃないのか。元Sランクパーティーのレグは強い。笑ってしまうくらい強い。マリも強い。『魔力枯渇症候群オーバー』という病気を利点にして、彼女は魔法使いとして一気に強くなった。


 エマは凄い。モンスターを相手に気絶するようだった彼女は、今やパーティーにとっては大事な大事な支援役サポーターだ。


 だが、自分は何も出来ない。


「ふッ!」


 剣を振るう。木で出来た人型に剣が食い込む。だが、自分の力が足りずに跳ね返された。手がしびれて剣が手から離れる。自分のいる場所から大きく吹っ飛んで、剣が地面に突き刺さった。


「……はぁ」


 これが、自分だ。


 エマの手助けがないと、カカシ相手にも勝てはしない。


「嫌だなぁ」


 太陽の光がそっと差し込んできた。どうやら陽が登ってきたみたいだ。もう少し身体を動かそう。メイドが朝食を作ってくれるので、それまでは模擬練習だ。


 そう思って剣を拾いに行こうとしたとき、家の敷地に見知らぬ女性が入ってきていた。


「あの……。どちら様ですか?」

「うん……? 君は誰だい?」


 ひどく、中性的な声。ひどく背が高い。ひょっとしたらレグよりも高いんじゃないかと思う。だらりと伸びた黒い髪が腰まで伸びている。


 ひどく虚ろな目でこちらを見ていた。


「私はフェリ。『ミストルテイン』の、フェリです」


 このパーティーを名乗ることに抵抗を覚える。自分が『ミストルテイン』として、パーティーに居ることに引け目を感じる。


 だが、これを名乗れば大抵の相手には伝わる。新しい【神狩り】のパーティー名は、それだけの知名度を持つ。


 だが、


「ふうん、知らない名前だ」


 目の前の女性はひどく簡単にそう言った。


「……あの、知らないんですか?」

「ああ、知らない。というか、ここは私の家じゃあ無かったのかい?」

「いや、ここは私の家です」


 ……おかしな人だろうか。


 たまにそう言う人はいる。頭の病気、というべきだろうか。アリもしない者を見、聞き、そしてそれを真実だと思いこむ。


 目の前にいるのがそんな人だろうかと思って、フェリはわずかに身構えた。


「あれ……。じゃあ、家を間違ったのかな。しまったなぁ」


 なんてこと言いながら目をつむる女性。


「まあ、良いや。後で探そう……。それで君は、こんな朝っぱらから何をしていたんだ?」

「あの……。模擬戦を」

「模擬戦……? そので?」


 『被虐体質スポイル』をあてられた? 

 いや、それとも本当に気狂いキチガイというやつか?


「いや、何。別に馬鹿にしているんじゃあ、無いんだ……。ただね、少し気になったもので」

「おかしい、ですか」

「強くなるのに、理由はいらない」


 ひどく簡単に、そう言う。


「うん……。うん、そうだな。少し迷惑をかけたし、強くなるための方法を少しだけ教えてあげるよ」

「はぁ……」


 日の出ないうちからトレーニングをしていたのは人が少ないから、つまり仲間たちに強く成ろうとしていることがバレないから。他の人に自分が強くなろうとしていたのがバレるのが嫌だったから。


 だが、どうしたことか。


 こんな時間にやっているから変な人間に目を付けられてしまった。女性はこちらをじろじろと見ながら、


「腕の筋肉的に……剣士かな。でも、盾役タンクじゃあ無いね。別に盾役タンクがいるのか……。ふうん、優れた支援役サポーターがいるね。支援役サポーターが全員にバフをかけて、盾役タンクが時間を稼ぐ。その間に魔法使いか、それとも呪術師かが大規模攻撃で切り開くタイプか。うん? 君の役目はなさそうだな。ああ、だから強くなろうとしているのか」


 ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。


「なっ、ど、どうしてそれを……っ!」


 全て、当たっている。


「身体の、動かし方……。そういうのは、見れば分かるんだ」

「そ、そうなんですか?」


 占い師、という奴だろうか。それにしては不思議な人だが。


「しかし不思議な盾役タンクだね。剣士の役割を変わっているのか」

「あ、はい。その……レグ、さんです」


 『ミストルテイン』の名前を知らない相手にこの名前を出しても分かるかどうかは不思議だったが、ひとまずフェリはそう言った。


 すると目の前の女性は首を傾げて。


「レグ? アイツはじゃなかったか??」

「……そ、そうだったんですか? 今は盾役タンクですけど」

「へぇ。これは手痛い失敗でもしたかな」


 目の前の女性はわずかにほほ笑んだ。


「さて、アイツのことはどうでも良い。今は君のことだ。『被虐体質スポイル』……、果て。これはどう調理するかな?」


 上から下まで全身を舐める様に視線を通して、目の前の女性は笑う。


「呪術……は、しんどいか。ああ、付与術エンチャントなんかが良いかな」

付与術エンチャント?」


 それはあれだろうか。武器の炎や雷などを付与するアレだろうか。でもそんなことをしなくても魔法を使った方がはるかに速いし、簡単だ。


「ああ。あれなら、君の体質を全て発揮できる」

「どうやって、ですか」

「君がアレについて、どういう理解をしているかは、知らないが……。アレはもっと深いところに、真価がある……。アレは外に技。君の体質を……。ヒヒヒっ、古い、わざだ……。知りたいなら、教えよう」


 怪しい。見るからに怪しい。


 だが、藁にもすがる思いなのだ。自分たちはパーティーだ。たった1人が足を引っ張っているのは許されない。


 だから、私は。


「知りたい、です。教えてください」

「うん。君は、そう言うと思ったよ」


 目の前の女性はあり得ないほど大きく、笑った。


「ああ、そうだ。自己紹介してなかったな」

「フェリ、です。フェリと言います」

「フェリ、良い名前だな」


 目の前の女性は手を差し出してきた。


「私はオドゥ……。ああ、名前じゃあ伝わらないか」


 オドゥは困ったように頭をかいて。


「【勇者】だ。【勇者】オドゥ、よろしく頼むよ」

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