【三】告白戦線異状なし
——帝国士官学校には二年間在籍していた。自由で開かれた気風、そういう帝国で学べることに、入学当時の私は胸躍っていた。清々しく、とても開放された気分でその校門をくぐったことを今でもよく憶えている。
そろそろ入学から一年経とうとしているが、友人と呼べる人は少ない。まず第一に、女性が少ない。まあ当たり前である。帝国の高等教育機関としての役目もあるとはいえ、基本士官学校である。如何に先進的と詠われる帝国でも、軍人になる女性は極めて少ない。
そして私の問題もある。何というか、距離感が掴みにくい。正直、対等な友人を作る機会などほとんどなかったので、こう、なんていうのかな、「友人」というのが良く分からなかった。
交遊関係なら分かる。王族だからと言って横柄に振る舞っていると思ったら大間違いである。接する者たちがヘンに不平等にならない様に気を遣うのが大変なのよ。そういうのが染みついているせいか、上手く「友人」として
ほら、
それと王族としての身分を隠しているので、あまり親しくしても具合が悪いというのもある。こちらの素性が露呈しないことに気遣うと、どうしても一歩親しくなれない。一応、家族や友人とかの設定も考えてきたのだが、披露する機会には恵まれていない。難しい。
そんな訳で。私は暇を持て余していた。午前中の座学が終わり、昼食後の休み時間。煉瓦で舗装された歩道の脇に、新芽が出始めた木々が並んでいる。そんな中庭のベンチで足をブラブラさせている。
さっきまでここで、数少ない友達と昼食を摂っていた。その後一人は家族への手紙を書くからと言って離席し、また一人は恋人の顔を見てくると言ってふらりと居なくなった。気がつけば一人である。んーと呻くが、何もすることが無い。ぼんやりと視線を上げ、校舎の屋根から更に上へ、空を見上げる。青い空を、右から左へと「真昼の星」が横切っていくのが見えた。
「お、珍しい」
突然背後から声を掛けられてビクッとする。慌てて振り返ると、そこには士官学校の制服を着た短髪の少年がいた。フィーである。小さな紙袋を抱えていて、その中から丸い揚げパンを取りだして食べる。
私は眉をへの字に曲げる。この中庭に普通に入ってくれば、煉瓦道を通ってベンチの前を通る。それがなぜ後ろから出てくるのか。知っている。こいつが変わり者だからだ。フィエとは先々月の冬季演習で知り合った仲だ。まあ、今では友人といっていい間柄である。なので知っている。
基本、フィエは目立たない様にしている。自由な気風の帝国とはいえ、身分的な諍いが全くないとは言えない。フィエは一般市民である。座学でも実習でも大体真ん中ぐらいの成績を取る。わざとだ。そうやって目立たない様にして、周囲との摩擦を避けているのだろう。
いるんだ、これが。そういう子供じみた意地悪をする餓鬼大将的存在が。確か帝都でも指折りの海洋商人の息子だったかな。本人は同級生のリーダー的存在だと自負している様だが、周りはそうは見ていない。でも言えば本人及びその腰巾着共と争うことになるのは明白。なので黙っている。そしてつけ上がる。その繰り返しである。困ったものだ。
一度アトパラ辺りがガツンとやってくれないだろうか。私? 私はもう一度やっている。手紙を添えて告白してきたから目の前で破いてやった。それ以来、私にはあまり近づいてこない。
話が逸れた。そんなこともあるのでフィエは大人しくしている、と私は見ている。ただ成績を残すことには
「なにやってんだ?」
「別に、暇しているだけよ」
フィエが揚げパンを差し出してきたので受け取る。遠慮はしない。しかしフィエからはよく食べ物を受け取る。もしかして餌付けされているのだろうか。遠慮はしないけど。一口食べる。程良い甘さが口の中に広がる。砂糖を練り込んであるのか? 珍しい。
「美味しいわ、いける」
「お褒め頂き光栄だね」
「え?」
「え?」
驚いた私の視線の先で、フィエも驚いている。まさか、フィエが自分で焼いたの? 士官学校であるから野戦食の作り方は学ぶが、こういった菓子に近い物はやらない。どこで教わったのか。妙な技能を隠し持っている男である。
「そういえば、アルバートのことだけど」
「アルバート?」
一瞬反応が遅れる。あるばーと。思い出した、上級生のことだ。数日前、正妻に迎えたいと言ってきたので丁重にお断りした。いや別段悪い人ではなかった。むしろ良い人だ。略式だけど、帝国社交界における婚姻申込みの手順を踏んできたし。断ったのは、単純に興味が無かったからだ。
そもそもだな。ここは士官学校である。別に婿を探しに来ている訳ではないのだ。他の連中もそうだが、そこら辺勘違いしていないか? 色恋沙汰が多すぎる! まあ仕方が無い。さっきも言ったが、士官学校ではあるが最高学府も兼ねている。軍隊みたいにカッチカチではないのも、そう悪い面ばかりでもないからね。
「そりゃお断りしたわよ。別に婿捜しに来た訳じゃないし」
「そっか。じゃあ恋人はいらないかね?」
「え?」
私が思わず見上げる。
「オレとか、結構お買い得だと思うんだけど」
フィエが珍しく、ニッコリと笑うのが見えた。
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