【四】先手必勝
「じゃあ恋人はいらんかね?」
その台詞がフィエから告白だと認識するのに、私は少し時間を要した。ちょっと回りくどい言い方である。ただその声に反応してフィエを見た時、その目を見て「ああ本気なんだな」と
フィエを見つめ、揚げパンを咀嚼しながら、私は考える。まあそんな気はしていた。こいつ、もしや私に好感抱いているな? と思いつつ、さすがに自惚れが過ぎるかなとも感じていた。それは今、正しいと証明された。自己評価が正しい、正確に言えばちょっと下に評価しているということは実に喜ばしい。
何せ王族というのは周りによいしょする人間に事欠かない。注意していないと幾らでも自己評価は高まっていく。ちょい下に判定するぐらいが丁度良いのだ。
それでは、私がフィエのことをどう思っているのか? 有り体にいえば、異性としては特にどうも思っていない。私にも初恋の経験がある。五年前ぐらいか、母が亡くなって王宮に住み始めた頃だ。雑技団の
その経験から言えば、私はフィエに対して恋心は感じていない。男性としては認知している。でも連れ添ってみたいとか、相手にどう思われているかが気になったりとか、そういう感情を抱いたことは残念ながら無い。
基本、友人かな。付き合いはまだ短いが、率直な物言いは好感が持てる。ただ目立たない様に振る舞っている点は、少々もどかしい気がしている。ここ帝国士官学校は、実力を示せば幾らでも評価してくれる所なのだ。多少の問題があっても、それは実力を示すことで乗り越えていくべきだ。勿体無い。
「どうして好きになったの?」
「え? 見た目が好みだから」
何の躊躇いも無くフィエは言い切った。私はたぶん渋い顔をしたと思う。いやあのさ、いや正直で良いとは思うが、もう少し言い方があると思う。まあ、見た目が好みと言われて悪い気はしないが。
「見た目がと言われてもねー。もうちょっと言い方無いワケ?」
「一目惚れだからなー。そうとしか言いようが無い」
なるほど、一目惚れときたか。少し心臓が躍る。
フィエは最後の揚げパンに齧り付くと、それを口に
ただ。
「ごめんね、フィエのことはそういう風には見れないかな」
私は正直に答えた。気にはなる。でもそこ止まりだった。トウマは溜息をつき「そっか」と呟いた。
「でもどうして今?」
ややしてから、私は聞いてみた。
「お前、アトパラのこと好きだろ?」
「なッ!」
思わず立ち上がった。立ち上がってから、しまったと自戒した。これでは白状したも同然だ。しぶしぶフィエを見ると、してやったという顔をしている。この野郎、振られた腹いせか。
ああ、そうだよ。認めよう。私はアトパラ・メジェルダのことが気になっている。だがここは強調しておく。「気になっている」だ。まだ恋はしていない。その差をフィエにはあえて説明しない。その程度は言わなくても分かる仲のつもりだ。
「どうして分かったの?」
深く溜息をつきながら、私はベンチに腰掛ける。足を組み、その上に肘を立てて面白くない顔を乗せる。
「そりゃ。よくアトパラのこと見てるからな」
視線かー。気づかれてないと思ったんだが、不覚だ。いや他の友人には気づかれていないはずだから、フィエの観察眼を褒めるべきなのか。
「言ったら殺す」
「言わないよ」
フィエが肩を竦める。
「で、それと今告白したのと何の関係が?」
「そりゃ決まっているだろ?」
ぐいっと、身体が突然浮き上がった。フィエが手首を掴んで私を立たせたのだ。は? 突然のことに困惑する。足がもつれるが、その倒れかかった身体をフィエが支える。密着する身体と身体。
「取られる前に獲る、先手必勝ってことだよ。戦術の授業で教わらなかったか?」
気がつけば、フィエの顔がすぐ目の前にあった。その熱い吐息が首筋から抜けていく。私は身を捩るが、手首から吊り上げられて動けない。
「こんなことして、タダで済むと思ってるの?!」
「その答えは、すぐに出るさ」
フィエのもう片方の手が顎を掴む。そしてゆっくりと、その顔が。唇が近づいてくる。
——私は、思わず目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます