【二十六】王家の血筋

 ——アイドウシチナ発掘抗。

 その内壁に備え付けられた螺旋の通路を駆ける一団があった。四輪車二台に分乗しているのは七虹大隊の黒だった。全員長銃を装備している。その先頭車両の助手席にはインヴァネスがいた。


 発掘抗の内壁が、所々青い光で輝いている。通常の状態ではない。インヴァネスは眉間に皺を寄せる。『ユピテル』が稼働している、そうとしか考えられなかった。しかし一体どこから侵入したのか。発掘抗の入口は押さえていたから、抜け道があったとしか考えられない。


 四輪車の車列は、螺旋通路を下へと進んでいく。アイドウシチナ発掘抗は深い。相当な速度で進んでいるはずだが、まだ底は見えない。もどかしい。途中、航空軍艦二番艦を傍を通り抜けていく。航空軍艦二番艦は沈黙したままだ。螺旋通路はその巨大な艦体を何度か回り込んで、ようやく下へと抜ける。


 「待て!」


 おおよそ半分を降りたであろうか。インヴァネスは停止を命じた。行く先、螺旋通路を一回り半降りた所に異変を発見した。丁度通路が水平になっている部分、その壁面が大きく開口していたのだ。今まで見たことが無い。


 インヴァネスは配下の兵士に手振りで合図を送る。全員降車し、四名はその場所から開口部に向けて長銃を構える。残りの五名とインヴァネスは駆け足で通路を降りていく。近づいても人の気配はしない。だが、何かが動く物音が響いてくる。それは開口部に近づくほど大きくなる。


 開口部に到達した。兵士たちは開口部の左右に散る。インヴァネスが覗き込むと、中には斜め上に伸びる抗が見えた。かなり大きい。鉄騎兵が通れる程だ。物音はその抗から響いてくる。


 物音の正体は、抗を降りてくる昇降機だった。インヴァネスたちは開口部の外に隠れる。昇降機は一際大きな音を立てて停止し、中から人が降りてきた。


「これホントに近道なの? なんかカビ臭くない?」

「ホントホント。ちょっとはオジサンのこと信用して欲しいなあ」

「そうはいっても、ユングの情報は大外しするから怖いんだよ。去年のことは一生忘れない」

「ああ、副都の地下廃坑ね。貴族の抜け道を盗賊団が占拠してて、エライ目にあったなあ」


 話し声が聞こえる。筒を背負った少女、少し顔色の悪い短髪の少年、眼鏡の青年、そして髭面の中年。全部で四人。

 配下の兵士たちが飛び出し、四人に向けて長銃を構える。四人は驚くと同時に即座に両手を挙げた。


 インヴァネスは一人、固まっていた。目を剥いていたと言っていい。兵士たちの列を掻き分け、髭面の中年の胸ぐらを思わず掴んだ。


「ユングフラウッ! 貴様、どうしてここに!?」

「あ、あらー、インヴァネスじゃないか。久しぶり……元気してた?」


 ユングは目を逸らしたが、インヴァネスが締め上げた拳を更に捻り上げて顔を向き直させる。お互いの鼻面が突き合う距離だ。兵士たちも、そしてフィエたちもそれを唖然と見ている。


「元気してただと、良くもそんなことを……待て、ということは王女殿下を拐かした傭兵というのは貴様のことかッ!」

「拐かしたなんてそんな。他の誰かが受けちゃうよりは安心してもらえるかなーと、ボクなりに考えて」

「道理で裏を掻かれる訳だ……貴様それでも王国軍人かッ!」

「元だよ、元」

「そんなの関係あるかッ!」


 インヴァネスの理不尽な怒号が発掘抗に響き渡った。



  —— ※ —— ※ ——



 エルツは呆然と見つめるしかなかった。中空に投影された映像は、雷に打たれて爆発四散する航空軍艦の様子が克明に映されていた。煙と炎がぶわっと膨らみ、放電が残る空を航空軍艦だった破片が四散し、地表に降り注いでいく。映像に音は無かったが、エルツは耳が痛くなる様な錯覚を覚えた。


 おおっと、白衣の者たちが歓声を漏らした。


「予想通りだネ。『ユピテル』の機能を使えば、周囲の静電気を収束してこんなことも出来る」


 博士がにへらと笑顔を見せる。邪気は無い。ただ成功したことを喜ぶ子供の様で、そんな笑顔を向けられたエルツは、ただ困惑するしかなかった。


「ちょっとテストは必要だけど、この分だと洪水も山火事も可能だヨ」

「そんなこと……どういうことなのアトパラ?!」

「王国との戦争に兵士は必要ないってことさ」


 アトパラは中空に投影された映像から、ゆっくりと視線を下ろす。その視線の先には『ユピテル』がある。


「戦争って」

「『ユピテル』の力で王国に降伏を促す。それで終われば誰も死なずに済む。兵士たちの死に心を痛める必要が無くなるんだよ。」

「寒冷化はこれで収まるわ。どうして戦争を続ける必要が」

「また『同じ事』を起こさない為だよ、エルツ。王国が魔鋼器を管理する限り、同様のことは今後何度でも起こりえる」


 アトパラがエルツと向かい合う。


「だから」


 アトパラは手を伸ばす。

 エルツに向けて。


「私たちが、新たな『王家』になるんだ」


 エルツは言葉を発しようとして、しかし出なかった。無意識の内に半歩後ずさり、アトパラの手と顔を交互に見る。



 ——無言。



 周囲の誰もが、二人を見つめていた。


「雇い主殿。地上で王国軍が動いているヨ」


 一人だけ、博士だけがまるで空気を読まないかの様に、アトパラに向けて声を発する。新たな映像が投影される。それは発掘抗の入口に集結しつつある、王国軍の鉄騎兵や兵士たちの姿を映し出していた。


「排除しろ」


 アトパラは身動ぎせず、エルツに手を差し伸べたままそう言った。


「あいヨー」


 博士が再び操作盤を弄る。パイプオルガンの様な構造物がその光を強める。低い唸り音。それは先程航空軍艦を撃沈した雷を現出した時と同じだった。


 エルツは動いていた。

アトパラの手を弾き、博士を押しのけ制御盤の前に立つ。その両手が大きく振り上げられ、躊躇いなく振り下ろされた。


 パン


 エルツの手が金属を叩く音が響く。その直後、パイプオルガンから青い光が消えた。低い音も静まり、中空に投影されていた映像群も消える。エルツは『ユピテル』を停止させたのだ。


「ごめんアトパラ。その話には乗れない」


 ちょっとだけ躊躇ってから、エルツは返事をした。大きく息を吸い、吐き出す。


「……そうか、残念だ」


 アトパラは差し出した手を下ろした。エルツは身構えたが、しかしアトパラの視線はエルツではなく博士の方に向けられた。


「博士。『荷物』の準備は?」

「あいあい。連れてきてますヨー」


 博士はスキップする様な足取りで、制御室の入口から出て行った。そしてすぐに戻ってくる。一人ではない、兵士を連れている。


「……?」


 エルツが見つめる中、博士は兵士と一緒に制御盤の前へと戻ってきた。いや、兵士ではない。服装は兵士の物だったが、長銃を持っていない。その者は何か怯えた様子で周囲を見回し、博士に促されて制御盤の前に立つ。少女だった。そしてその手には枷が塡められていた。


「アトパラ何を」


 そう言いかけたエルツの声が止まった。青い光が、また周囲を満たした。パイプオルガンから低い唸り音が響いてくる。中空の映像も元通りだ。『ユピテル』がまた稼働したのだ。


「ッ! なんで?」


 そう言ったエルツの視線が強張る。見てしまった。枷を塡められた少女の手が『ユピテル』の制御盤に触れていた。それが意味することを理解するのに、数秒を要した。


 ——この子、王家の血筋を引いている?


「初代国王から数えて千年。いくら厳密に管理しようとも、全く外に血が漏れぬ訳もない。放蕩者はいつの時代もいるだろうからね。私も君も側室の子だろ、エルツ?」


 アトパラが淡々と告げる。どこから見つけてきたのか、アトパラは王家の血筋を継ぐ者を探し出していたのだ。


「……私は元々不要だったわけね」

「いや、君と新たな世界を作りたかった。それは本心だよ」


 ゆっくりと。アトパラは懐から短銃を取り出した。そしてその銃口をエルツに向ける。エルツも短銃を取り出し、構える。お互いの銃口が絡み合う。


「君は人は撃てない。そういう子だ」


 慈しむように。アトパラは目を細めた。





 ——銃声が、制御室に響いた。




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