【二十三】白い世界の青

 「うおおおおっ!」

エルゴンは吶喊していた。


 王国軍の後背を突く。なんと胸躍る役目であろうか。エルゴンは白い鉄騎兵スフェーンを駆り、雪降る中、王国軍の陣地へと突入する。


 単機であった。先の奇襲で四機中二機が行動不能になり、残り一機は医師を村へ届ける為に別行動している。使えるのは一機のみ。それでも命令を受領した。


 王国軍は、ジラン砦を扇形に取り囲む様に布陣していた。エルゴンはその中央部を突破する。そこには荷馬車が並んでいた。輜重隊だ。白い鉄騎兵スフェーンが駆け込みながら斧槍を振り抜くと、荷馬車とその荷物が四散しながら宙を舞う。突然の轟音に馬は驚き駆け出し、それに巻き込まれて幾人もの王国兵が跳ねられる。


 王国軍は前方にばかり注視していて、後方の防備は手薄であった。エルゴンの白い鉄騎兵スフェーンが荷馬車を蹴散らし、騎乗して随伴していた配下の兵士たちが野積みされた物資に火を付けて回り、そうしてからやっと王国軍の鉄騎兵が姿を現した。


『前方に撤収!』


 エルゴンは王国軍の鉄騎兵を体当たりで転倒させ、そのまま前方へと走った。配下の兵士たちもそれに続く。呆然とした王国軍の兵士たちが、回廊の壁のように立ち尽くしている。その兵士で出来た回廊をエルゴンたちは堂々と走り、そしてそのままジラン砦の中へと撤退した。


「はははっ、なんとも不甲斐ない事よ。もう少し反撃してくるかと思えば棒立ちとは」


 白い鉄騎兵スフェーンの胸部装甲を開け、エルゴンは新鮮な空気をたっぷりと吸いながら高笑いをした。奇襲は大成功だった。うむ、これが意匠返しというやつか。


「……ん?」


 エルゴンは機体を少し旋回させた。砦の真ん中辺りの、少し開けた所。赤い鉄騎兵が横倒しになっているのが見えた。角が生えている。はて、あんな鉄騎兵、帝国軍にあったかな? 王国軍から鹵獲したものであろうか。


「エルゴン伯爵様! お役目ご苦労様です」


 指揮官らしき将校が白い鉄騎兵スフェーンの足元まで来て声を掛けてくる。エルゴンは操縦席から地に降りて、互いに敬礼を交わす。


「うむ、貴官もお役目ご苦労。少しはお役に立てましたかな?」

「無論であります。物資が無くなれば士気は下がります。七虹大隊とはいえ人の子ですからな」


 二人の笑い声が砦に響き渡る。


「おや?」


 異変に気がついたのは、エルゴンだった。


 砦の奧に立っている金属の柱から、青い光が放たれている。柱に縦に走るスリットから漏れ出ている。金属の柱は全長十メートルはあるので、遠くからでもよく目立つ。鉄騎兵の倍だ。帝国でもよく見かける。昨日占領した村にもあった。


 その金属の柱先端部から、細い棒が伸びていく。細い棒は、更に斜めに分岐していく。それはまるで葉の葉脈に似ている。

 しばらくすると細い棒は、その全身から青い光を放ち始めた。


「なんだあれは……?」


 エルゴンたちがアイドウシチナ発掘抗での異変を知らされるのは、もう少し後のことになる。



  —— ※ —— ※ ——



 メスタは呆然としてた。


「これは、一体……?」


 アイドウシチナ発掘抗、その巨大な開口部が発光していた。正確には、開口部の縁の部分から何本もの金属の柱が伸びてきて、更にその先から伸びた細い棒が発光している。


 『ユピテル』だ。


 最下層に存在する大型魔鋼器が稼働し始めたのだ。しかしどうやって? アイドウシチナ発掘抗の開口部は勿論、その周辺の町も王国軍の支配下にある。帝国軍はその外の防衛線すら突破出来ずにいるのだ。


 しかし。封印された『ユピテル』が稼働している以上、それの意味するところは一つだった。エルツ王女がそこにいるのだ。


「ッ! 航空軍艦フレゼレクスベアと通信確保ッ! それと突入隊を編成する、大至急だッ!」


 メスタが命令すると兵士たちが散って行った。



  —— ※ —— ※ ——



 フィエは寒さで目を覚ました。


 火の匂いがする。首を傾けると、隣で焚火が燃えていた。更に身体を動かした瞬間、激痛が走って悶えた。悶えると痛む。痛むと悶える。それを何度か繰り返してようやく落ち着き、結局元の体勢に落ち着いた。


 天井は、岩か? どうやら洞窟の様だった。遠くから水滴が垂れ落ちる音が聞こえる。結構広い。


「お、気がついたか?」


 髭面の中年が顔を覗き込んできた。ユングだった。くたびれたカップを啜る。香りが漂ってくる。どうやらコーヒーの様だ。


「調子はどうだ?」

「……まあ、サイアクだね」


 フィエは腹を押さえつつ、上体を起こす。腹部の、撃たれたところには厚く布が当てられ、それを包帯がきつく押さえ付ける様に巻いてある。上体を起こし終えて一息つく。どうやら出血は止まっている様だ。


「何があったんだい?」

「分からん、いきなり撃たれた。帝国兵だろ?」

「ああ」


 帝国は味方では無かったのか。少なくとも、フィエを排除したいと思うぐらいには邪魔だったということか。まあ確かに帝国が必要としているのはエルツであって、我々傭兵ではない。


「フィー!」


 甲高い声が洞窟に木霊する。身動きが取れないフィエは、洞窟の入口から駆け込んできた物体をただ受け止めるしか無かった。マラウイだった。どしんと腹部に重いものが抱きつく。フィエの顔が歪む。でる、でちゃうよ。


「まマラウイ、ちょっと、手加減してくれ……」

「まったくもう、撃たれるなんて油断しすぎだよぅ! どうせ鼻の下伸ばしていたんだろ!」

「いや、そんなことはない」


 まあ送り届けて一安心していたのは否定出来ないが。鼻の下は伸ばしていない。むしろ古傷を抉られていたところだった。


「なんで振られたヤツにそこまでするかな。アタシには分からないよぅ」

「さあ、どうしてだろうねえ」

「ばか!」


 マラウイはフィエのシャツで涙と鼻水を拭ってから、その胸板をどんと叩くと、肩をいからせながら再び洞窟の外へと出て行ってしまった。


 入れ替わりでタハトが入ってくる。頭と肩に積もった雪をはたき落として、焚火の傍によって暖をとる。外はまた雪が降っているのか。


「で、どうだった?」


 ユングがコーヒーを注いだカップを差し出しながら聞く。タハトは啜る。暖かい。それだけで充分だ。


「言ってた通りだ。金属の柱、なんか動いていたぞ」


 この近くの山中にも金属の柱がある。タハトはそれを見に行っていた。金属の柱はその先端が伸び、青い光を放っていた。


「金属の柱って、あれか?」

「このタイミングで動くってことは、たぶんアレだろうねぇ」

「……『ユピテル』か」


 それはエルツがアイドウシチナ発掘抗に到達したということだ。これでエルツの目的は達せられたことになる。


 フィエはゆっくりと立ち上がる。片足をすこし引き摺って、洞窟の出口へと向かう。身体を動かして少し慣れてきた。出口に辿り着いた時には、フィエは普通に歩いていた。


 外は雪景色。風が吹くと、洞窟の中に雪が吹き込んでくる。だがあの時ほどではない。あの時は、本当に目の前が真っ白になるぐらい降っていた。



 ——あの白い世界の中。



 フィエには確かに見えたのだ。金色と、そして青い瞳が。それに魅せられて、フィエは手を差し出していた。


『助けが必要か?』


 それが出会いであった。








 「さて、どうするね?」


 ユングが背後から問う。フィエには、その顔がニヤニヤしている様にしか見えない。それがちょっと気に入らない。掌で踊っている様だ。でも答えは決まっていた。


「これが惚れた弱みってやつかねえ」


 フィエが肩を竦める。


「いや、ちょっと引くわ。お前結構粘着質だったんだな」

「しつこい男は嫌われるよ」


 タハトとユングの容赦無い発言に、フィエは涙した。

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