【二】魔鋼器管理局の愉快な面々 其の二
シャロンは、ほら、アトパラに誘拐されてきたあの女の子のこと。王族以外で魔鋼器の開封が出来た子。出自は帝国のとある農民の娘で、正確には誘拐ではない。金を積んで連れてきた。うん、ダメね。あの子の両親がどんな顔で送り出したのか、ちょっと興味がある。まあこうやって今も魔鋼器管理局へ来ているのだから、あまり良い想像には結びつかないかな。
魔鋼器の開封が出来るということは、どこからか王族の血を引いているということで、私とは遠戚関係にあると言えなくも無い。あの能力の発露には血の濃さが重要だと言われているが、詳細は不明、王家の秘中の秘なので私も知らない。単純に濃さだけでいえばシャロンの両親の方が濃い訳だし、しかし彼女を連れてきたということは両親には能力の発露は無かったということだろうし。謎である。
例の事件後、シャロンは一旦は実家に帰ったが、魔鋼器管理局設立と共に戻ってきた。今のところ正式な局員の二人目である。一人目は私。三人目はまだいない。勿論、開封の能力を買われてのことだが、今のところ大した仕事もない。なのでシャロンはほぼ家政婦さんだ。炊事洗濯その他諸々、傭兵どもがまるで役に立たないので彼女がその辺りを一手に引き受けている。
シャロンは農家の出身に加えて、親戚が村の宿屋を営んでいてその手伝いをしていたそうで、まったく問題なく仕事を回している。傭兵どもに言い様に使われている、かと思いきや彼女も
そんな彼女だが、フィーに惚れている。断言する。だって私ですら見ていて分かるぐらいである。あれで惚れていないというのなら、相当の無意識系悪女である。そうでないと信じたい。この年で恋愛不信には陥りたくない。
面向かって思いは告げていないみたいだが、黙々と外堀を埋めていく作戦の様だ。買物に付き合わせたり、祭りに二人で出掛けたり。あー、なるほど。そういうところはどんな身分だろうとも変わる訳ではないんだなと、ちょっと士官学校時代が懐かしく思えてくる。
このペースでいくと恐らく夏ぐらいに
話は逸れたが、駄目な傭兵の最後は勿論フィーである。フィエ・アルシアニ。帝国士官学校を卒業後、帝国軍に入るも気がつけば傭兵をやっていた男。鉄騎兵の扱いは上手いし、武術や射撃の腕もまあ良い。士官学校時代もそうだったが、
元々傭兵向きだったのかなと思う。とにかくこの男、気がつくといないのである。一言「出掛けてくる」とか「これはどうしたら良い?」とか聞いたりすればいいのに、しない。気がつけばいないし、気がつけば勝手に事が終わっている。相談しろっての。報告しろっての。
で、そのことを問い詰めると「いやー、やっちゃった方が速いかなーって」とにへらと笑う。士官学校時代には気がつかなかった。こいつ、集団行動には全く向いてない。
まあ、頼りになるのは認める。相談報告はしないが、大体その判断は間違っていないし。忙しい時には頼りになる。忙しい時にはね。
あとはインヴァネスとエルゴン、そして博士か。インヴァネスとエルゴンは王国と帝国からそれぞれ派遣されるお目付役であり、それぞれの国との連絡役でもある。エルゴンはまだ着任していない。領主で当主だから、役目の引き継ぎに時間が掛かっているとの話だった。夏には合流できるんじゃないかな。
インヴァネスはちょくちょく顔を出している。今回の役目の為に七虹大隊の隊長は辞めたのだが、本当にそれでいいのかな? 正直有能な人物である。父上もよく手放したものだ。王国の重鎮として働いた方が本人の為でもないのかな? うん。いや別に迷惑とか、面倒臭いとか、鬱陶しいとか、小言がやかましいとか思っていないよ?
あとは博士とその仲間たち。魔鋼器管理局は魔鋼器を扱う以上、専門家が必要だ。その為の人材である。王国研究院と兼任になるが、本人は喜んで研究に励んでいる。人格はともかく、魔鋼器を触らしておく限りにおいては頼りになる人物である。ちなみに名前はまだ決まっていない。
以上が、現状魔鋼器管理局に関わっている人物である。少ないが、まあ最初はこんなものだろう。いずれはもっと大規模な組織になる予定だ。今はこの王都に仮設本部を構えているが、いずれは王国と帝国の国境付近に移転する。わざわざその為に新都市を建造している最中だ。なんだかだらしのない奴らばっかりの魔鋼器管理局だが、実は壮大な国家規模の大事業なんだよ。少しは自覚して欲しいものである。
—— ※ —— ※ ——
——昼。
私は二階にある自室から、一階の事務室へと降りてきた。事務室は対面式のカウンターと待合用の長椅子が並べられた、この建物の中では一番広い部屋である。外に通じる両開きの扉は開け放たれている、魔鋼器管理局仮設本部の、ここが対外的な受付所になる。
今は誰もいない。傭兵たちは以下略だし、シャロンは恐らく買物だろう。受付嬢の様な専門の人員もいない。もっとも居る必要もないのはご覧の通りである。開局当時、ここが訪れる人々でごった返したことがある。皆、魔鋼器を抱えて長蛇の列を作ったのだ。あまりの訪問客の多さに揉め事も発生、騎士団の応援を頼む事態となった。
訪問客は、魔鋼器の使い方の相談に訪れたのだ。例の事件により、魔鋼器はすべからく動き出した。でも説明書がついている訳でもない。青く光るが、どうやって使ったらいいのか。どんな力があるのか。そんなことがさっぱり分からない魔鋼器が市中に溢れた。
そこへ魔鋼器管理局開設の報である。当初「
結局あまりの相談事の多さに対処しきれるワケもなく。「何か障害が発生していること」を条件にして、ようやく事態は収まった。収まりすぎて、まあこんなワケなんだが。
そんな閑古鳥の鳴いている事務室を横切る。この時間だと朝食は食べ損ねた。ちぇ。事務室の奥には貴賓用の応接室がある。そこに何か菓子折でも落ちてないものか……。
「ん?」
私は足を止めた。綺麗に並んだ長椅子、その上に何かが置いてあるのが見えた。金属製の長方形。大きさは、子犬子猫程度であろうか。所々から淡く光を放っている。一目瞭然、魔鋼器だった。
ははあん。
私は察した。あれだ、誰かが置いていったのだ。たまにあるんだよね。使い方も分からない魔鋼器なんていらないって、置いていくヤツが。魔鋼器はそれなりに稀少なものだ。使い方が分からなくとも取っておけばいいのにと思わなくもないのだが、そこはそれ。人の世には色々な揉め事があるのだと、ユングがしたり顔で頷いていたのを思い出す。価値があるからこそ、あることによって発生する揉め事はあるものだ。そういう扱いに困った人が置いていったのだろう。
さてどうしたものか。私は魔鋼器を開封したり封印したりは出来るが、使い方を知っているワケではない。そこら辺は素人である。とりあえず持ち上げてスイッチらしいものを探してみるが、それらしいものは見当たらない。まあそんなに簡単に分かったら捨てる訳もないか。
こういう時は博士に限る。ヤツに見せれば嬉々として解析するだろう。私はその長方形の魔鋼器を持ち上げて、とりあえず応接室へと運ぼうとして、
意識が途切れた。
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