第21話 先輩な冒険者!

 『エルダー・トレント』を倒した後、俺達は森の深部に入り『エルダー・トレント』から逃げ回っていた『ハイ・トレント』達を倒して、枝を回収し無事にクエスト達成となった。


「あの、この枝は『ハイ・トレント』の枝じゃないです……よね?」


 ギルドで鑑定士がそう言ったのは、俺達が倒してしまった『エルダー・トレント』の枝を指さしてだった。


「……えーっと、そうですね…………」


 ど、どうしよ。これ言っても良いのかな?

 ちらり、と俺が後ろ見ると3人が固唾を飲んで見守っていた。


 ……しゃーない。俺がこのパーティーのリーダーだしな。

 責任を取るのもリーダーの務めだ。


「それは『エルダー・トレント』の枝です」

「え、『エルダー・トレント』の……?」


 こうなったらもうしょうがない。全部正直に話そう。


「森に入ったら『エルダー・トレント』と対敵エンカウントしちゃったんで……、どうしようもなくなって……こう、倒しちゃった。という話ですね」

「あー……。なるほど…………」


 鑑定士の人がすっごい微妙な顔になってる。


 やっぱ駄目な奴だったか、これ。


「あの、やっぱり倒したのはまずかったですかね……?」

「い、いえいえ! 『エルダー・トレント』の枝は最高級の杖の素材になりますからね! 我々ギルドとしても冒険者さんがこうして狩ってきてくれた、というのは本来諸手をあげて歓迎するところなんですが……」


 歯切れの悪い回答だ。


「なんでそんなに微妙な顔してるんですか」

「今日の昼間にBランクパーティーが『エルダー・トレント』の討伐クエストを受注しちゃったんです……。それで、その……」

「あー。なるほど……」


 クエストの重複受注ブッキング。それは本来、ギルドの不手際で起きるものだ。そのため、ギルドは重複受注ブッキングが起きないように色々と手を打っている。


 だが、今回の俺達のように別の依頼を受ける上で、他のクエストの対象モンスターを狩ってしまうという事故が起きる。それはどうしても避けられない。起きてしまう。


 このような場合、ギルドは関与しない。何故ならギルドはクエストの仲介業者であって、クエストそのものに責任を持つのは冒険者だからだ。無責任だと思うだろうか? だが、俺達冒険者に責任があるからこそ、冒険者は高給取りになれるのだ。


 クエストでは冒険者に責任があるということは、このようなクエスト先の重複討伐で起きた実害というのは冒険者同士で解決するのが基本だ。つまり、俺達はそのBランクのパーティーのクエストを邪魔しちゃったというわけで……。


「いや、でも『エルダー・トレント』の枝とか素材とかほとんど残ってるんですよね? でしたらBランクパーティーが困ることは無いと思いますよ」


 と、一応鑑定士がフォローを入れてくれた。


 そう。つまるところ、今回の件では討伐したという証拠があれば良いのだ。


 あそこには『エルダー・トレント』の死体の大部分を残してきた……というか持って帰れなかった。Bランクパーティーは確かに獲物を盗られたわけだが、クエスト自体は達成できる。何しろ、討伐対象はのだから。


 まさかそれでわざわざ絡んでくるような冒険者はいないだろう。討伐の手間は省け、『エルダー・トレント』の素材を手にし、クエストは達成できるのだから。


 それでも俺達に絡んでくるなんてよっぽどの馬鹿だけで……。


「あーっ!! 見つけたァ!!!」

「あん?」


 声の主を振り向くとまだ15くらいの少年がギルドの入口に立っていた。全身をがちがちの鎧に包んでいるが、頭だけは覆っていない。状況判断を多様に求められる役職ジョブ……剣士、アタッカーだろうか?


 その隣には身軽そうな恰好をした少女。背中には弓、腰には短剣。狩人か。後ろに2人。眼鏡をかけた少年と、眼鏡をかけた少女のコンビだ。服装を見ると男の方が治癒師ヒーラーで、女の方が魔法使いだな。その眼鏡の2人は少年を見て、あわあわと慌てている。


 盾役タンクがいないが、一般的なパーティーだ。一言添えるとしたら、全員が。年齢で言えば全員が15、あるいは14くらいだ。


 このパーティーで一番若いのはエマ、彼女ですら15だからエマとほとんど同じくらいの少年少女で構成されたパーティーだ。駆け出しパーティーだろうか?


「おっさん! あんただろ!! 俺達の獲物を横取りしたのは!!!」


 そう言って少年がずんずんこっちに歩いてくる。仲間たちは置いてけぼりだ。


 後ろを振り向く。俺以外の男は立っていない。


 ……つーことはおっさんって俺?


 馬鹿ッ!! 俺はまだ25だぞッ!!!

 いや、でも15歳からすると俺ももうおっさんなのかな……。

 地味にショック……。


「ちょ、ちょっと! リック! 何やってるの!!」


 後ろの治癒師ヒーラーの少年がアタッカーの少年を抑えにかかる。だが、流石に後衛職と前衛職では力量差がある。ぱっと振り払われて、地面に転げた。そこに魔法使いと思われる少女が慌てて駆け寄る。


「ちょっとリック! 危ないわよ!! セオが怪我したらどうするの!!」

「それどころじゃねえだろ! 俺達の獲物が横取りされたんだぞ!!」


 おー、熱い熱い。


 ……んで、誰?


「アンタたちだろ! 俺達の獲物を横取りしたのは!」

「誰だよ」

「俺はBランクパーティー『ムスペル』のリーダー! “嵐剣”のリックだ」

「マジで誰だ?」


 2つ名持ち……ということは相当な実力者だろう。普通、2つ名と言えばSランクパーティーのメンバー、もしくはSランクに昇格確実と言われているAランクパーティーのメンバーにしか付けられない。


 だから、Bランクで2つ名がついているという話は聞いたことが無い。


「知ってる?」


 俺が後ろを振り向くと、3人とも首を横に振った。


「す、すいません。そいつが勝手に名乗ってる2つ名です! 気にしないでください!!」


 セオと呼ばれた少年がリックの手を引いて帰ろうとするが、彼はそれを手で払った。


 自分で名乗ってんの? 2つ名を??

 色んな意味ですげーな……こいつ。


「あんたたちが俺達の『エルダー・トレント』を倒したんだろ!?」

「あー……。まあ、そうだな」

「おかしいだろ! 俺達の獲物だぞ!!」

「そうは言われてもなぁ。見つかって倒さないと俺達死んでたわけだからなぁ」

「……ぐぬぬぬ」


 ええ……? これで唸るの?? 

 何なんだよ、コイツ。


「まあ、運が悪かったってことだ。冒険者やってりゃこう言うこともある。別にお前は損をしてないんだから良いじゃねえか」

「ちがーう! 戦いたかったんだよ!! 俺達の力試しをしたかったんだッ!!」

「お前らの、ねえ」


 俺がリックを見る。装備の物は……悪くない。だが、良くもない。普通。

 狩人の少女の筋肉の付き方を見る。悪くない。これも普通。

 後ろの治癒師ヒーラーも……まあ、普通。魔法使いの力量を正しく測れる自信はないが、ミディほど優れているとは思えない。これも普通だ。


「やめとけ、どうせ死んでた」

「なんだと!」

「やめようリック! この人の言う通りだ! 僕たちじゃ『エルダー・トレント』に勝てなかった」


 セオがリックを羽交い絞めにする。


「勝てたさ! 俺達なら勝てた!!」

「無理だろ。見た感じ、お前らCランクから上がったばっかだな?」

「ど、どうしてそれを……」


 リックが俺の言葉で一気に怯んだ。


「態度だよ。お前の」


 俺がリックを目線で貫く。


「お、俺の……?」

「ああ。Bランクというと大商人や、貴族からの依頼が舞い込み始める時期だ。そんな奴らを前にして、冒険者がお前のような態度を取ることはまずあり得ない。AランクやSランクの奴らを見てみろ。あいつらが外でもめ事を起こしているのを見たことあるか? ないだろ。当たり前だ。冒険者おれたちの行いは全てギルドに見られている。ギルドは仲介業者だ。素行が荒れた冒険者にそんな大きな依頼を渡すわけがない」

「あ、う……」

「俺達の行為がお前たちに損害を与えたなら謝罪もしよう。だが、お前は俺達が倒したことで何か損を被ったか?」

「……た、戦えなかった」

っていうんだ。そういうのは」


 俺の言葉で明らかにリックは下がった。


 若いってのは熱量があっていいが、時折無謀になる。


 俺は後ろの3人に目を向ける。もう行こうという合図だ。だが、リックはフェリが持っていたパーティー証をちらりと見た。


「……Dランク? Dランクのパーティーでも『エルダー・トレント』を狩れたのか!? なら俺達でも行けたはずだ!!!」


 まだ、絡んでくるのか。流石にめんどくさいな。


「そんなに戦いたいのか? モンスターと?」

「当たり前だろ! 俺の名前を轟かせる! 俺たちは英雄になるんだ!!」


 素晴らしい熱意だ。素晴らしい意気込みだ。


 だが、俺は彼と似たような冒険者を数多く知っている。俺だって昔はそうだった。『ヴィクトル』に入った俺の後輩のロットだってそうだ。サムだってそうだった。ミディは……まだ万能感に包まれているな。いい加減あいつも大人になればいいのに。


 フェリや、マリや、エマは生まれ持った身体のせいでその万能感に浸ることを許されなかった。だから、謙虚だ。だがこれから先は分からない。それを制するのは年上の俺の役割だ。


 自信を持つことは悪い事ではない。

 だが、それで引き際が分からないのは非常によろしくない。


 それは、致命的な間違いを犯すからだ。


 こいつも、いつかはそれを知る。自分の力が万能で無いと知る。だがそれは大抵、でだ。


 リックは俺をすさまじい目で睨みつけてくる。


 若者特有の強い目だ。昔の俺と、全く同じ目だ。


 ――――――もしも、あの時。誰かが止めてくれてたら。


 辞めよう。嫌なことを思い出してしまう。


「そんなに戦いたいってんなら、俺が相手になってやるよ」


 過去には戻れない。

 だが、同じ過ちを犯すであろう後輩を止めることは出来るはずだ。


「は!? おっさんが? おっさんを倒しても意味ないんだって」

「レグだ」

「…………え?」


 少年は一瞬、こいつ何を言っているんだ。という目をした後に、ようやく脳の処理が追いついたのか、あり得ないほどに驚いた。


「ええええぇぇぇぇッ!!?」


 そして、後ろで彼を雁字搦めにしていたセオごとすっこけた。


「“戦場の支配者”レグ。俺を倒せば、お前の株も上がるだろうさ」

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