閑話「魔鋼器管理局の愉快な面々」

【一】魔鋼器管理局の愉快な面々 其の一

 はい、エルツです。私は今、王都の郊外にある新しく設置された魔鋼器管理局の仮設本部にいます。本部というと聞こえはいいけど、仮設だ。つまり空き家に看板を掲げただけの、こぢんまりとした一軒家である。魔鋼器管理局もまだ始動したばかり。帝国と王国の共同事業という大掛かりな計画ではあるが、大きすぎて本格的な活動には至っていない。


 たぶん初の大仕事は王家七抗の一つ、海洋系制御装置『ネプトゥヌス』の探索になりそうなんだけど、準備に時間がかかりそう。たぶん夏前になるんじゃないかな。







 はっきり言って、暇です。







 春の穏やかな陽気も少しずつ強さを増してきている。桜の花はもう既に散っている。長袖だとちょっと運動しただけで汗を掻くので、そろそろ半袖のブラウスが必要だなと思う今日この頃である。


 なにせ家を放り出されてまだ一月二月。持ってきたのは春先の衣類だけ。夏服、冬服は買い揃えなくちゃならない。財布は二つ用意している。普段用と貯金用だ。先々必ず必要になる物の購入資金は、計画的に貯金用の財布に入れていくのだ。中を覗き込む。銀貨が十枚ほど。これで夏服は買い揃えられるか?


 何せ自分で物を買う身分になって一月二月である。暇な時に商店に行っていろいろ見ているけど、まだ金銭感覚というやつは身につかない。ついこないだも屋台で買った串焼きでボラれたばかりだ。


 こういう時、頼りになるのが眼鏡青年のタハトだ。タハト・ムランジェ。なぜか硝子ガラスの入っていない眼鏡を掛ける男。この魔鋼器管理局仮設本部に出入りする人物の中で、今もっとも働いている人間だ。


 こう言っては失礼かも知れないが、傭兵の癖に学がある。文学、芸術に詳しく、法令にも詳しい。父上——国王に傍に仕え、自身も上流貴族の当主であるインヴァネスと公私通じて対等に話しが出来るというのは、それだけで結構尊敬する。あれだぞ、楽団の演奏を聴いてあのヴァイオリンの音はどうだとか、演奏の腕がどうとか、そういう話が出来て上流貴族である。はっきり言おう、私は適当に流していた。無理。


 そしてタハトは算術も出来る。手形や割符の扱いも心得ている。傭兵団では勘定方を勤めていたというが、納得である。財布を二つに分けて管理する方法もタハトが教えてくれた。私が元王族で、金銭感覚が無いことを想定してのことだ。そういう気遣いも出来る。これで嫁はおろか彼女もいないというのだから、平民というのは変わっている。貴族だったら、最低でも婿養子として引く手あまただろうに。





 こうやってタハトを持ち上げるのには理由がある。それ以上に、他の連中が酷いからだ。私も例の事件でしか接していなかったから、ちょっと見落としていた点は反省している。しかし、酷い。


 まず傭兵団の頭領からして最低だ。ユングフラウ・ノルベギア。髭面のオヤジ。普段はのほほんとしているが、裏でいろいろと手を回す系の策士だ。例の事件の時、私の依頼を彼(の傭兵団)が受けたのも偶然ではない。


 そういう点、大局を見据えているというのは頭領には相応しいだろう。昔は七抗大隊の紫の隊長だったそうだ。国王直轄の七虹大隊は黒と紫だが、紫は元々その存在すら表立って公開していなかった部隊だ。つまり、そういう役目。その隊長を務めていたというのだから、まあ只者では無い。


 ただ。女癖が酷い。いやー女に興味なんてありませんよ的な雰囲気をしてながら、まあこの都だけでも何人の愛人がいるのか。それを恋人と称するのもたちが悪いし、それを受け入れている女連中もどうかしている。仮設本部にもその「恋人」たちが差し入れにちょくちょく顔を出すけど、これがなぜか他の「恋人」と鉢合わせになることがないのが解せない。策士か、策士なのか。そりゃ娘に嫌われるのも当然だ。





 それに比べればマラウイは可愛い方である。マラウイ・ススワ。長銃を背負った背の低い少女。射撃の名人で、私の知る限りではたぶん一番だ。遠くからの狙撃も上手いし、何よりも走りながら撃っても良く当てる。彼女の射撃の腕を知ったインヴァネスが、七抗大隊の演習に誘ったぐらいだ。いかなかったが。


 マラウイは、何もしない。有事には別である。例の事件でもご存じの通り大活躍だった。平時に何もしないのである。昼まで寝て、起きてくるとタハトに小遣いを貰って外出。街をブラブラして夕方になると帰宅。夜、みんなと夜遅くまでお酒を吞んで、就寝。以後繰り返し、である。


 まあ確かに、傭兵団の連中はあくまで魔鋼器管理局の外部協力員である。管理局の業務に危険が無いように護衛するのが任務であり契約だ。平時には任務は無い。しかしだ、炊事や洗濯といった、文明人には生活する上での仕事というものがあるのだ。それを彼女はしない。正確には、彼女の分をシャロンがやっている。もっと正確にいえば、やらせている。


 強制ではない。一月二月一緒に生活していれば分かる。マラウイはシャロンに、彼女が喜ぶ情報を提供して、それと引き換えに嬉々として働かせているのだ。


 そのシャロンが喜ぶ情報とは、フィーの情報である。シャロンがフィーに惚れているのは、周りの人間が恥ずかしくなるぐらい自明のことである。まあ彼女視線で見れば、囚われの自分を助けに来てくれた鉄騎兵乗りの王子様である。そういう気持ちになるのかなあと、思わなくも無い。


 マラウイは、フィーとの付き合いの長さで得た各種情報をシャロンに提供する代わりに、家事一切をやらせているという訳だ。五分の取引といえなくもないが、良く分からないのが私の見立てでは、マラウイもフィーに好意を抱いているだろう点だ。いわば恋敵であるのに、そういう情報提供する? まさか偽情報を、とも思ったが、シャロンが悉くフィーの好物を差し入れているところを見るとそうでもないらしい。謎である。



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