【三十一】家出王女は世界を革命したい

 エルツが即席ロープを伝って降りた先は庭園になっていた。腰の高さほどの低木が綺麗に剪定され、幾何学的な通路を描き出している。各所には魔鋼器の灯りが設置され、庭園全体を青く照らしている。


 見張りがいない。さっき見た時には紫の肩章をつけた兵士が巡回していたのが、今は見えない。エルツは腰を低くし、周りを警戒しつつ走り出す。


 庭園を抜けると、広い石畳の道へと出た。見上げれば白塔が高くそびえる。石畳の道は白塔の周囲を沿うように緩やかな曲線を描いて左右に伸びている。そこから更に白塔へと伸びる道があり、エルツはその交点に立っている。


 石畳の上を走ってくる音がする。二人、三人以上。エルツは身構えてその方向へ振り向く。


「エルツ!」


 その集団の先頭を走っているのはフィエだった。その後ろに彼の仲間、筒を背負った少女と眼鏡の青年がいて、さらに最後尾に息も絶え絶えな博士が辛うじて走っている。


 エルツはそれを見て駆け寄る。フィエの脇を擦り抜け、最後尾の博士に抱きつく。擦り抜けられたフィエは立ち止まり、とても複雑な表情でそれを見つめる。


 エルツが両手で博士の肩を掴んで向き合う。


「貴方、行く方法知ってるんでしょ?」

「はぁはぁ……はて。どこへでしょうカ?」


 エルツは人差し指で天を指し示す。それを見た博士がにんまりと口を半月状にして笑う。


「モチロンですよ。その為にここまで付いてきたのですからネ」

「ここに何かあるっていうのか?」

「はいナ。灯台もと暗しというヤツですヨ」


 博士の視線をその場にいる全員が追う。その視線は星空を背景にした白塔へと向けられていた。








「どちらに向かわれるつもりですかな?」


 不意に響いた声にエルツが反応する。気がつけば、声の主であるインヴァネスが後ろに立っていた。フィエたちが身構える前に、暗がりから湧き出てきた兵士たちが周囲を取り囲む。皆、紫の肩章をつけている。長銃は持ってはいたが、その銃口は下に向けられたままだ。


 その囲みの一部が開く。ゆっくりと、初老の男が囲み中に入っていく。


「父様」


 エルツは博士から離れ、父親と向き合った。国王は、エルツの周りの面子を一人一人見つめた後、改めてエルツと向き合う。その口がゆっくりと開く。


「どうするつもりだ?」

「アトパラを止めて、魔鋼器を解放する」

「解放?」

「そう。一握りの人間が魔鋼器を独占するんじゃない。誰でも使える様に全部解放するの」


「馬鹿な。それでどうやって、魔鋼器を悪用する者から民を守るというのだ」

「みんなで考えればいい。良いことも悪いことも、誰かに任せるじゃなく、自分たちで考えていくべきだわ」

「それで上手くいかぬから、王国が出来たのだぞ」

「昔はそう。でも今でもそうとは限らない。王国が生まれて、帝国が出来て、そうやって進んできたのよ」


「……その道は、荊ぞ」

「私は、そう進みたいの」


 エルツの真っ直ぐな視線が、国王の瞳に注がれる。同じ青い瞳。国王はその視線を真っ向から受け止め、身動き一つしない。


 ——沈黙。

 不意に、国王の口が開いた。


「インヴァネス!」

「御前に」


 周りを囲む兵士たちの間からインヴァネスが歩み出て、国王の前に跪く。


「お主に『ウラノス』へ向かった者共の討伐を命ずる。人選は一任する」

「はっ!」


 インヴァネスは国王に対して深く頭を垂れ、そして立ち上がるとそのままエルツの前へと向かい、再び跪く。


「王女殿下、どうかお力をお貸しください」

「えっ…あ!」


 エルツは驚きの表情を浮かべる。その意図に気がついた。咄嗟に国王の方を見るが、既に彼は背を向けていた。声を掛ける間もなく、その姿は兵士たちの囲みの向こうへと消えてしまう。


「……父様」


 エルツは軍服の上から、ペンダントをぎゅっと握り締めた。



  —— ※ —— ※ ——



 国王はその場を歩み去る。兵士たちの囲みから抜けると、それを見守るように一人ユングが立っているのが見えた。国王はその傍に立ち寄り、呟く。


「国王とは儘ならぬものよ。娘の願い一つ聞いてやれぬ」

「あの子は分かっているさ。分かっているからこそ、ああやって噛みついてもくる。ホントだよ? ウチの娘なんてもっと冷たいんだから」

「ふん」


 二人の男は苦い笑みを交わすと、そのまま擦れ違った。



  —— ※ —— ※ ——



 ——朝。

 王都は、正確には白円城の中は大騒ぎとなっていた。四方の内城門から沢山の荷車が列をなして入城してくる。それらの荷車は貴族たちの上屋敷や官僚の建物、つまりあらゆる構造物に横付けしては、荷物を積み込んでは城外へと運び出していく。


 普段は城内では使えない鉄騎兵や航空船も使用も許可された。荷役たちの怒声があちこちで響き渡る。喧嘩も起きる。その騒動の鎮圧や交通整理に、七虹大隊まで投入されるぐらいの大騒動となっていた。


 何せ時間が無い。正午までに白円城内からの撤収が命じられたのだ。国王命令だった。それまでに撤収しきれない物品・人は全て失われると言われては、やるしかなかった。それは国王の居城たる主館も同様だった。とにかく全てのものを運び出せ。そういう命令なのだ。


「……ひどい騒ぎですな」


 エルゴンがその騒乱を離れた所から見ながら呟く。運び出す物の無い白塔の近辺は比較的静かだ。その白塔の入口には、三機の鉄騎兵が膝を突いて待機している。白、黒、深紅の鉄騎兵だ。


 エルゴンは「見届け役」として同行することになった。白塔を改めて見上げる。昨日までは無かった、青い光が各所から漏れている。これで宇宙とやらに行くのだ。はあ宇宙……宇宙かあ。何やら遠くまできちゃったなあ。


 白塔の入口から、インヴァネスが出てくる。


「エルゴン殿、搬入の用意が出来ました」

「分かりましたぞ、インヴァネス殿」


 エルゴンは白い鉄騎兵スフェーンに乗り込むと、白塔の入口へと進んでいく。その後に続いてインヴァネスも黒い鉄騎兵を移動させる。



  —— ※ —— ※ ——



 エルツは艦橋にいた。不思議な感覚だった。外の風景が九十度傾いている。地平線が頭の上へと伸びて行ってるのだ。艦内に居る限り、何でも「床」の方へ物が落ちていく。人工重力というヤツらしい。


「一人しかいないから準備に時間かかるヨ。でも一度動き始めれば、後は自動で『ウラノス』まで直行するカラ」

「そうなんだ」


 博士が一人忙しなく動いているのを、エルツはただ見ているだけである。暇だ。何か手伝おうとして操作盤に触ろうとしたら怒られた。艦橋の窓から横、つまり地面の方を見ると深紅の鉄騎兵が白塔の中へ入ろうとしているのが見えた。フィエだ。


「健気ですナ。命懸けでついてきてくれる。女としては羨ましい限りですネ」


 博士は操作盤の方を向いたまま喋る。何のことかは明らかだ。一瞬、エルツは無言でやり過ごそうかと思ったが、結局応じた。


「……そんなものかしら。勿論感謝してるわよ?」

「振ったことは後悔していないと?」

「誰から聞いたのよ」

「そんなの見てれば分かりますヨ」


 にはにはと博士が笑う。


「まあ恋愛対象としては落第点でも、結婚相手としては妥当かも知れませんナ」

「そんなものかしら」


 エルツにはよく分からない。


「っていうか。なんでアンタにそんなコト言われなきゃならないのよ」

「経験者からのアドバイスってコトですヨ」

「経験者?」

「コレでも二児の母ですし」

「…………は?」


 エルツは目を丸くした。



  —— ※ —— ※ ——



 太陽が空の真上に昇っている。白円城を取り囲む内壁の上には見物人で溢れていた。貴族から商人、大人から子供まで。一角には天幕が張られ、その下には国王が鎮座している。


 ごうん


 大きな物音がした。その地面から響く様な音は少しずつ大きくなり、ガツンと一際大きくなった途端に、地が揺れた。


 白円城内。白塔から内壁に至るまでの大地がゆっくりと動いていく。地面が白塔を中心に八つの区画に割れ、そのまま内壁を基点として中へと折れ曲がっていく。地面の上に築かれた建物が、その下に現れた穴の中へと崩れ落ちていく。


 出現した穴。それは巨大な発掘抗だった。白円城は発掘光の上に築かれた城だったのだ。しばらくの沈黙の後、中心に残った白塔の根本から膨大な熱気が吹き出し始める。天幕が激しく揺れる。国王はじっと、その光景を見つめていた。


 白塔は、白い航空船はゆっくりと上昇を開始した。船尾から噴出される熱気が船体を持ち上げ、加速度的にその速度を増していく。


 大きな弧を描く様に、エルツたちを乗せた白い航空船は空へと舞い上がった。その姿はあっという間に見えなくなり、一度だけ青い光を煌めかせて空の彼方へと消えた。







 その空には、『真昼の星』が流れていた。

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