【五】夢見る魔鋼器

「うわああああッ!」


 私は目を覚ました・・・・・。がばっと上体を起こすと、やや傾いた陽の光が差し込むカウンターが見えた。管理局の事務室だ。静かに、陽の光の中を微かな埃たちが揺蕩たゆたう。どうやら長椅子の上に寝ていた様だ。私は改めて長椅子に腰掛け、長い溜息をつく。


 なんて、なんて酷い夢なんだろう。そう、夢である。正確には過去の記憶が、途中からありもしない夢に変化へんげした。すーはーと呼吸を整える。なんだあのフィーは? まるで別人だ。


 長椅子の端に視線を走らせる。隙間から青い光を放つ、あの長方形の魔鋼器が鎮座している。もしかして、これを枕にして寝ていたのか? 場所的にはそんな感じだけど……。


「お、起きた」


 少し幼げな女性の声がする。びくりとして振り返ると、カウンターに博士がいた。顎をカウンターの上に載せて、足をブラブラさせている。


「……いつここへ戻ってきたの?」

「一時間ぐらい前かナー。ちょっと資料を取りに来たんだけど」


 そう言う博士の幼顔がニヤニヤしている。ニヤニヤと微笑んでいる。いやらしい笑みだ。私は努めて平静を装う。まさか寝言とか言ってないよね?


「なかなか色っぽい夢だった様で、何よりですナ」

「あああああああ」


 言ってました。私は頭を抱えた。


「……ちなみに、なんて言ってた?」

「いや、ダメッ!……そこは!……それ以上」

「もういい!」


 カウンターに飛び付き、博士の口を両手で塞ぐ。わざわざ色っぽく再現せんでいい! しかし憶えている限りではそんなシーンは無かった。まさか、あの夢には、続きがあったのか? 口を塞がれたまま博士がケタケタと震えている。くそ、証拠隠滅したい。


「誰かに言ったらヒドいわよ?」

「言わなイ言わなイ」


 口を開放された博士はカウンターから降り、長椅子へと向かう。そして長方形の魔鋼器を取り上げ、縦横に傾けてその表面を観察する。


「まあ状況から見て、コイツの機能っぽいナ。夢を見せる機械なのかモ」

「そんなことできるの?」

「心に作用する魔鋼器は、無いワケじゃないネ。どんな夢だった?」

「どうって……基本、昔の記憶なんだけど、途中からおかしい夢になったわ」

「ふむ。淫靡な夢を見せられたト」

「 お か し な 夢 」


 しかし、どうしてそんなモノが放置されていたのだろうか。いや、誰かが実際に使ってみて、その効果に気味悪がって捨てたのかも知れない。まあ何にせよ、情報が足りない。


「ただいまー」


 そうこうしているとフィーが戻ってきた。外から事務室へと入り、博士を見てちょっと驚く。しかしフィー、関係者は裏口から入れって言ってるはずだが、なぜ表から入ってくるかなー。まあ客も依頼者もいないからいいけど。


「ところでフィエ。一つ頼みがあるんだガ?」


 丁度良いとばかりに、博士がフィエに声を掛ける。私はその意図を察し、フィエの方へ歩いていこうとした博士の腕を掴んで止める。


「何するつもりよ?」

「もうちょっと標本サンプルが欲しいネ。何人かに寝て貰って、実際にどんな夢を見るのか試したい」

「アンタ、フィーで試すつもり?」


 身近な仲間で、何が起きるか言わないで試すのは博士の悪癖である。本人に言わせると、余計な思い込みがない状態でないと意味が無いと言うのだが、試される方は良い迷惑である。


「え? 興味ないノ?」


 博士が首を傾げる。


「フィエが、誰の、どんな夢を見るのカ。興味ないんダ?」

「はあ?」


 私の声が上擦った。そんな私の顔を、博士が上目遣いに見る。悪い顔をしている。近所の奥さん方が集まってよからぬ噂話をしている、そんな顔だ。さすが二児の母。


 興味は…………ある。いや、ない! ある。いやどっちだ! なぜか博士を掴む手が震える。え、あー、ええい、ああ、興味はある。ありますとも。しかし、しかしだ。もし、その夢の中に私が出てきて、あんなことやこんなことになったりしたのが寝言で分かったりとかしたら、私はどうしたらいい?


「? どうしたんだエルツ。顔赤いぞ?」

「!!」


 私の動きは素早かった。博士から魔鋼器を取り上げ天高く掲げると、心の中で『止まれ!』と念じた。フィーと博士の視線が集中する中、魔鋼器から青い光が消えていく。


「あーあ」


 博士が残念そうに肩を落とす。その両手に、光の消えた金属の塊を渡す。シャロンには無闇に『開封の御手』は使わない様に言ってある。これでこの魔鋼器が悪用される事は無い。


「一体何だったんだ?」

「何でも無い何でも無い。悪は滅びたのよ」

「ふーん?」


 フィーは少し眉をひそめたが、特に深く追求してくることはなかった。そのまま私たちの脇を通り過ぎ、事務室の奧へと消えた。自室へ戻るのだろう。


 続いて買物から戻ったシャロンが裏から顔を出す。マラウイも欠伸をしながら戻ってくる。その内、タハトやユングも顔を出すだろう。日は傾きかけている。そろそろ夕食の時間である。朝はバラバラだが、基本夕食には皆顔を出す。それはこの面々の良い点だ。


 そうして魔鋼器管理局の一日は幕を閉じる。しばらくはこんな、たわいも無い一日が続いていくのだろう。





  —— ※ —— ※ ——





 そしてまた。


「……」


 私は無言のまま、それを見つめている。人気の無い事務室の長椅子に放置された、野良魔鋼器を。三角柱のそれは、縦に走った隙間から青い光を発している。

 また厄介事にならなければいいが。私は慎重に、その魔鋼器に手を伸ばした。





閑話「魔鋼器管理局の愉快な面々」完


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青い光のエルツ 沙崎あやし @s2kayasi

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