【十二】伯爵様のお通りだい

 エルゴンは不満だった。


 前進する度に揺れる鉄騎兵の操縦席で、その中年太りの腹が揺れている。ふくよかな顔つきは整っていて、充分美形であった。半世紀前であれば、それだけで社交界で人気者だったであろう。だが悲しいかな、豊かさの象徴としてふくよかさが持て囃された時代は過ぎた。今は痩身が流行である。せめてあと一世代早ければ……そう言われるのがエルゴンは不満だった。普通そう言うことは本人には言わないだろう、ということも不満だ。無論配下の者はそんなことは言わない。都度言ってくるのは母上であった。


 エルゴンは帝国に属するチャド伯爵家の現当主である。

今回の戦に際しては満を持して鉄騎兵を四機を持参した。伯爵位としては結構な数である。しかし帝国軍は総数二百余の鉄騎兵を揃えており、四機揃えて軍令部に出向いた際も正直あまり芳しく無い反応であった。出迎えに出てきた将官は「まあ末席にでも加わっておけば?」みたいな顔をしていた。それが不満だった。


 今や帝国において、貴族階級は没落していく一方である。エルゴンが成人した年に、大乱が発生した。原因は帝国皇家と大貴族の間での主導権争いだった。大乱は帝国皇家が制し、多くの貴族が廃された。その後も帝国皇家による改革の余波で貴族、領地持ちの数は減る一方である。


 チャド伯爵家は大乱において中立を守り、なんとか滅亡を免れた。しかしこの時流である。何か功績を立てる必要はあると、エルゴンは考えていた。失敗無くても成功なくば生き残れない。それが今の帝国の時流であった。


 だからエルゴンは、帝国皇子の申し出を受けた。


『帝国本軍では無く、私の直下である先遣隊で動いて欲しい』


 帝国皇子とは第四皇子アトバラ・メジェルダである。エルゴンはアトパラが帝位継承競争の中で有力候補だと見ていた。大きな後ろ盾は無いが士官学校を卒業後、軍内に着実に地歩を築いている。新興商人と手を組み、極北諸国との交易を拡大したとも聞いている。成功者が生き残る。アトパラは今の帝国の気風を体現していた。


 だが、エルゴンは不満だった。


 先遣隊に入ったのは良かったが、配属先の任務が偵察だった。エルゴンが苦心の末用意した配下の部隊は、鉄騎兵のみで構成した最新の部隊編成なのが自慢であった。最前線に投入され、王国軍をばったばったと薙ぎ倒せるはずの部隊である。それが、偵察。


 それでもその偵察任務を受けたのは、紛いなりにも王国領へ真っ先に突入する任務だったからだ。不満を述べ意見を通すのに、エルゴンには実績が足りなかった。それは本人も充分に承知していた。だからまず、実績を積むことから始めよう。エルゴンはそう思った。


 街道沿いには関所や砦が設けられている。だからエルゴン麾下の先遣隊は山岳地帯を鉄騎兵で強行突破してきた。鉄騎兵は二足歩行で跳躍力もある。山道すら無い地域を走破するには適していた。


 純白の鉄騎兵には足場が取り付けられ、荷物と歩兵を二人ずつ乗せている。それが四機、一列になって進んでいる。また雪が降り始めていた。山岳地帯を越え、今は緩やかな下りの傾斜が続いている。既に国境線は越えている。今のところ何者とも接触していない。


 不意に。先頭の鉄騎兵が止まった。後続も止まる。エルゴンの鉄騎兵は最後尾だった。しばらくすると先頭の鉄騎兵に乗っていた歩兵が走ってきて、エルゴンの鉄騎兵の前で手を回した。エルゴンは操縦席のハッチを開ける。


「どうした?」

「伯爵様、魔鋼器の光が見えます! 左方向の山中!」

「んんー?」


 こんな辺境で魔鋼の光を見つけるとは。王国軍の砦が駐留地か。鉄騎兵の頭を巡らし、青い光の方に向ける。操縦席の操作盤を操作すると、画面に映し出された映像が拡大される。青い光は三つ。いずれも木造の小さな小屋から発せられている。砦には見えないし、兵隊の姿も見当たらない。ただの村落だ。


「こんな辺境に魔鋼器ねえ」


 エルゴンはふくよかな顎を撫でた。不夜城を頂く帝国でも、辺境にまで魔鋼器が行き届いている訳ではない。王国は魔鋼器の主産地であるが、その愚かな方針故に魔鋼器の実働数は他国に比べて多い訳ではない。


 そういえば、王国の王女を保護する様にとの追加指令が来ていたのを思い出す。こんな辺境部になんで王族がいるのかと思ったが……。これは『当たり』か?


「進路変更だ。あの村に向かう!」


 エルゴンは配下の兵たちに指示を出し、自らも鉄騎兵の進路を青い光の方へと向き直した。



  —— ※ —— ※ ——



「あれは……」


 森を蛇のように貫く街道上に、馬に乗った三人がいた。猟師と、兵士二人である。兵士の一人は、山の中腹ぐらいに光る淡く光るものを見つけて呟いた。その色は青い。


「なんだろな? うちの村の辺りだが……」


 猟師は首を傾げる。彼は村長から言われて砦へ向かっていた。その途上、王国軍の兵士たちと遭遇したのだ。


「それよりも今の話、間違いないな」

「あ、ああ。お役人が探していた、ほれ、傭兵と紫色の軍服の連中だよ」

「分かった。では我々が行こう。村まで案内出来るか?」


 兵士たちは馬首を巡らせ、猟師が来た方向へ向き直る。猟師もそれに習って馬を反転させる。


「お役人はいいのか?」

「元々我々が探していた連中だ。ここの役人には私から説明しておこう」


 ふむと納得し、猟師は馬を走らせた。兵士たちがそれに続く。馬の足であれば、暗くなる前に村に到着出来る距離だ。


 馬上で揺れる兵士たちの肩章の色は、青かった。



  —— ※ —— ※ ——



 空を見上げれば、灰色の雲が低く立ち込めている。風は無い。雪がゆっくりと舞い降りる。そろそろ日が傾き始めている頃だが、その気配は感じられない。もう充分冷え込んでいた。


 地面には白い雪がうっすらと積もっている。まだ泥濘んでいる。もう少し降れば、歩くと雪を踏む音が聞こえるようになるだろう。


 フィエは木々の間を縫うように進んでいた。道は使わない。木の幹に身体を寄せ、斜面の下、川とそれに並ぶ本道の方を見る。男が一人、村落の奧の方から歩いてくる。先程の猟師、プラナだ。頭を搔きながら何やら呟いているが、ここまでは聞こえない。


 そのまま奧へと向かう。段々と村は細くなり、斜面が急になったところに村長の家があり、川は滝となっている。滝の高さは十メートルほど。ほぼ垂直。フィエであれば登れそうだが、普通の人には難しいか。


 周囲の気配に気をつけながら周囲を探索する。村の本道はここで途絶えていて、広場の様になっている。村長の家の窓からは明かりが見える。隣接する馬小屋や納屋には何もいない。


 馬小屋と納屋の間は広く空いている。フィエはその間を通り、奧へ入る。裏手は急な斜面に木々が生えている。その間。


 ——山道か。


 下草が生えて地面は見えないが、木の間が丁度馬一頭が歩けるぐらいの幅で開いていて、ずっと奧まで続いている。方角的にはこの先に目的地の峠がある。


「……ん?」


 フィエは振り返った。小走りで広場まで戻り、村落を見下ろす。弧の字型の地形の先に村の境界を示す柵が巡っている。フィエの視線は更にその先、山から続くなだらかな斜面へと向けられている。


 ちらりと。光が見えた。遠くてはっきりはしないが、恐らく複数。こちらへ向かって来ている。それは普通の光ではない。魔鋼の青い光だった。

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