第32話 英雄の冒険者!

「見えましたよ」


 まさかの伯爵が俺たちの行く先に居たというとんでも事件から1週間。御者さんが急にそう言って、俺たちは窓から外を見た。


「……赤いね」


 エマがぽつりとそう言った。目に入ったのは、空だった。今俺たちがいる場所の空は青い。当然だ。空は青いものだ。だが、俺たちが向かう場所の空は青くない。真っ赤だ。恐ろしいほどに、赤い。


「……何で?」

「さてな。神様の【神秘】ってやつじゃないのか」


 しかし、恐ろしい世界だな。


 馬車は順調に進んで、そして『赤い大地』の周辺を警備していた兵士たちに止められた。この先に馬車は入れないらしい。


「ここからは徒歩だ。行こう」

「はい」


 俺が盾を持って降りると、兵士に敬礼された。俺は右手でそれを下げる様に指示する。別に俺は軍隊の人間じゃない。敬礼を受けるような人間じゃないのだ。


「この先にいるんですよね」

「はい。これまでに3つの【神狩り】が挑んで……今も帰っていません」

「死んだってことですか」

「恐らくは」


 兵士はハキハキと答えてくれた。


「分かりました。行ってきます」

「ご武運を!」


 俺たちは兵士たちの期待を背負って、『赤い大地』に踏み入れた。赤い土のように見えるそれは、ざらりという感触を返す砂のような材質だった。


「わっ! 砂っぽい! これ砂なんですかね?」

「さぁ、どうなんだろうね」


 俺の身体に何かの攻撃が仕掛けられた様子はない。ということは『赤い大地』というのは作物が育たない不毛の世界ってことで、それを広げるのがレル=ファルムってわけか。


「俺が乗っても身体がずぶずぶと沈んでいくってことが無くて良かったよ」


 俺が心の中からそう言っている感じに言うと、1つ笑いを取れた。笑わないと実力が落ちる……と言うと言い過ぎだろうか。だが、心の余裕は成果に現れる。


「これからまっすぐ神を目指すんですか?」

「いや……。俺たちがこれから行くのはこの先にある村だ」

「村……ですか」


 俺が荷物を背負い直してそう言う。


「ああ。村人たちのところで一回休憩を挟んで先に行こう。つってもこの地図がどこまで機能してるか分かんねぇんだけどな……」

「……近い、の?」

「村にってことか?」

「うん」

「近いはず……なんだけどなぁ」


 地図の目印を見ながら、俺はそう言った。これは『赤い大地』の途中で貰った地図で、神が出現した場所のアバウトな場所や周辺の地形などが書かれているものである。


 俺はそれを見ながらそう言うのだが、あいにくと周囲が真っ赤なので自信がないのだ。


「ね、レグ。あれじゃない」


 だが、マリがそう言ってまっすぐ指さす。どうやら俺たちが立っている場所は村がある場所よりも幾分か高いらしく、遥か遠くに村を見下ろすことが出来た。


「遠いな……」

「でも、見つけれてよかったね!」

「ま、たしかにな」


 確かに目的地を見つけることもできずに、さんざんこの同色の世界を歩き続けるってのは頭がおかしくなりそうになる。俺はまっすぐ足を踏み出して、下りをのんびりと歩くことにした。


 一時間ほどだろうか。ちょうどそれくらい歩いて、ようやく村についた。


「ここで少しだけ休ませてもらおう……うん?」


 俺がフェリたちにそう言って村をよく見ると……何かおかしい。村の外で少年が横たわっている。一見、寝ているのかと思ったが……違う。彼は村人たちから執拗に殴られているのだ。


「おいおい。何が起きたってんだ……」


 村人たちはこの場所から出ることを許されていない。そんな極限状態だと人は正気を保てなくなる……だから、それかと思った。


 だが、違うのだ。村人たちはビクビクしながら彼を殴っているのだ。


「止めますか?」

「もうちょっと近づいてからだな」


 何を怖がっているんだろう。


 だが、俺たちが近づいていることに気が付いた村人たちは、こちらを見て大きく驚くと……慌てて逃げ出した。


「ええ!? ちょっと……っ!」


 せめて事情を説明してくれよ……。


 とにかく、今はそれどころじゃない。俺は地面に倒れ込んでいる少年の顔を覗き込んだ。


「生きてるか」

「…………うん」

「大丈夫か?」

「………………うん」

「嘘だろ」


 顔は膨れ上がるほどに殴られている。右の腕が変なほうに曲がっていた。……折れてんな。


「ちょっと待ってろ」


 俺は持ってきた治癒ポーションを荷物から取り出すと、少年の頭を起こして飲ませた。


「不味いけどこぼすなよ」


 俺の言葉に微かに彼がうなずく。そして、少しずつ少年に飲ませていくと顔の腫れが引き始めた。それだけではない、腕の骨折も元の方向へと戻っていく。


「何があった」

「アベル……アベル様が。やらせてる……んだ。みんなに、僕を殴るようにって……」


 怪我を治しただけで体力の回復は治癒ポーションの効果には無い。満足に食事を取れていないのだろう。少年の身体はひどくやせ細り、逆に腹だけが異様に出ていた。


 ……腹水か…………。


 かなりの栄養失調状態にあることは間違いない。だが急に食事を与えると、ショック症状でそのまま死んでしまう可能性がある。


 栄養剤ってあったかなぁ…………? と思って荷物の中を探っていると、一週間前に伯爵から「多分いるから持っていきなよ」と言って押し付けられた栄養剤が出て来た。


「よし、次はこっちだ。こっちを飲め」


 俺は少年の喉を通してそれを飲ませていく。


「アベルってのは誰だ。この村の村長か?」


 少年は栄養剤を飲みながら、首を横に振った。


「違う……。アベル様は、冒険者……。【神狩り】……だよ」


 【神狩り】? 生存者がいたのか……?


 俺はその衝撃に驚いていると、少年が俺の腕を掴んだ。さっきまで殴られていた栄養失調の少年に、どうしてこれだけの力があるのだろうかと不思議になるほどに強い力だった。


「……助けて。アベルを……殺して……。村を……助けて……」


 単語の1つ1つを絞り出すように少年はそう言い切った。


「へえ。誰が誰を殺すって?」


 だが、別の声が聞こえてきたのは後ろから。俺たちが来ている“征装”とは比べ物にならないほど、汚く汚れた“征装”を着た男が村の女を引き連れていてそこに立っていた。


 その周りには農具で武装した村人たちも一緒にいる。


「アルぅ。ちょーっと厳しくしたら、俺から受けた恩も忘れるのか?」

「お前が、アベルか?」

「あァ? ああ、そうだよ。テメェらが新しい【神狩り】か。はッ。随分と早い到着だなァ」

「この子を殴るようにはお前が指示したのか?」

しつけだよ。躾。親なしのソイツの代わりに俺が育ててやってのさ!」


 ……孤児か。


 村の孤児はとても肩身が狭い思いをしやすい。というのも後ろ盾がなく、特に小さな……まだ労働力にもならないような子供たちは口減らしで売られたり人のいない場所に捨て置かれたりする。


 そう考えると、この子はまだ生きているだけマシなのかもしれない。


「ちッ、違う! お前が殺したんだッ!! 父さんも! 母さんも!! お前が、僕の前で!!!」

「村を守ってやった俺に立てついたんだ。ってやつさ」


 あーあ。そういうことね……。


「英雄か」


 俺はぽつり、と呟いた。


 この子にとって、【神狩り】とはどう映っているだろうか。故郷を救いにきた英雄だろうか。


 違うだろう。彼に取って【神狩り】とは故郷を滅茶苦茶にして、親を殺した敵だ。


「なぁ、お前。名前はなんて言うんだ」

「……アル」

「そうか、アル。


 荷物を地面に置く。盾を置く。


「フェリ、マリ、エマ。しっかりアルを守ってくれ」

「分かってますよ」


 何をいまさら、という具合にフェリが言う。


「ひゃははっ! 盾役タンクが盾を捨てるのかよ!! 殺せ殺せ!! 【神狩り】だって人間だ。頭を壊せば死ぬぜ!!!」


 村人たちが農具を持って俺に向かってくる。その顔にはありありと恐怖の色が浮かんでいる。だから……俺は反撃機能をOFFにする。


「殺すかァ!? 俺みたいに村人を殺すか!!?」


 アベルは高笑いしながら、俺の行く末を見守っている。


 村人たちは震える手で農具を掲げると。


「うわあああああっ!!」


 と、大声をあげて振り下ろす。……だが、俺に当たる寸前。農具は途中で折れてしまう。俺には当たらない。だが、それは


「チッ。グズが。何やってんだよッ!!」


 俺はその村人の横を通り抜ける。俺の後ろから別の村人が俺に農具で殴りかかってくる。だが、俺に当たる途中で折れる。当然、吸い込んでいる。


「アベル。【因果】って知ってるか」

「知ってるわけねえだろ! おい! 何やってんだよ!! ぶっ殺せ!!」


 村人たちがアベルの言葉で震えながら襲い掛かってくる。だが、俺には届かない。中には弓を持ってきた村人もいた。だが、俺に向かって飛んできた矢は空中で止まると……そのまま地面に落ちた。


「おい! ふざけんなよ!! 何だよ!! こっちに来るんじゃねえよ!!!」


 俺には攻撃が当たらない。

 それに恐れをなして逃げ出したアベルの鎧を掴む。


「良く聞け、アベル。【因果】ってのは」


 一発。その横っ面に拳を叩きつけた。


「流れるんだ」


 村人たちの攻撃。それを10分割した内の1つを叩き込んだ。アベルの身体が面白いくらいに飛び、地面を跳ねて家にぶつかって止まった。


いってぇなっ! 俺を誰だと思ってるんだ! 俺はえいゆ……」


 英雄、と言いかけた彼の胸倉をつかみ上げる。


「今のが、だ」


 彼は真っ赤にはらした顔で、震える瞳で、俺の姿を見た。そして、その後ろにいる村人たちを見る。


「殺せ! 誰か!! おい!! 聞いてるだろ!!」


 だが、誰も動かない。恐怖で動かしていた彼が、脅威じゃなくなった瞬間に誰も彼の言うことを聞こうとはしない。


「おい。歯ァ食いしばれよ。だぞ」

「ぶぺっ!」


 俺の拳がアベルの腹に叩き込まれる。アベルの身体が5mほど空を飛ぶ。


「死ぬんじゃねえぞ。あと8発あるんだから」


 気を失いそうになるアベルを無理やり起こす。


 後は、一方的だった。

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