【二十二】『ユピテル』


 航空軍艦フレゼレクスベアはゆっくりと回頭する。白い航空軍艦ニアムラギラに対して舷側を見せる。その舷側の装甲の一部が内部に格納され、中から火砲の砲身が露出する。一列に二十門。それが上下二段に並んでいる。

 一部は先程の接触で破損したのか、装甲が歪んで砲身が出ていない。それでも三十六門の砲身が白い航空軍艦ニアムラギラに向けられていた。


 一斉に火砲が火を吹く。黒色の煙で艦体が覆われる。放たれた砲弾は雪の降る空を鋭く飛翔する。白い航空軍艦ニアムラギラは回頭しつつ上昇する。その艦底を砲弾が掠めていき、やがて背後の山々に着弾する。


 白い航空軍艦ニアムラギラも反撃する。回頭上昇しつつ、一列十五門の火砲が放たれる。その砲弾は、加速した航空軍艦フレゼレクスベアの艦尾を擦り抜ける。命中しない。


 加速から上昇に転じる航空軍艦フレゼレクスベア。両艦の軌跡が螺旋を描き、絡み合う昇竜のごとく舞い上がっていく。


 黒い雲海に下から入り、上方へと抜け出す。青い空と眩しい太陽が出迎える。両艦が同時に斉射し、命中する。艦体が震える。しかし双方、模様の様な弾着痕をつけただけでその舷側装甲が貫かれることは無かった。


 雲海を下に見ながら、巨鯨が大海を征くが如く遊弋し、二隻の航空軍艦は再び距離を取った。



  —— ※ —— ※ ——



「損害軽微!」


 艦橋に乗組員からの報告が上がる。カーディフはそれを聞いて顎を撫でる。魔鋼器に使われている金属は固い。それが全長百メートルを超える大型航空軍艦ともなれば、遠距離での火砲では貫けない。なので火砲を据え付けている開口部へ弾が飛び込むことを期待するするしかないが……。


 二隻の航空軍艦は平行に並んで航行し、火砲を撃ち合っている。時折命中弾が艦橋を震わせ、遅れて損害報告が入る。それの繰り返しだ。


 火砲の数から言っても航空軍艦フレゼレクスベアが優勢だ。倍以上の砲門数である。しかし決定打は得られていない。火砲の威力を上げる為に航空軍艦フレゼレクスベアは距離を詰めようとするが、白い航空軍艦ニアムラギラはそれを嫌ってか距離を取る。


「艦長、どう見る?」

「時間稼ぎかと。増援の目算があるのかも知れません」


 カーディフもその意見に賛同した。艦の規模からして、単艦では航空軍艦フレゼレクスベアに対して勝算は低い。増援を待って反撃に出るか、もしくは足止めが元からの目的なのか。より小さい艦で大型艦を拘束しているのだ。戦術上の話であれば、帝国軍の方が上手くやっている。


 搬入できた弾薬の数もそれほど多くは無い。時間稼ぎにはつきあえない。


「艦長、例の作戦で行こう」

「はっ。左舷一番から十番まで、発煙弾を装填!」


 艦長の命令が、乗組員の伝令装置を通じて火砲担当へと伝えられる。火砲の尾栓が開けられ、通常弾とは色の違う弾が火薬と共に装填される。


「撃てっ!」


 航空軍艦フレゼレクスベアの上段、艦首から十個目まで火砲が火を吹く。それぞれの弾は横一列に飛び、白い航空軍艦ニアムラギラに命中する。その刹那、その純白の艦体が煙に包まれる。艦橋も包まれ、視界を失う。


 それは一瞬だった。白い航空軍艦ニアムラギラはすぐに煙を突き抜ける。だがそれで充分だった。


「緊急加速ッ!」


 艦長が号令する。航空軍艦フレゼレクスベアの艦尾、四つに分かれた大きな筒から空気を吸い込む音がしたかと思うと、転じて膨大な熱気を吹き出した。

その熱気を推進力に変えて航空軍艦フレゼレクスベアが急加速する。激しい振動が艦橋を襲い、カーディフは座席にしがみつく。


 白い航空軍艦ニアムラギラに転進する間は無かった。急加速した航空軍艦フレゼレクスベアがあっという間に二隻の間を埋め、その艦首が白い航空軍艦ニアムラギラの腹部にめり込む。金属の軋む音が、鯨の悲鳴の様に響き渡る。


 航空軍艦フレゼレクスベアの艦首が装甲を抉る。そしてぐらりと白い航空軍艦ニアムラギラの艦体が横に傾くと、艦首を下にして降下しはじめた。艦体が横転すると、中の乗組員や荷物はどうなるか。制御を失った白い航空軍艦ニアムラギラは雲海へ没していき、更に下の雪降る地上へと落下していく。


 轟音が響き渡った。


 険しい山肌を削りながら白い航空軍艦ニアムラギラは艦首から谷底へと落ちていき、そしてそのまま艦底を空に晒す状態で横転して沈黙した。所々で爆発音がする。積載した弾薬が誘爆しているのだろう。その上空へ航空軍艦フレゼレクスベアが降下してくる。


「勝ったか」


 カーディフは望遠鏡で、青い光が消えゆく白い航空軍艦ニアムラギラを見ていた。むふうと息を吐く。戦果は上々だった。帝国における最大級の大型艦を屠った。これで戦局は断然に有利になる。しかも我々には、まだ浮揚していない二番艦もあるのだ。


 これで、アイドウシチナ発掘抗での戦闘は事実上決着した。地上に残った帝国軍は航空軍艦フレゼレクスベアで容易に制圧出来る。いや戦うまでも無い。航空軍艦フレゼレクスベアが周囲を遊弋して補給路を断つだけで、帝国軍は三日と継戦できないのだから。







「で、殿下……」


 艦長が呼ぶ。カーディフが振り返ると、その唇が震えている。


「どうした?」

「……アイドウシチナ発掘抗が、帝国軍の手に落ちたと……」

「何ッ? 防衛線を突破されたのか!」

「いえ、それが……突然坑内に帝国軍が現れ、最下層を占拠されたと」

「馬鹿なッ!」


 カーディフは慌てて艦橋の反対側へと駆け寄る。航空軍艦フレゼレクスベアが浮上すると、遠く山々の峰の影に隠れていたアイドウシチナ発掘抗が見えた。その抗が、青く発光している。


「『ユピテル』が、稼働しているだと……?」


 カーディフは愕然とする。アイドウシチナ発掘抗から発せられる青い光。それは『ユピテル』が開封されたことを意味していた。

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