【二十七】最下層の戦い
銃声は一つだった。
エルツは引き金を引くことが出来なかった。そしてアトパラの短銃の銃口からは硝煙が立っている。
しかし、銃弾はエルツに達することはなかった。青い光。それがエルツを中心に球形に包み込んでいた。エルツの目の前で、その球の表面に阻まれるかのように短銃の弾が静止している。
アトパラの細められた視線は、エルツの胸元に注がれていた。エルツもそれに気づく。ブラウスの中で何かが輝いている。取り出すと、それはプレート状のペンダントだった。ペンダントの表面に刻まれたスリットから青い光が放たれている。
『これを肌身離さず持っていなさい。なに、お守りのようなものだ』
十歳の誕生日、父からそう言われて渡された記憶が蘇る。
「父さま……」
エルツはペンダントをぎゅっと握り締めた。
やがて青い光は消え、エルツを包み込んでいた光の球も霧散した。銃弾はそのまま下に落ち、二人の間を転がっていく。
「なるほど。国王といえど人の子か」
ほんの僅かに不機嫌な表情を見せたアトパラが短銃に弾をこめる。はっと気がついてエルツは駆け出すが、兵士たちに取り押さえられてしまう。
「くっ!」
押し倒され、二人がかりで床に押さえつけられる。そこへゆっくりとアトパラが歩み寄ってくる。
——銃声。
しかしアトパラのものではない。アトパラが視線を制御室の外へと向ける。銃声は外へと続く通路の方から響いてきた。銃声は二度三度と続いた後、徐々に激しさを増していく。銃撃戦だ。
「王国軍か。早いな」
「どうしますかナ?」
「ここは放棄する。『ウラノス』へ向かう」
「あいあい」
博士は白衣の者に目で合図を送る。彼らは荷物を手早く纏め、手枷をされた少女を引っ張って制御室の奧へと向かう。突き当たりの壁を少女に触れさせると、青い光と共に壁の一部が左右に開いた。昇降機の様だった。
「『ウラノス』? 何よそれ、どうするつもり?!」
「君はまだ知らされていないのか。父君に聞くといい」
アトパラは再び短銃を構えた。その銃口が、床に押さえつけられたエルツへと向けられる。暴れるが、男二人に押さえつけられていてビクともしない。
アトパラが引き金を引く。その直前。アトパラは、咄嗟に身を引いた。銃声が響き、兵士の呻きと共に血が舞う。エルツを押さえつけていた兵士の肩に銃弾が命中したのだ。兵士は肩を押さえ、横に倒れ込む。
「エルツ!」
制御室に少年の声が響いた。皆が振り向く。制御室の入口に、長銃を構えた少年がいた。
「フィー!?」
エルツが驚いた様に叫ぶ。その少年はフィエだった。
—— ※ —— ※ ——
——少しだけ前。
発掘抗の最下層に銃声が響いた。最下層を警備する様に見回りをしている帝国兵たちも驚いている。彼らの視線は最下層から更に横に伸びる通路に向けられていた。
「……あの通路から聞こえてきたな?」
螺旋通路の上から、ユングは姿勢を低くしながら最下層を覗き込む。帝国兵十二、厄介なことに鉄騎兵が三機見える。
「あの奧は『ユピテル』の制御室だ。」
インヴァネスもユングの隣で覗き込んでいる。王女殿下の姿は見えない。そうだろう。『ユピテル』が稼働しているということは、もう制御室に入り込んでいるということだ。しかしそこから銃声とは……。
「あっ!」
同じく下を眺めていたマラウイが思わず叫ぶ。誰かが、螺旋通路から最下層へ飛び降りたのだ。
飛び降りた者、フィエは最下層に着地すると、帝国兵には目もくれず真っ直ぐに制御室を目指して駆けた。怪我人とは思えない。
「止まれッ!」
一瞬反応が遅れた帝国兵だったが、何人かは長銃を構えて駆ける少年を狙う。引き金を引く直前、銃声が上から響いてきてその頭部を打ち抜かれた。撃ったのはマラウイだった。彼女はすかさず第二射を放ち、二人目を制する。
文句を言いながらマラウイが射撃を続ける。フィエが進む進路上の兵士たちが次々と倒れる。
「まったくもう! こうなると思ったんだよなー!」
「などといいつつ、それがカッコイイと思ったりするマラウイではあった」
「殺すッ!」
弾を装填し終えた予備の長銃を渡してくるタハトを、グーで殴った。
「あー、始まっちゃったねー」
「ええいッ、撃て!」
苛ついたインヴァネスが命じると、控えていた王国兵たちが射撃を開始した。帝国兵も螺旋通路に隠れたこちらに気づいて反撃してくる。瞬く間に、最下層は射撃音で満ち溢れた。その混乱の中、フィエは制御室へと飛び込んだ。
「さて、あちらはフィーに任せるとして、アレどうしようかね?」
ユングが顎を撫でる。彼の視線の先で、
「だから待てといったんだ。鉄騎兵相手じゃどうにもならんわ」
インヴァネスがユングを睨む。ユングはたははと苦笑いしながら視線を逸らす。
「なんかさ、ボクに当たり強くない? もっと優しくして欲しいなあ」
「そんなことが言える立場か!」
「マラウイ、しゃーないわ。アレやっちゃってよ」
「おっ! やっちゃっていいのか!」
「ちょ、待って。待ってよ!」
慌てたのはタハトだった。後ろに下がり立ち上がったマラウイに縋り付く。
「なんだよ邪魔すんな」
マラウイは素気なくタハトの腕から擦り抜けると、ほっ!と掛け声と共にその場でジャンプする。その反動で、背負った筒から新しい長銃が中空を舞う。
普通の長銃ではない。砲身は円筒形ではなく、角を落とした四角形。マラウイは凹凸の無いスッキリとした銃床を掴み、構える。ボタンを押すと、銃身のスリットから青い光が漏れ出す。
「魔鋼銃か!」
インヴァネスが思わず唸る。
マラウイは螺旋階段を昇ってくる
ガキンッ
重たい衝撃がマラウイの小さな身体を震わせ、続いて金属音が階下から聞こえた。それは
「んんーッ! 気持ちいいッ!」
マラウイは頭を震わせていた。歓喜の声を上げて、更に二射する。それは正確の残りの
「あーッ、ああああッー!」
ただ一人。タハトだけが両手を床について絶望していた。呻き声のような泣き声が響く。
「ま、まあ。そんなに泣かないで……こうでもしないとさ、危なかったじゃん?」
ユングが慰めるようにタハトの肩を叩く。その手を逆に握り引っ張り、タハトがユングの胸倉を締め上げる。
「高いんですよッ! 魔鋼銃の弾はッ! 分かってるでしょ!?」
「そ、そりゃ分かってるけどさ、仕方ないじゃん」
「勘定担当のオレの身にもなってくださいよおおお」
タハトは再び床に突っ伏し、拳で叩いて泣いた。本当に泣いていた。
「そんなに……高いのか?」
インヴァネスが聞いてくる。王国軍でも魔鋼銃は珍しい。正確にいえば魔鋼銃の本体は見たことがある。しかしその弾は使ったことはおろか見たことも無い。弾も魔鋼器の一種であり、しかも消耗品だからだ。稀少品である。
「……鉄騎兵三機分です」
「さん…ッ」
据わった目でタハトが答える。インヴァネスも思わず声が上擦る。鉄騎兵三機分。一発当たりだから、今の射撃で九機分が露と消えた訳だ。九機分……ヘタすれば大貴族でさえ「明日から朝食はパンの耳ね」となる程の金額である。
「……この戦い、王女様の為ですよね……王国軍で、お金だしてくれませんかね……」
タハトがゆらりと躙り寄ってくる。その悲しみに満ちた迫力に、インヴァネスは思わず顔を背けた。
「んー…、いや。そのな、王国軍として、契約していない傭兵にな、お金を出すことは……出来ん。その、すまんな?」
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