【十六】逸れた銃弾

 エルツが駆けつけた頃には、プラナの家の周りは落ち着いていた。何人かの村民がいるだけで、スフミとプラナの姿は見えない。エルゴン配下の歩兵がエルツに近づいて敬礼をする。その手袋は血だらけだった。


「血は止まりました。弾も抜けてます。命に別状はないかと……今は家の中です」

「そう。ありがとう」


 エルツはプラナの家の中に入る。スフミはベッドに寝かされていた。傍らにプラナが付き添っている。スフミは目を覚ましていた。エルツに気がついて腕を上げ、痛たたっとか細い声を上げる。


「だめ! うごかないでッ!」


 エルツが駆け寄る。スフミは痛みに顔を歪めながらふふっと笑う。


「ああ、エルツちゃん。大丈夫だった……?」

「私は大丈夫。それより、ごめんなさい! 私のせいで」


 エルツの眉間に皺が寄る。あの銃弾は明らかにエルツを狙ったものだった。兄上が私を消そうとした。その事実よりもそれがスフミに、自分ではない他人を傷つけしまったことに、エルツは震えた。


 ——子供の頃。

 仔馬に乗って遠出をしたことがあった。口うるさい爺やの目を盗み、草原を駆けた。いつもは湖の畔までだったが、その先に行ってみたくなったのだ。湖を回り込み、川を越え、森を抜けた。森の先には何があるのだろう。


 一晩野宿して、森を抜けた先には発掘抗があった。大地に大きく穿たれた大きな穴。そこで遊んでいるところを、祖父とその部下に見つかった。


 不思議と怒られなかった。ただ。爺やの姿を見なくなった。私は泣いた。爺やは口うるさかったが好きだった。色々なことを教えてくれて、おやしにはいつも焼き菓子を焼いてくれた。


 その爺やがいなくなった理由に気づいたのは、少し大人になってからだった。私を見失ったことの懲罰として爺やは私の教育係を外されたのだと。そう分かって、私はまた泣いた。


「貴方のせいじゃないわよ……安心して。運が悪かっただけ。あれ? 生きているから運が良かったのかしらね、ふふっ」


 スフミは優しかった。エルツはスフミの手をそっと握り締め、涙を流した。


「ごめん……ごめんね……」


 うわごとのように、エルツは謝り続けた。



  —— ※ —— ※ ——



 村の入口には村の男たちが集まってきてた。皆長銃を持っている。村の周囲を見回ってきていた連中だ。


 一人青い顔をしている男がしゃがみ込んでいる。砦の役人に報告に行った男だ。さっき村の外れで縄に縛られて放置されていたのを発見された。彼の話によれば、砦に行く途中に出会った兵士たちを村まで道案内をした後、突然殴られて拘束されたのだという。


 村の男たちと話していた村長がフィエの元に歩み寄る。


「どうやらもう周りにはいないようだの」

「そうみたいだな」

「しかしどういうことじゃ。王国軍が王女様を殺そうとするなんてな」


 村長が眉間に皺を寄せる。もちろんエルツが狙われたことだけじゃない。村民が撃たれたのだ。今にも砦へ殴り込みそうな雰囲気である。今役人と会ったら、はははっと笑いながら顔面を殴りそうだ。


 それは集まっている村の男たちも一緒で、なぜか頻りに長銃を弄っている。その視線は、少し離れたところに集まっている帝国軍へと向けられている。いや帝国軍を睨んでいる訳ではない。その元に捕縛されている王国軍兵士に対してだ。全部で三人。縄で縛られ、泥濘んだ土の上に座らされている。その周りをエルゴンが歩きながら尋問している。


「あの連中、儂等に任せてはくれんかの」

「気持ちは分かるが、あいつら王家の親衛隊だ。帝国軍に任せた方がいい」

「ちっ」


 村長は舌打ちをした。それが次々と村の男たちに伝播する。こえーよ。フィエは内心ドキドキしていた。猟師ってやっぱ喧嘩っ早いのかね。


 しかしエルツの命を狙ってくるとは。昼間の連中、七虹大隊の黒は捕縛を狙ってきていたから少し油断した。さっき命を狙ってきたのは七虹大隊の青。記憶が正しければ第二王子カーディフ・シルバン・スナイフェルスの配下だ。黒は国王直轄。ちなみに橙がエルツの配下になる。


 第二王子様はエルツが邪魔らしい。しかし腹違いとはいえ仮にも兄妹。それを殺しに来るとは、いやはや王族というのは恐ろしい。


 フィエは村長と村の男たちをなだめると、エルゴンたち帝国軍の元へと向かった。エルゴンが詰問する声が聞こえるが、王国軍の兵士は無言の様だ。多分口は割らないだろう。七虹大隊の青、忠誠心は極めて高いだろうからな。


 その横に白い鉄騎兵スフェーンが片膝をついて駐機している。胸部装甲は開いていて、操縦席に兵士が座っているのが見える。


「伯爵様、本隊との通信繋がりました!」


 操縦席の兵士が身を乗り出し報告してくる。エルゴンが応じるより早く、フィエは素早く鉄騎兵を駆け上がり、操縦席の中へ顔を突っ込んだ。


「あ、あー。オレだ、フィエ・アルシアニだ。アトパラ皇子はそこに居るか?」

「おいこら、勝手に喋るな!」


 エルゴンが下で怒っているが、無視する。しばらくすると応答があった。


『……フィーなのか?』


 ノイズ混じりだが、それでも良く通る声が聞こえる。間違いない、アトバラ・メジェルダだ。


「ああ。オレだ。久しぶり」

「ああ、元気だよ。お転婆すぎて困っている。ちょっと訳あってね、今はオレと一緒にいる」

『はははっ。そうか、それは何よりだ。こっちは色々大変でね、まあ今度会う約束は何とか守れそうだが』

「それは良かった。こちらも忙しくてね。出来ればその前に食事をと思っていたんだが無理そうだ。すまんな」

『いや、お互い様だ。今度会う時を楽しみにしているよ』

「ああ」


 そこまで喋ったところでエルゴンが割り込んできた。ふん、と鼻息を鳴らし目で『どけ』と命じてくる。話は終わった。フィエは素直に白い鉄騎兵スフェーンから降りた。





 今のは簡単な符牒での会話だ。フィエに妹はいない。鉄騎兵の遠隔通信機には目盛りがついている。同じ目盛りに合わせた物同士が通信出来る仕組みだ。つまり目盛りさえあれば盗聴されてしまう。その為、通常は符牒を使って通信するのが常だ。アトパラが使ってきた符牒は士官学校時代のものだ。


 会話内容は翻訳すると。フィエがエルツと一緒に居る。敵対勢力と交戦有り。合流地点は変更無し。と言ったところだ。


 アトパラはどうやら航空軍艦で移動しているらしい。村まで回収に来て貰うのも手だったが、やめた。これ以上この村に滞在するのは危険だ。七虹大隊の第二陣が来ないとは限らない。移動した方が安全だろう。


 フィエは空を見上げる。雪がしんしんと降り積もってくる。黒い雲で分かりづらいが、もう日は暮れる頃だろう。夜になるが、今すぐに出て目的地を目指そう。徹夜で進めば、朝には目的地に辿り着けるはずだ。


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