【二十四】始動する遺産
——二時間前。
上空で静止していた
山の麓。そこに可翔機で揚陸した一団が集合している。三機の
彼らの目の前、なだらかな斜面の一部が切り崩されている。木々は伐採され、掘り出された土砂が周囲に積まれている。非武装の鉄騎兵が一機駐機している。この鉄騎兵で作業を行ったのだろう。
切り崩された斜面には、金属の扉が露出していた。高さ幅ともに五メートルほどはあろうか。鉄騎兵が辛うじて通れるぐらいの大きさだ。
エルツはその扉に手を触れる。すると扉に青い光が紋様の様に浮かび上がり、ゆっくりと横にスライドし始める。冷たい空気が吹き出してくる。中は、斜め下へと続く通路になっていた。明かりがゆっくりと奥に向かって灯っていく。
「これは……」
「斜抗だヨ」
博士はにんまりと笑う。エルツは顔をしかめる。斜めの抗。それは見れば分かる。しかしエルツの様子には無関心な様に、博士はアトパラに声を掛けた。
「雇い主殿、どうやら作戦は成功だネ」
「まだ油断は禁物だ。」
「どういうこと?」
「この斜抗はアイドウシチナ発掘抗に通じている。文献が正しければ、丁度中腹ぐらいに出るはずだ」
アトパラが博士に代わって説明する。博士はにはにはと笑いながら、斜抗の内部へと小走りで走っていく。その後に四人の白衣が続く。斜抗の中で、何やら操作盤の様なものを弄っている。
「……こんなものがあったなんて知らなかったわ」
「王国は王家七抗を神聖視するあまり、詳細な研究をしてこなかった。そのツケというべきだな」
アトパラの言い様は、少し冷たさを感じた。エルツがちらりと視線を上げる。アトパラの表情はよく見えなかった。
「それも変わる」
その視線に気がつかなかったのか、アトパラはそのまま斜抗の方へと歩き去った。
—— ※ —— ※ ——
斜抗の地面は昇降機になっていた。操作方法は博士たちが簡単に解明した。一機の
速度はかなり出ている。吹き付ける風がエルツを金髪を掻き乱す。横に立つアトパラを見る。彼はじっと斜抗の奥底を見つめている。何を考えているのか、よく分からない。でもエルツはそれを気にしたことが無い。そういう時は聞いていたからだ。
「アトパラは、これからどうするの?」
曖昧な質問だなと思った。自分でも良く分かっていない。たぶん、アトパラがどんな答えをするのか、それに興味はあった。
「魔鋼器を、もっと自由に使える世界にしたい。人類はもっと進歩すべきだよ」
アトパラの答えは、帝国皇子としてのものだった。
「進歩?」
「そう。貧困、飢餓、病疫、そういったものを人間は技術を進歩させることによって一歩ずつ克服してきた。魔鋼器はそれを大きく飛躍させうるものだ」
「そっか、進歩か……」
エルツにはピンと来ない。ただ、母は病気で死んだ。それが少なくなるのではあれば、良いことだと思う。飢餓も、帝国が食料の大量生産に成功したから大きく減ったと聞く。そうか、進歩か。
「この戦争を終わらせたら、魔鋼器を管理する仕組みを作りたいな。王国の様に制限を掛けるのではなく、積極的に使っていく方のね」
アトパラはエルツに向かって笑った。その笑顔に対して、エルツも笑って返す。
「その時は、エルツにも協力してほしい」
「ええ、分かったわ」
ちゃんと笑えてただろうか。エルツは心配してが、アトパラは気に留めた様子は無かった。
——ああ、そうか。
「私」には興味が無いんだな。エルツはそう気がついてしまった。
—— ※ —— ※ ——
昇降機は終点に到着した。終点には扉があった。昇降機が停止すると、扉は自動的に開く。最初に兵士たちが出て行き、鉄騎兵が続く。しばらくして兵士の一人が戻り、異常のないことを伝えるとアトパラとエルツ、そして博士たちが外へと出る。
——アイドウシチナ発掘抗。
直径二百メートルとの巨大な穴が、エルツの前に姿を現す。壁は金属で覆われ、螺旋の通路が上から下にまで続いている。
上を見上げると、壁面に引っかける様な形で大きな筒状の物体が視界を塞ぐ。航空軍艦二番艦の艦尾だった。艦尾には四つの筒が見える。幾つかの通路が架けられていたが、人の気配はしなかった。
下は、暗かった。仄かに光る青い光が見える。最下層。そこに『ユピテル』はあるはずだ。
エルツは兵士たちの先導の元、螺旋の通路を下へと向かった。博士の仲間の内、背の高い男だけが残った。斜抗の昇降機で後続を降ろす為だ。アイドウシチナ発掘抗の深さは千メートル。途中からとはいえ、随分の深さを下ることになる。通路は時折平坦な部分を交えながら、かなりの急角度で降りていく。ヒールとかだったらふくらはぎが死ぬレベルだ。
やがて。底が見えた。円形の最下層には何も見当たらない。多分王国軍が後で設置したであろう木造の小屋と、そして青い光を放つ青い鉄騎兵と王国軍兵士たちの姿が見えた。七虹大隊の青だ。
突然、
「あっ!」
エルツが思わず叫んだ時には終わっていた。
「アトパラ!」
エルツは叫んだ。
「分かってくれ。今ここに居ることを知られるわけにはいかない」
「でもッ!」
アトパラの前に躙り寄る。が、その後の言葉が出てこなかった。そうだ、これは戦争なのだ。人が殺し合いをしている。お互いの主張を通す為に。
であれば。エルツに出来ることは一つだった。エルツは螺旋の通路を駆け出した。慌てて兵士が付いてくるが気にしない。途中通路から最下層へ飛び降りると、真っ直ぐ反対側の壁際へと走った。
見えていた。その壁際には扉がある。
「『開け』ッ!」
エルツが叩け付ける様に扉に触れると、青い光の紋様を発して扉は開いた。中は通路になっていて、更にその先が大きく開けていた。
「ここは……」
エルツにはその場所に見覚えがあった。聖堂のような広い空間。パイプオルガンの様な構造物。そして制御盤。幼い頃、父と一緒に見たものと一緒だ。
エルツは察した。これが『ユピテル』なのだと。ゆっくりと制御盤に指を触れる。制御盤が発光し、続いて薄暗かった室内が明るくなる。低く震える音がしたかと思うと、それはまるでピアノの音階の様にゆっくりと高さを上げていく。
中空には、地図の様なものが映し出される。いや地図そのものだ。この大陸の地図だ。それは今まで見たことのある地図よりも精密で、見知らぬ大陸すら描かれている。その地図上には、数多くの光点が示され、見知らぬ文字が浮かんでは消えていく。
「おおっ、素晴らしイ!」
いつの間にか傍にいた博士が歓喜の声を上げた。大きく手を広げ、目を見開いている。後に続いて入ってきたアトパラも、思わず歓喜の溜息をつく。
「これが、『ユピテル』か……!」
アトパラの褐色の肌が、いつになく紅潮していた。
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