【十八】戦端開く

 ——山の尾根から朝日が顔を出す直前。


 ジラン砦は帝国軍の急襲を受けていた。純白の鉄騎兵スフェーンが斧槍を振り抜く。木の折れる音と共に王国軍の黒い天幕が引き裂かれる。逃げ遅れた兵士たちが枯れ木のように飛び散る。


 黒い肩章をつけた歩兵隊が横隊に並び、純白の鉄騎兵スフェーンに向けて長銃を斉射する。しかし平面的な装甲に容易く弾かれてしまう。跳弾が砦の石材に傷をつけるだけだった。純白の鉄騎兵スフェーンが一歩踏み出すと、歩兵隊は柵を跳び越えて砦の外側へと逃げ出す。鋼の巨人に、生身では為す術が無い。


 砦の直上には直方体に似た構造体、航空船が浮遊していた。左右に合計六つの扉があり、一つが開いたままになっている。航空船はゆっくりと旋回しながら、扉をもう一つ開けた。


 そこから二機目の純白の鉄騎兵スフェーンが降下してくる。降りた場所は鉄騎兵の駐機場だ。まだ操縦手が乗り込んでいない、無人の黒い鉄騎兵が並んでいる。純白の鉄騎兵スフェーンの斧槍が風を切る度に足の関節が破壊されていく。


 警邏中だった黒い鉄騎兵が砦の外から駆け付けるが、更に降下してきた三機目の純白の鉄騎兵スフェーンがそれを阻む。大剣と斧槍が絡み合う。一合、二合。三合目が交わる前に、背後から忍び寄った一機目の純白の鉄騎兵スフェーンが黒い鉄騎兵の腰部に斧槍を叩き込む。

 バチンと爆ぜる音と共に、黒い鉄騎兵はくの字に曲がって倒れた。


「くそッ!」


 参謀は大声で後退を指示しながら、自らも砦の外へと待避する。ダメだ、ここは落ちる。


 ジラン砦は三方を山に囲まれた立地だ。山側を越えてこられるのは精々少数の歩兵隊ぐらいで、鉄騎兵でも走破は難しい。攻めるとすれば西の森林地帯からだが、それとて進軍には不向きな地勢だ。故に要害であった。


 帝国軍は北の山側から、航空船を用いて攻めてきた。勿論、空からの急襲は想定はしていた。してはいたが、帝国軍の主要航空軍艦は未だ待機中との報告だった。まさか商会ギルドの民間航空船を使ってくるとは……商会ギルドは帝国側についたということか?


 この砦が襲われたということは、アイドウシチナ発掘抗の方も恐らくは急襲を受けているだろう。国際法に則った開戦宣告がされたとの情報は無いが、これはもう戦争が始まったと見て良い。


 参謀は砦から距離を取りつつ、残存兵を集結させる。帝国軍は砦の外に出てくる様子は無い。航空船がゆっくりと砦の中へ降下していくのが見える。多分歩兵や騎兵を下ろすつもりなのだろう。


「発煙弾を上げろ! 赤二、黒一!」

「はッ!」


 まずは兵力を再集結させて砦を奪還する。それが先決だった。



  —— ※ —— ※ ——



 アイドウシチナ発掘抗でも攻防は続いていた。朝日は完全に山の上に出ている。大きな穴の外側に広がる町の周囲で戦いは始まっていた。王国軍は南西の町の外周に沿って防衛線を引いている。その防衛線沿いに、両軍合わせて六機程度の鉄騎兵が矛を交え、その隙間から歩兵が射撃している。


 町の奧には搭の上に設置された火砲があり、時折砲撃してくる。その度に帝国軍は散開し少しずつ後退していく。狭い盆地の戦いで、両軍共に直接戦闘に参加出来る兵力は限られている。


 航空船の一隻が北側から接近を試みる。山の向こうから発掘抗上へと降下していく。が、火砲による砲撃が船体をかすめ、慌てて急上昇する。航空船はそのまま町の上空を進み、火砲の射程外、遠く帝国軍の後方へと着陸する。


「よく防いでいる」


 単眼の望遠鏡でその様を見ながらカーディフ王子は呟く。側近と共に櫓の上から戦況を見ている。その中には七虹大隊の黒、大隊長のインヴァネスの姿もあった。


「そなたが居て助かった。メスタだけでは手が回らなかった」

「ありがとうございます」


 インヴァネスはカーディフ王子の要請で発掘抗へと来ていた。エルツ王女捜索の件での報告を求められた為だ。


「しかしジラン砦は落ちたか。そなたを戻したいところだが、さて」


 発掘抗の出口、つまり町の出口は今攻防の真っ最中だ。ジラン砦へ続く谷街道へと抜けられる状態では無い。


「黒大隊はイスクル参謀に任せてあります。しばらくは大丈夫でしょう。防衛線を南に押し出しせば砦方面へ出られます」

「なるほど。そのタイミングで部隊を出せば砦を挟撃できる、か」

「はい。その部隊を率いて戻りたいと思います」

「任せよう」

「は」


 カーディフ王子たちは櫓から降りた。発掘抗と町の丁度中間である。兵士や鉄騎兵、荷車が行き交う。発掘抗の東側には斜面を削り出した広大な平地があり、そこに発掘された航空軍艦フレゼレクスベアが停泊していた。


 艦首に近い位置に天幕が設置され、カーディフたちはその中へと入る。中には技官たちが忙しなく動いていたが、ぴたりと手を止め敬礼する。


「艤装の進捗は?」

「昼までには火砲の設置が完了します。しかし弾薬の搬入が遅れています。全弾搬入には一日かかるかと……」

「かまわぬ。一戦分、火砲が使えれば良い」


 カーディフは机の上に広げられた紙に目を通す。そこには航空軍艦の図面が描かれ、文字や数字がその上に書き殴られている。


「帝国の軍艦が一隻、出航したとのことです。恐らくは」

「ああ、ここだろうな」


 航空軍艦は民間船と違って火砲を装備している。地上の火砲から届かない高度から砲撃されれば為す術が無い。航空軍艦に対抗するには航空軍艦が必要だ。


「相手は最大でも百五十メートル級。艤装が済めばこちらの勝ちだ」



  —— ※ —— ※ ——



 ——雲は珍しく、空に無かった。


 本当に久しぶりの晴天。その青い空から朝日が降り注ぐ。雪が積もった地面からの冷気が、日射しによって和らぐ。フィエは馬を降り、轡を引いて歩いていた。エルツは馬上だ。一応小一時間程度は仮眠をしたが、夜を徹しての強行軍である。エルツの瞼は半分降りている。


 ゆっくりと斜面を登り切ると、周囲が開けた。峠と言って良い場所だった。峠の頂上は猫の額ほどだが水平な地面になっていて、土の上に雪が積もっている。祠があったが誰も整備していないのであろう、土台から傾いていた。


 フィエたちが登ってきた方向の反対側は崖になっている。その崖の上に、浮かんでいた。


 白い航空軍艦だ。青い光を発しつつ低い音を響かせて、中空に静止している。フィエは見たことがあった。帝国軍の保有する大型航空軍艦、ニアムラギラ。


「久しぶりだな、フィー」


 その声は、記憶にある通りの声だった。昔と変わらない。ちょっと低めに響いてくる、でも若さ溢れる声。白い航空軍艦ニアムラギラと峠の地面の間から射し込んでくる朝日を背に、その人物は立っていた。


「ああ、久しぶりだな。アトパラ」


 フィエが応える。帝国第四皇子、アトバラ・メジェルダ。褐色の皇子とフィエとエルツ、三年ぶりの会合であった。

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