【十八】戦端開く
——山の尾根から朝日が顔を出す直前。
ジラン砦は帝国軍の急襲を受けていた。
黒い肩章をつけた歩兵隊が横隊に並び、
砦の直上には直方体に似た構造体、航空船が浮遊していた。左右に合計六つの扉があり、一つが開いたままになっている。航空船はゆっくりと旋回しながら、扉をもう一つ開けた。
そこから二機目の
警邏中だった黒い鉄騎兵が砦の外から駆け付けるが、更に降下してきた三機目の
バチンと爆ぜる音と共に、黒い鉄騎兵はくの字に曲がって倒れた。
「くそッ!」
参謀は大声で後退を指示しながら、自らも砦の外へと待避する。ダメだ、ここは落ちる。
ジラン砦は三方を山に囲まれた立地だ。山側を越えてこられるのは精々少数の歩兵隊ぐらいで、鉄騎兵でも走破は難しい。攻めるとすれば西の森林地帯からだが、それとて進軍には不向きな地勢だ。故に要害であった。
帝国軍は北の山側から、航空船を用いて攻めてきた。勿論、空からの急襲は想定はしていた。してはいたが、帝国軍の主要航空軍艦は未だ待機中との報告だった。まさか商会ギルドの民間航空船を使ってくるとは……商会ギルドは帝国側についたということか?
この砦が襲われたということは、アイドウシチナ発掘抗の方も恐らくは急襲を受けているだろう。国際法に則った開戦宣告がされたとの情報は無いが、これはもう戦争が始まったと見て良い。
参謀は砦から距離を取りつつ、残存兵を集結させる。帝国軍は砦の外に出てくる様子は無い。航空船がゆっくりと砦の中へ降下していくのが見える。多分歩兵や騎兵を下ろすつもりなのだろう。
「発煙弾を上げろ! 赤二、黒一!」
「はッ!」
まずは兵力を再集結させて砦を奪還する。それが先決だった。
—— ※ —— ※ ——
アイドウシチナ発掘抗でも攻防は続いていた。朝日は完全に山の上に出ている。大きな穴の外側に広がる町の周囲で戦いは始まっていた。王国軍は南西の町の外周に沿って防衛線を引いている。その防衛線沿いに、両軍合わせて六機程度の鉄騎兵が矛を交え、その隙間から歩兵が射撃している。
町の奧には搭の上に設置された火砲があり、時折砲撃してくる。その度に帝国軍は散開し少しずつ後退していく。狭い盆地の戦いで、両軍共に直接戦闘に参加出来る兵力は限られている。
航空船の一隻が北側から接近を試みる。山の向こうから発掘抗上へと降下していく。が、火砲による砲撃が船体をかすめ、慌てて急上昇する。航空船はそのまま町の上空を進み、火砲の射程外、遠く帝国軍の後方へと着陸する。
「よく防いでいる」
単眼の望遠鏡でその様を見ながらカーディフ王子は呟く。側近と共に櫓の上から戦況を見ている。その中には七虹大隊の黒、大隊長のインヴァネスの姿もあった。
「そなたが居て助かった。メスタだけでは手が回らなかった」
「ありがとうございます」
インヴァネスはカーディフ王子の要請で発掘抗へと来ていた。エルツ王女捜索の件での報告を求められた為だ。
「しかしジラン砦は落ちたか。そなたを戻したいところだが、さて」
発掘抗の出口、つまり町の出口は今攻防の真っ最中だ。ジラン砦へ続く谷街道へと抜けられる状態では無い。
「黒大隊はイスクル参謀に任せてあります。しばらくは大丈夫でしょう。防衛線を南に押し出しせば砦方面へ出られます」
「なるほど。そのタイミングで部隊を出せば砦を挟撃できる、か」
「はい。その部隊を率いて戻りたいと思います」
「任せよう」
「は」
カーディフ王子たちは櫓から降りた。発掘抗と町の丁度中間である。兵士や鉄騎兵、荷車が行き交う。発掘抗の東側には斜面を削り出した広大な平地があり、そこに発掘された
艦首に近い位置に天幕が設置され、カーディフたちはその中へと入る。中には技官たちが忙しなく動いていたが、ぴたりと手を止め敬礼する。
「艤装の進捗は?」
「昼までには火砲の設置が完了します。しかし弾薬の搬入が遅れています。全弾搬入には一日かかるかと……」
「かまわぬ。一戦分、火砲が使えれば良い」
カーディフは机の上に広げられた紙に目を通す。そこには航空軍艦の図面が描かれ、文字や数字がその上に書き殴られている。
「帝国の軍艦が一隻、出航したとのことです。恐らくは」
「ああ、ここだろうな」
航空軍艦は民間船と違って火砲を装備している。地上の火砲から届かない高度から砲撃されれば為す術が無い。航空軍艦に対抗するには航空軍艦が必要だ。
「相手は最大でも百五十メートル級。艤装が済めばこちらの勝ちだ」
—— ※ —— ※ ——
——雲は珍しく、空に無かった。
本当に久しぶりの晴天。その青い空から朝日が降り注ぐ。雪が積もった地面からの冷気が、日射しによって和らぐ。フィエは馬を降り、轡を引いて歩いていた。エルツは馬上だ。一応小一時間程度は仮眠をしたが、夜を徹しての強行軍である。エルツの瞼は半分降りている。
ゆっくりと斜面を登り切ると、周囲が開けた。峠と言って良い場所だった。峠の頂上は猫の額ほどだが水平な地面になっていて、土の上に雪が積もっている。祠があったが誰も整備していないのであろう、土台から傾いていた。
フィエたちが登ってきた方向の反対側は崖になっている。その崖の上に、浮かんでいた。
白い航空軍艦だ。青い光を発しつつ低い音を響かせて、中空に静止している。フィエは見たことがあった。帝国軍の保有する大型航空軍艦、ニアムラギラ。
「久しぶりだな、フィー」
その声は、記憶にある通りの声だった。昔と変わらない。ちょっと低めに響いてくる、でも若さ溢れる声。
「ああ、久しぶりだな。アトパラ」
フィエが応える。帝国第四皇子、アトバラ・メジェルダ。褐色の皇子とフィエとエルツ、三年ぶりの会合であった。
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