【十四】——銃声

 堂々と現れたエルツを見て、村長は目を丸くした。


 紛いなりにも王国領であるこの村に帝国軍が来た。それの意味することは一つ。戦争が始まったということだ。こんな辺境の村で王国の役人が王族を探していて、実際に王女様が現れて、そして帝国軍まで出てきた。これらの間に何の関係も無いとは考えられない。


 村長は、王女様を匿うことにした。王国に対して忠誠心というものはあまり無い。ただ山の男は男気に溢れていた。か弱い少女を軍隊に差し出すなどというのは、彼の矜持が許さなかった。


 というのは嘘である。


 プラナが村長の所に帝国軍が来たことを報告に来た時、彼は厄介事を嫌って王女を差し出すつもりでいた。その尻を蹴り上げたのが、彼の妻であった。


『親切にしてくれた娘っ子を王国に差し出すかー帝国に差し出すかーって、アンタはそれでも男かい!』


 比喩では無い。村長は本当に蹴り上げられた。男気に溢れていたのは彼の妻の方であった。とっとと断ってこい! と、家を叩き出される村長を見て、集まっていた村の男たちは山の女の強さに震え上がった。


 そんな訳で、村長はエルツを差し出すつもりはなかった。のらりくらりと時間稼ぎをして、その間にプラナに命じて王女とついでに傭兵も村の外へと逃がす。そのつもりであった。



 —— ※ —— ※ ——



 堂々と胸を張るエルツのすぐ後ろで、フィエは情けない顔で様子を伺っていた。帝国軍が来たことをエルツに伝えに言った時、彼女は夕食を食べ終えた直後だった。ごちそうさま。いいなあ、オレ何も食べてない。


「帝国軍? 丁度良いじゃない。その者たちに案内してもらえば」


 エルツは素直に喜んでいた。席から立ち上がって外へ出て行こうとするのを、フィエは手を掴んで止める。


「ちょっと待て。今来てる連中がアトパラの部下とは限らないだろ?」

「そんなの、直接聞いて確かめればいいじゃない」


 エルツは掴まれた手首を逆に掴み返すと、強く引っ張ってフィエを引き摺るように駆け出した。いや、ちょっと様子を見てからでも、というフィエの言葉は発せられることは無かった。フィエは諦めていた。言い出したら基本、エルツは曲がらない。士官学校時代の経験からフィエは深く深く学んでいた。


「おいッ! 馬は用意したぞ。村長が時間稼ぎしてるから、その間に……って、あれ?」


 プラナが自宅へ飛び込んだ時には、もうエルツたちはいなかった。スフミだけが残っている。プラナが連れてきた馬が自宅の前でぶるるんと嘶く。


「あなたがぐずぐずしているから、先に行っちゃったわよ」


 スフミはテーブルの上に残ったパンを布のバッグに詰めながら、にっこりと笑った。



 —— ※ —— ※ ——



 ——本物だ。


 エルゴンは慌てて搭乗していた鉄騎兵スフェーンから降りた。エルツの立つ橋のたもとまで駆け寄り、軍服の襟を正してから片膝をつき頭を垂れた。二年前、エルゴンは帝国使節団の一員として王都を訪れて、その際に王室一族に拝謁している。その中に第三王女としてエルツの御姿はあった。衣服は今は庶民の物を着ているが、金髪と青い瞳、そして気の強そうな顔立ちは良く憶えている。間違いない。


「エルツ王女殿下、お久しぶりでございます。私は帝国チャド伯爵領の領主、エルゴン・チャドであります」


 エルゴンは一段深く頭を下げる。歩兵たちがその後ろ斜めに控え、同じく片膝をつく。更にその後方を長老を筆頭とした村の男たちが取り囲む。彼らはただならぬ雰囲気にひそひそと囁き合っている。


「……ごめん、どこかで会ったかしら?」


 少し申し訳なさそうにエルツが呟く。エルゴンは落胆したが、すぐに気を取り直した。王族が他国の一貴族のことを憶えている訳も無い。


 むしろこの場合は従者に問題がある。エルゴンはちょっとだけ顔を上げ、エルツの後ろに立っているフィエを睨んだ。こういう時は! 従者が主人に耳打ちしてこそっと知らせるものだろうが。フィエは突然睨まれて狼狽する。フィエには睨まれた理由が分からない。


「まあいいわ。私のことを知っているのなら話が早いわ。チャド伯爵、貴方どこの……いえ、アトパラ皇子と連絡が取りたいのだけれど、出来る?」

「はっ。私はアトパラ皇子殿下の命を受け、王女殿下をお探ししておりました。」

「アトパラが?」

「はい。お探しして保護するようにと」

「そう」


 エルツは少し目を細めた。口角が上がる。


「アトパラ……皇子はどこにいらっしゃるのかしら? 合流したいわ」

「作戦行動中につき、正確な位置に関してましては不明であります。が、鉄騎兵の遠隔通信にて連絡は可能であります。この件をご報告すれば、皇子殿下もお喜びになるでしょう」

「そうね。お願いできるかしら?」

「はっ!」


 エルゴンはすくっと立ち上がり、反転した。ぶるんとお腹が震える。遠巻きにしていた村民の間を掻き分けて、鉄騎兵スフェーンに向けて走る。歩兵たちも一礼してからエルゴンに続いていった。



 —— ※ —— ※ ——



「……なんか、あっさりだったわね」


 鉄騎兵をよじ登っているエルゴンを見ながら、エルツは複雑な表情を浮かべた。ここ数日アトパラと合流しようとして四苦八苦していたのは一体何だったのか。まあ苦労してここまで来たから何とかなっている、と思うことにした。


 アトパラが手を回してくれていたのは、正直嬉しかった。開戦寸前のこの微妙な時期である。ともすれば、その行動が開戦の引き金になりかねない。アトパラはそういった自身の立場が悪くなりかねない手をあえて取ってくれた。それが嬉しかった。


 フィエが話しかけてくる。


「相手がエルツのことを知ってて助かったな。もっと揉めるかと思ったよ」

「そうね。さすがアトパラ、手際が良いわ」

「手際悪くて、申し訳ございませんでしたね」

「あら嫉妬?」

「帝国の皇子様と比べられてもねぇ」


 フィエはぷいっと明後日の方向を向いた。にんまりと笑ってエルツは回り込む。フィエは反対側に回る。エルツが逆回転で回り込む。残念、見えなかった。


「あら、楽しそうに何してるのかしら?」


 二人がじゃれ合っていると、スフミがやってきた。布のバッグを右肘に提げている。その後ろには馬を引いたプラナがついてくる。プラナはフィエに耳打ちする。


「一体どうなってるんだ?」

「あー。まあ簡単に言うと、あの帝国軍は味方でしたって話かな」

「はー、そうなのか」


 改めてプラナは、人が集まっている鉄騎兵の方を見つめて吐息をついた。よく分からないが、事態は解決したらしい。遠くの村長と目が合い、村長は肩を竦めてみせた。

 エルツはスフミと両手を取り合った。


「もういっちゃうのよね?」

「うん、夕食美味しかったわ。」

「ふふ、ありがとう。あんなものでよければまた食べに来て。歓迎するわ」

「絶対また来る」

「あ。それでね、これ持っていってちょうだいな」


 スフミは提げた布のバッグを開いて見せた。





 ——銃声。





 ぱっ、と。

 エルツの視界で赤いモノが広がった。少し金気臭い匂いが鼻腔を突く。それは、血の臭いだった。


「スフミ!」


 プラナの悲鳴と共に、スフミはその場に倒れた。

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