第44話 走り抜ける冒険者!

 どれだけ竜車に乗っていただろうか。片手で数えられなくなるほどの日数も竜車に乗り続けて、が見えてきた。


 息を吐けば白くなるような寒さの中で、幻覚を見ているのではないかと錯覚するような鬱蒼と生える熱帯林。しかも、周囲には雪が吹き荒れているというのに、目の前に見える熱帯林に降り注いでいるのはバケツをひっくり返したような雨である。


「あーあ。天気も変わってら……」


 『機骸の魔王』が何かをやったのか、それとも別の何かが原因か。俺たちはジャングルの手前で竜車を止めてもらおうと、かつての公国の跡地に降り立った。


「この先に、いるんですかね」

「いるんだろうな」


 短いやり取り。


 柊ツバサは狂人だ。『神』と同じく、普通の考えでは手痛い失敗をしてしまうかもしれない。だから、下手な先入観を持っておくことは危険だ。とにかく、俺たちがやるのは臨機応変に立ち回ること。


「よし、行こう」


 白い息を吐いて、雪の中を歩いていく。“征装”が白い服なので、雪の中にいると分かりづらくてしょうがない。雪国の【神狩り】たちは服の色が違ったりするのだろうか。


「ね、レグ」

「うん?」

「あの、ジャングル……。外から見ると、普通の樹に見える」

「そう、だな。確かに、言われてみれば普通の樹だ」


 だが擬態しているだけかもしれない。


 レンさんから言われたことを頭の中で反芻しながら、俺たちはジャングルに向かう。


「とりあえず、近づいてみよう」


 俺たちは雪を押しのけ押しのけ、雪の中に出現している異様な熱帯林にたどり着いた。


「お前らはちょっとそこで待ってろよ」


 もしこれがモンスターで下手に反撃を喰らったら、目も当てられないことになるかもしれない。ここは反撃スキルを持っている俺が手前に出るべきだろう。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 俺は近づいて、そっと右手で樹に触れた。その瞬間、樹の幹が裂けると、そこから無数の乱杭歯が見えた。


「……ッ!」


 反射的に手を下げる。だが、それよりも先に幹に生まれた口が俺の腕を噛み切ろうと身体を伸ばしてきて――――その牙が全て


 だけじゃない。【因果応報】スキルはそれだけで許さない。


 木の枝、その中でも一番太かった1本が根元から千切れて、地面に落ちた。


『GyaaaaAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』


 汚らしい口から重たい悲鳴が上がる。それを受けて周囲の樹が一斉に


「あー……」


 トレント、という樹のモンスターがいる。それは樹の身体を持ち、自らで動き、人を狩るモンスターだ。それが可愛らしく見えるほど、俺たちが進む先にいる樹のモンスターは醜悪しゅうあくとしか言いようのないものであった。


 植物に人の顔、目や鼻や口のようなパーツを埋め込んでいるようなモンスター。


 この悪趣味さ、間違いない。柊ツバサが関わっている。


「さて、どう入ったもんかね」


 俺は一回引き返して、仲間たちと合流する。雪国に現れた不気味な熱帯林。まさか、その樹の全てがモンスターだとは。


 これでは俺だけしか突破できないではないか。


「ちょっと待ってください」


 さて、どうするか悩んでいるとフェリが剣をもって立ち上がった。


「うん? どうするんだ??」

「ちょっと試してみたいことがあるんです」

「試してみたい事?」

「見ててください」


 しかし、それが何なのかは説明せずにフェリはまっすぐ樹に近づいて剣で浅くモンスターを切り裂いた。


 たったそれだけ。それでどうということは無い。樹のモンスターも、幹に生えた眼球が困惑したようにフェリを見ている。だが、モンスターの本能に従うようにフェリに攻撃を仕掛けて……それが、した。


 俺に向かって噛みついて来たのと同様に、フェリに向かって噛みつこうとした樹のモンスターだったが、途中で口の向きが変わって先ほどフェリがに噛みついた。


「ん!?」


 見方によってはマリの『絶魔ゼロ』による魔法の吸収にも似たように見えるかもしれない。だが、明らかに違う。フェリのそれは、に攻撃を吸い寄せているッ!


 それはまるで、『被虐体質スポイル』のようで。


「お、おいおい。フェリ、今のって」

付与術エンチャントです」

「え、エンチャント? エンチャントにそんなのあったっけ?」

「先生に教えていただきました」


 先生って誰なんだよ……。という興味がわいてきたが、正体を喋るなと言われてるのにそれを聞くのはどうかというもの。


「今のうちに走りましょう。どこまで通じるか分からないので」

「分かった。行こう」


 そういって俺たちは熱帯林の中心に向かって走り始めた。だが、熱帯林に4人で入った瞬間にエマの身体からの何かが上がり始めた。『集敵特性トレイン』だ。


「ああ、そうか。こいつら、モンスターだから」

「で、でも動けるのかな?」

「トレントみたいなもんだろッ! 走るぞ!!」

「ま、魔法で全部吹き飛ばそうか!?」

「体力は残しておいてくれ! 無駄に使いたくない!!」


 走りながらマリに忠告。ちらり、と後ろを覗くと森の中にいた大きい樹も、小さい樹も合わせてこちらに迫ってきていた。その中の1つがつたを飛ばしてくるのを捉えた。


「チッ!」


 舌打ちを一回。俺は蔦に向かって腕をのばす。それを攻撃と判断した【因果応報】がモンスターの蔦を粉みじんに分割すると、30mはあろうかという巨大なモンスターが折れた。


「エマちゃん、ちょっとごめんなさい!」


 俺と並走していたフェリが後ろに下がって、エマの左胸に手を押し付けた。


「ふぇ!?」


 こんな状況で突然胸を触られたエマが驚きの声を上げるのと同時に、フェリが引き抜いた剣が走り際にモンスターの表皮を削った。


 ガッ、と短い音を立ててモンスターの身体に切り傷が刻み込まれる。その瞬間、モンスターたちがわっとフェリが傷つけたモンスターに密集し始めた。


「なッ!?」

「走ってください! 特性のです!! 長くはもちませんが、誤魔化すことは出来ます!!」

「分かった! ありがとう!!」


 何をどうやっているのかさっぱり分からないが、今は彼女の力に頼ろう。


 走り続けて10分もしない内に、樹の切れ間が見えてきた。


「……案外薄いのか?」


 とにかく、ジャングルから抜ければ一息付ける……はずだ。


「走れ!! もうすぐだ!!」


 モンスターたちの追走はもうなくなっていたが、油断できるような状態じゃない。


「よしっ、抜け……た…………」


 そこに広がっていたのは、一面の赤。


 空も大地も、流れている川の水ですらも赤。


 嫌というほど脳に残っているその光景は、


「『レル=ファルム』……?」


 俺の口から出た言葉は、その場の全員の代弁であった。

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