第48話 因果を断つ冒険者!

 レンさんたちが柊ツバサに向かっていくのを見て、俺はUターン。仲間たちに向かっていく。鯨は煙をあげながら、空中を泳いでいた。身体のほとんどを吹っ飛ばす攻撃はすぐに直していたのに、煙は中々直らない。


 あれはもしかして身体を冷やしているんだろうか。


「レグさん、どうするんですか?」

「俺にがある」

「秘策ですか?」

「ああ。だが、それをやってる間は俺の身体は無防備だ。だから……俺を、

「分かりました」


 ノータイムでフェリが頷いた。マリとエマも共に首を縦に振った。


「頼んだぞ」


 俺は手を地面につき、腰を降ろす。そして、深く目をつむった。


 目を開くと、俺の身体が。俺が俺を見降ろしている。幽体離脱、という状態が今のこれを表すのに適切だろう。


 だが気を抜けば、俺の精神が俺の身体に戻されそうになる。


「……っ!」


 視線を俺の身体から外して、空に浮かんでいる鯨を見た。あそこに行けば良いのだ。たったそれだけ。気を抜けば、元の身体に戻されそうになる強力な引力に抵抗しながら鯨に触ってしまえばいい。


「往くぞ」


 ――――――――――――――――


「オメェ、なに笑ってんだ?」


 レンは肩に刀を乗せたまま、へらへらと笑い続ける柊ツバサを見た。


「【神狩り】が2つも来た。対する僕の手元の用意は万端。どこまで行けるか、どこまで戦えるか。じゃあないか」

「可愛い後輩からの頼みだからよ。悪ィが、遊んでられねェンだわ」

「遊ぶ? 僕も遊ぶつもりはないよ」


 柊ツバサが両手を広げる。それは魔力を拡散するための構え。


「【起きろ】。死体ども」


 ぼこり、と地面から生えた白骨の腕がレンの足首を掴む。次の瞬間、レンの身体が空中にあった。手元には振り切った刀。瞬きする間に刀でスケルトンの腕を斬り落としたのだ。


「僕は魔王。魔の王だよ」


 柊ツバサの言葉に呼応するように、地面から無数の白骨が姿を現わす。だが、普通のスケルトンじゃない。身体のもろい場所を機械でおぎない、武装を構えたスケルトンたち。


「向かえ、スケルトンたち」


 その数、数千。


 誰が気が付いただろうか、そのスケルトンたちはつい1週間前まで生きていたのだと。柊ツバサの実験にて命を落とした公国の国民たちだと。


「しゃらくせェなァ」


 レンは空中で刀を納刀。地面に着地すると同時に抜刀。数百の死体を巻き込んで、斬撃が駆け抜ける。


 スケルトンの身体と機械が宙を舞う中、柊ツバサは後ろのフィオナに尋ねた。


「フィーちゃん、準備は良い?」

「ばっちりよ。バカ兄貴」


 フィオナの手元には巨大な鎖。それは地面に深く刺さっていた。


「よし。放て」


 柊ツバサの言葉と同時にフィオナがその鎖を大きく引っ張り上げると、地面から巨大な影が飛び出した。


 全長30m。白銀に輝きながら空を飛ぶのはドラゴン。だが、異常なまでの腐臭を放っている。ドラゴンゾンビ、その腐り行く身体に鋼鉄の囲いを取りつけることで無理に身体を支えている。


 それはぶわり、と空に飛び上がると戦場の最後方にいるレグ。その周りにいる『ミストルテイン』に狙いを済ませた。口に莫大な魔力を構えて、発射用意。


「……っ!」


 マリは空に向かって『絶魔ゼロ』を放つ。遅れてドラゴンゾンビはレグに向かってブレスを放つ。だが、それは綺麗なUの字を描いて『絶魔ゼロ』に飲み込まれた。


「メイ! なァにやってんだ。しっかり守れ」

「分かってるってばー!」


 レンの叫びで空から来たのは『黒竜』とその背に乗った少女。黒竜はそのままドラゴンゾンビに上から落ちると、地面に叩きつけその首を脚でしっかりと押さえつけた。


「へぇ! ドラゴンを従えるテイマーか! 初めて見たよ」

「俺の仲間は優秀なのさ」


 レンに向かって柊ツバサは銃を構える。


「君は、特別なのかい?」


 そして、引き金を引いた。


 ギギン!! と、弾丸が空中で弾かれる。だが、レンは何もしていない。戦場の中央でスケルトンたちと戦い続けている咥えタバコの女性。それが、レンの方を見向きもせずにその拳銃でレンの撃った弾丸を弾いたのだ!!


「弾丸に弾丸をぶつけて逸らしたのか? 何も見ずに!?」

「リンにかかればそれくらいは出来るんだよ」


 レンは柊ツバサに飛び込む。そして、刀を振る。右の脇腹から入って左の肩まで抜ける斜め斬り。だが、レンの手元に帰ってきたのは鈍い手ごたえ。


「あん?」

「流石の“剣鬼”もこいつは斬れないか」

手前てめェ、身体をいじってんのか」

「もっちろん。フィーちゃん! レグを殺せ!!」

「レグって誰!?」


 ドラゴンゾンビが黒竜に貪り続けられているのを止めようとしていたフィオナが問い返す。


「一番離れたところ! 仲間に囲まれてるあのデブ……」


 と、柊ツバサが遠く離れた場所にいるレグを見た時に言葉を止めた。


 レグの身体から異常なまでの蒸気が上がっているのだ。いや、煙かも知れない。その周りを仲間たちが心配そうな顔で守っている。


 次の瞬間、黒竜の羽ばたきによって生まれた風がレグを覆っていた煙を払った。


「……痩せてる?」


 つい先ほどまでそこにあったレグの姿はない。そこには急に痩せたレグの姿があった。


「……エネルギーの交換、昇華、変換?」


 レンの剣を腕で食い止めながら、柊ツバサは考える。


「バカ兄貴! レグって誰よ!!」

「あの煙だしてる男だ! 何かをやろうとしている!! 止めろ!」

「分かったわ!!」


 フィオナが地面を蹴って跳躍。天才によって生み出されたホムンクルスの肉体は、それだけで数百メートルの跳躍を可能にする。フィオナはたった2跳びでレグたちの目の前にたどり着いた。


「やらせませんよ」


 だが、フェリが剣を構えてレグとフィオナの間に立つ。その後ろでは杖を構えたマリ。


「ここで止めます」


 ―――――――――――――――


「く……ソが…………ッ!!」


 鯨までは残り数メートル。そうだというのに、手が伸びないのだ。身体が前に進まない。一歩前に踏み出すと、そのままの勢いで自分の身体まで戻されそうになる。


「歩け。歩けッ!!」


 自分に何度も何度も気合を入れる。


「進めぇッ!!!」


 大きく叫ぶ。足を踏み出す。

 残り3m。


「これ以上」


 残り2m。

 

「王都に」


 残り1m。


「手ェ出させるかァっ!!!」


 俺の手が伸びる。鯨に、触れる。


 ……掴んだ!!


 俺はその感触を手で確かめると同時に、自分の身体に戻ろうとする力に自分の精神をゆだねた。


「俺たちの、勝ちだ」


 手には鯨の感触がある。残っている。数十分かけて歩いて来た道を数秒で戻されて、俺の身体に精神が戻る。


「……ッ!!」


 雷でも食らった時のように身体が震えて、眼が覚める。


「レグ! 起きた!? 大丈夫!!?」


 慌ててエマが飛び込んできた。煙で視界が悪い。身体も、不思議と軽い。


「全員、生きてるな」

「生き、てる! でも、今はフェリちゃんが!」


 エマがそう言って俺の身体を引っ張る。フィオナから少しでも離そうとしてくれている。脚に上手く力が入らない。手には鯨の感触が残っている。


「戦いってのは……大変なものでさ」

「レグ?」

「殺し殺され、恨みが渦巻くんだ」


 手に残った感触、それに精神を向ける。


「因果を返しても、流しても。怨嗟の渦は止まらない」

「ど、どうしたの。レグ!!」

「だから、断つ。因果の元を」


 俺はそっと手の平を閉じた。


「【因果断ち】」


 刹那、


 まるでそれは、初めから夢だったかのように。初めから幻だったかのように、消えた。


「れ、レグ!? 消えた、よ! 鯨が、消えた!!」

「ああ。俺が


 因果を返しても、恨みは消えない。

 因果を流しても、怒りは消えない。


 ならば、断ってしまえばいい。初めから、無かったことにしてやればいい。


 だから、この技は【因果断ち】。


「レンさん! 消しました!!」


 俺は声に魔力を乗せて、柊ツバサと戦っているレンさんに向かって叫ぶ。


「……良くやったッ!」


 レンさんは空を見て、どこにも鯨がいないことを確認すると、


空亡くうぼう、やれッ!」


 錫杖を持った大男に命令を出す。俺はとっさに反撃機能をOFFにする。空亡大僧正は口元を覆っていた布を外すと、低くおごそかな声で短く言った。


「【眠れ】」


 ぱたん、と俺を支えていたエマが倒れる。杖を構えていたマリが眠る。フィオナが倒れる。フェリが倒れる。リンが倒れ、黒竜が落ち、メイが眠る。レンが刀を仕舞い切る前に眠りにつき、柊ツバサはバタン、と身体を前に倒してそのまま寝た。


 そして、スケルトンたちもまた眠りにつく。柊ツバサの支配下から逃れ、成仏していく。


 俺は身体を起こして空亡大僧正を見た。


「【言霊】スキル。あいかわらず、化け物ですね」


 空亡大僧正はその言葉で俺に向き直る。


「痩せましたな。レグ殿」

「え? ああ、スキルのおかげで……」


 先ほどまでの戦場が、嘘のように静まり返る。


 そこに2人、戦場の支配者が立ち続ける。


「反撃を抑えてくれたのですね、レグ殿は」

「流石に空亡大僧正まで眠られたら、困りますからね」


 俺は眠り続ける柊ツバサの身体を持ち上げよう……としたら、思ったより俺の身体が細くなっていて持ち上げられなかった。


「ひどい痩せですね。しっかり食べるのですよ。レグ殿」

「また太るじゃないですか。もう太るの嫌ですよ、俺」

「太っている時のほうが頼りがいがあって良いではないですか」

「…………」


 おだてられているのか、馬鹿にされてるのか。


「……とりあえず、『機骸の魔王』を拘束しましょう」

「そうですね。その後は王都の人たちを起こさないといけません」

「………………」

「そう嫌そうな顔しないでください。私が一言言えばおきますよ」

「なら、こいつをどうしかしないといけないんですね」


 俺は気持ちよさそうに眠り続けている柊ツバサを見た。


 ……ムカつく寝顔だな、おい。  

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