【二十八】やがて星となる

 フィエが再び引き金を引く。銃弾はエルツを押さえつけていたもう一人の兵士の耳そばを通過し、思わず兵士は仰け反る。その隙を突いてエルツが兵士を押しのけ、フィエの元に駆け寄る。


「フィー! なんでここに……って、お腹、赤い!」


 腹に巻き付けた包帯が赤く滲んでいる。しかしフィエはエルツの問いには答えず、じっと長銃を構えていた。銃口の先にはアトパラが居る。


 アトパラは短銃を下げたまま、しかし周りの兵士たちが長銃をフィエたちに向ける。


「そんな予感はしてたよ。残って貰った兵士には悪いことをした」

「一つだけ質問良いか?」


 フィエのその声に、エルツはびくっと驚く。今まで聞いたことのない、冷えた声だった。


「いいよ」


 そう答えるアトパラの声は、反して柔らかい。ここだけ切り出せば、数年ぶりに再会した仲の良い同窓生だった。


「どうして?」

「フィー、私は決めたんだ。帝国皇子として生きることに。ただ、それだけさ」


 銃声が交差する。アトパラの短銃とフィエの長銃がそれぞれ銃弾を放つ。二つの弾は宙でかち合い軌道を逸らしつつ、アトパラの頬とフィエの頭髪を掠めた。アトパラの褐色の肌に赤い線が滲む。


 銃撃戦が始まる。フィエがエルツの手を引いて駆け出すと同時に、帝国兵たちは射撃を開始する。銃弾が二人の後を追うように床や壁を叩く。制御室に遮蔽物になりそうな物は殆ど無い。フィエは弧を描いて走りながら、片手で長銃を撃つ。帝国兵の射列が乱れる。


「姫様ッ!」


 外へ続く通路からインヴァネスが飛び込んでくる。続いて王国兵たちが制御室に入り込み、伏せて射撃する。王国兵と帝国兵の間で銃撃が始まる。


「アトパラ!」


 フィエは叫んだ。駆け込んできたインヴァネスにエルツを押しつけると、背を低くし真っ直ぐに走り出した。


 フィエの前方。アトパラと白衣の者たちが制御室の奧へと退くのが見える。昇降機へと向かっている。フィエは長銃を撃つ。


「あ」


 足元への着弾に博士が足をもつれさせ、転倒する。アトパラと残りの白衣の者はそのまま昇降機の中へと入り、扉が締まり始める


 転倒した博士の脇を擦り抜けてフィエは走り込み、扉に手を掛けようと伸ばす。が、アトパラが短銃を撃ち、それを躱す隙に扉は閉まってしまう。フィエは長銃の柄で閉まった扉を叩いたが、微動だにしない。舌打ちをするフィエ。


 背後では銃撃音が止んでいた。振り返ると、帝国兵たちが一斉に長銃を捨てていた。両手を挙げ、跪く。王国兵たちは訝しむが、インヴァネスが命令すると慎重に床に散乱した長銃を取り上げ、一人一人縛り上げていく。


「あーあ、置いてかれてしまいましたカ」


 転倒していた博士は床に座り込み、両手を挙げた。長い袖がだらんと垂れる。フィエは歩み寄ると、長銃の銃口を博士に向ける。


「アンタ、名前は?」

「あー、博士でいいですヨ。名前変えすぎて、自分でもよく分からなくなってるノよね」


 にはにはと笑う。『敵』に捕まった者の態度ではない。ヘンなヤツだ。フィエは長銃を肩に掛け、博士の前にしゃがむ。どうせ残弾ゼロだ。


「アトパラはどこ行っ…ぐはッ!」

「アンタッ! 『ウラノス』って何!? 知ってるんでしょ?」


 走り込んできたエルツがフィエを弾き飛ばし、博士の胸倉を掴んだ。博士の小さな身体が宙に浮く。フィエは横転し、腹を押さえて呻いている。


「あのー、彼悶えてますケド?」

「あっ! フィー、大丈夫ッ? そうだ医者、インヴァネスッ! 軍医はいるの? 早く連れてきて! それで『ウラノス』のこと教えなさい!」


 エルツは博士を掴んだまま一周しつつ、あちこちに声を張り上げ、そして元に戻って博士を更に締め上げる。


「う、うぐ…う『ウラノス』は、天空にある大型魔鋼器のこと…デス」

「天空?! 空にそんなものがあるってこと?」

「そら…のさらに…うゲ」


 締め上げられた博士の顔が真っ赤になる。エルツが我に返って手を離すと、博士は咳き込み大きく息を吸い込んだ。


「……それよりも。まだ外にお仲間がいるのなら、ココに避難することをオススメしますヨ」


 思わず出た涙を拭いながら、博士は珍しく真顔になってそう忠告した。



  —— ※ —— ※ ——



 昇降機から降り、通路を抜けると螺旋通路へと出た。まだ地上では雨が降っているのか、霧雨が回り込む様に降っている。アトパラたちが出た所は発掘抗の中腹だった。すぐ目の前には航空軍艦二番艦がそびえている。


 アトパラは手枷の少女と四人の白衣の者を引き連れて、航空軍艦二番艦へと向かう。螺旋通路から艦体へと伸びる橋を渡り、手枷の少女に扉を開けさせる。


 艦内の設備は九十度横転している。本来『床』である面が壁になっている。白衣の者の一人が、扉から入ったすぐの所にあった操作盤の様な物を操作する。艦内に明かりが灯り、そして白衣の者の身体がふわりと浮き上がって九十度横転し、その足は壁となっている『床』についた。続いて艦内に入る者も、皆九十度横転していく。


 アトパラたちは艦橋へと辿り着く。白衣の者たちはそれぞれの席につき、忙しなく操作をしている。アトパラは手枷の少女を隣の席に座らせると、自らは艦長席に座った。視線を真っ直ぐに向けると、発掘抗が続いているのが見えた。その出口の先に、黒い雲が見える。

 アトパラの視線は、更にその先に向けられていた。



  —— ※ —— ※ ——



 エルゴンは戸惑っていた。増援にと、アイドウシチナ発掘抗までやってきたエルゴンではあったが、彼の眼前にあったのは武装解除される帝国軍だった。町の外側に戦線が展開していた様だが、帝国軍の鉄騎兵は膝を突いた状態で整列し、兵士たちは長銃を渡して一カ所に集められていた。


「これはどういうことだ」


 エルゴンは自らの白い鉄騎兵スフェーンに加え、ジラン砦で確保した赤い鉄騎兵を携えてやってきた。ついに主戦線で活躍出来る、そう思っていたのに……。なぜ降伏したのか。鉄騎兵の通信装置を使ってみたが、応答する者は誰も居なかった。


「……ん?」


 エルゴンは耳を澄ませた。遠くから何か音がする。何かが燃える様な、吹き出すような……。ぐるりと首を回し、そして左前方を向く。こっちの方向から聞こえる。それは町の奧にあるアイドウシチナ発掘抗からだった。


 ぶはっ。


 突然、轟音と共に熱気を伴った突風がエルゴンの全身を叩いた。エルゴンだけではない。木々や建物の屋根が突風に晒され、震えている。目が開けられない。エルゴンは両腕で顔を隠す。


 その腕の隙間から、エルゴンは辛うじて見た。アイドウシチナ発掘抗から円筒状の巨大な物体が出てきた。それは地上に少しずつ姿を見せ、その全体が発掘抗から出切ると、その尾から一段強い熱気を吹き出して空へと突き上がっていく。

 それは少し弧を描きながら一気に上昇し、そして雲の中へと消えていった。


 雨が止む。そして、まるであの物体がそうしたかの様に、雲が途切れてそこから陽の光が差し始めた。エルゴンも、武装解除に来た王国兵も、雲の彼方に消えていった物体の残した軌跡を呆然と見上げるしかなかった。



  —— ※ —— ※ ——



 航空軍艦二番艦は雲を突き抜け、青空へと飛び出した。上昇はまだ続く。青空を見上げると、一筋の星が光っていた。それは青い空を斬り裂く様に流れていく。その星に向けて、アトパラを乗せた航空軍艦二番艦は上昇して行き、



 ——やがて星となった。



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