【七】殺せ

 発掘抗とは地に穿たれた縦穴のことである。


 大陸南部を中心に分布し、その穴からは旧文明の遺産である魔鋼器が発掘されることで知られている。


 大きさ、深さについては様々である。直径は小さいもので三メートル、最大のもので五百メートル。深さも極めて浅いものもあれば、未だ最深部にまで到達していないものもある。


 いずれについても共通するのは、開口部がほぼ真円だということ。それは発掘抗が人造物であることを如実に物語っている。


 発掘抗を残した旧文明がどのような文明であったのか。詳しくは分かっていない。魔鋼器の大きさから、旧文明人が現生人類とほぼ同程度の大きさであったことは推察されている。だが旧文明人が直系の祖先であるかは不明だ。今現在に至るまで、旧文明人の遺骨が発掘されたことはない。旧文明が残したものは発掘抗と魔鋼器。ただそれだけなのだ。





 ——アイドウシチナ発掘抗。


 それは帝国との国境に近い王国北部に存在する。直径二百メートル、深さ千メートル。王国でも有数の大型発掘抗である。


 発掘抗の北側三方を山脈に囲まれていて険しい崖になっている。南側にはなだらかな丘陵が続き、その一部が整地され平たくした部分に町が築かれている。発掘作業をする作業員たちとその家族の為の町だ。人口は発掘状況によって変わるが、最大で一万人以上が居住できる様になっている。商店は勿論、歓楽街も存在する。


 軍隊の駐屯地も隣接していて、二十機ほどの青い鉄騎兵が駐機しているのが見える。魔鋼器は物によっては戦略物資の側面もある。その為、軍隊による厳重な警護が成されている。


 街道は町の南端から南と西に伸びている。南への街道は丘陵地帯を抜け、平原へと続いている。その先にあるのは王都だ。街道上には、荷車の列が発掘抗目指して北上しているのが見える。西への街道は谷間へと入る。ここからは見えないが、そのまま山脈を抜けると森林地帯が広がっている。


 昨日まで降り続いていた雪も今は止み、朝から作業が再開されていた。発掘抗の開口部には何本もの橋が渡され、その上には起重機が設置されている。起重機は可動部から淡い光を発しながら、貨物を穴の底へと運び込んでいる。


 橋の上から穴の中を覗き込む集団があった。紫色の軍服を着た青年を中心に、青い肩章をつけた軍人、白服の学者などが居並び、それを護衛の兵士たちが囲んで周囲を見張っている。


 紫色の軍服を着た青年はカーディフ・シルバン・スナイフェルス。王国第二王子である。癖のある髪を後ろでまとめている。まだ二十歳そこそこだが、口髭の存在が彼の見た目を年齢以上に見せている。


「二番艦の作業は一旦中止。一番艦の浮揚が最優先だ」


 カーディフは周囲に命じ、穴の中を覗き込んだ。橋の上から覗くと扁平な円柱状の構造物が二基、直立した形で穴の内壁に吊されているのが見える。巨大な塔のような構造体。全長二百メートルはある。それは大型の航空軍艦だった。


 橋の向こうから学者の一人が駆けてきた。彼は王子の取り巻きの学者たちに合流し、何事が言葉を交わしたのち、カーディフの前に歩み出た。


「殿下。一番艦、動力炉までの通路確保出来ております。予定通り、稼働いたしませぬ」

「そうか」


 カーディフは短く応じると、学者たちの先導に従って歩き始める。橋上から穴の中へと伸びる階段があり、それは航空軍艦の中腹へと架設されている。彼らは階段を降り、艦内へと入る。艦体が倒立している為、通路は幅が広く低い。艦内は暗く全く光を発していない。代わりに所々に魔鋼灯が吊されている。腰を屈めて歩き、梯子を渡り、更に奥へと進んでいく。


 やがて。広い空洞へと出た。


 恐らくは航空軍艦の中心ぐらいであろう。幾つもの幾何学的な形状をした柱が右の壁から生えている。それは巨大なパイプオルガンの様でもあった。柱にはスリットが模様の如く入れられている。その柱群の前に操作台らしきものが据えられている。空洞内には木材で櫓が組んであり、操作台前まで階段で昇れるようになっていた。


 カーディフはその階段を昇り、操作台の前、横だろうか、に立つ。台には細かいスイッチ類が生えている。機械にもあるのかどうか、『これは』生きていない。


 手袋を脱ぎ、愛玩動物の喉を愛でるかのように、その台に触れる。





 ——王家七抗と呼ばれる大型発掘抗がある。

 古より知られている発掘抗だったが、そこから発掘される魔鋼器は何故か稼働しなかった。発掘される魔鋼器の中には人型の巨人、のちの鉄騎兵もあった。人々は壊れているのだと考え、発掘抗と魔鋼器は一旦は忘れ去られた。


 そうは考えない者がいた。


 『封印』。

 七つの発掘抗には旧文明人の封印がされている、旧文明人の血を引く自分が封印を解けば動き出す。のちに初代国王となった始祖が触れると、その言葉通り巨人は光を取り戻し動き出した——。

 王家に伝わる伝記にはそう記されている。





 王子が触れると台に光が宿る。スイッチ類の隙間から光が漏れ、間を置いて正面の柱群が発光し始める。おおっ、といつの間にか王子を取り囲んでいた学者たちから感嘆の声が上がる。

 伝説で語られる『開封の御手』、それが眼前で行われた。伝記は正しかったのだ。


 カーディフはその場を学者たちに任せると艦外へと戻った。航空軍艦の艦体の各所にはさっきまで無かった光が灯っている。艦体より響く低い音が時折、橋の構造物と共鳴して震える。


 橋上は慌ただしくなっていた。橋の上から待避する様に号令が響き、艦内へ急ぐ者と橋の外へ待避する者でごった返す。


 青い肩章をつけた軍人がカーディフを待っていた。軍人は敬礼で王子を向かえ、二人は橋の上を穴の縁に向けて歩き始める。

軍人の名はメスタ。このアイドウシチナ発掘抗を警護する七虹大隊、青の大隊長である。


「航空軍艦の無事起動、おめでとうございます」

「うむ、これで航空戦力は我が王国が圧倒的に上回る。航空艦隊で帝都を急襲して、この戦はオシマイだ」


 カーディフは肩を竦めてみせる。


「正直ヒヤヒヤしたわ。魔鋼器の『開封』はそう単純なものではない。帝国も、エルツもその辺りが分かっておらん」

「左様です。王女殿下はまだお若いですからな、まだ実感できないのでしょう」

「そのエルツは、いまどうなっている?」

「黒が引き続き捜索を行っていますが、発見したとの報は未だ」

「父上も甘いことよ」


 王国の方針に反対した時点でどこぞに幽閉しておけば良かったのだ。時間と猶予を与えるからこの様なことになる。王家の血統もこうなると面倒だ。『開封の御手』が無ければ、たかが小娘一人だというのに。まあその恩恵を受けているオレが言うことではないが。


「黒の大隊長はインヴァネスだったな。詳しい話が聞きたい。一度こちらに出頭させて報告させよ」

「はい」

「あと青から応援をだしてやれ。帝国の連中と合流されては面倒だ」

「は。」


 カーディフは立ち止まり、振り返る。


「殺せ」


 メスタはカーディフの視線を真正面から受けて、その表情は微動だにしない。


「殿下。恐れながら、その様な物言いは宜しくありません」

「うむ?」

「ただ『良きに計らえ』と仰るだけで良いのです」

「ああ、なるほど。なるほどな、いや私も若輩、勉強になる。苦労を掛けるな」

「勿体無きお言葉」


 そこには媚びも打算も無い。二人の交わす言葉は信頼に裏打ちされ、余計な言葉を必要としない。故に淡々としていた。


 二人は橋から発掘抗の縁へと降りた。発掘抗の縁には線路が引かれて、橋が穴の上を移動出来る仕組みになっている。作業員たちが橋元に取り付き、移動の準備を始めている。


 カーディフは一度立ち止まり、穴の底を見下ろした。視線は航空軍艦の更に下に注がれている。最深部までは暗闇が邪魔をして見通せない。暗闇の底に幾つかの微かな光点が見えた、気がした。


 「『ユピテル』か」


 カーディフの独り言に、応える者は誰も居なかった。



  —— ※ —— ※ ——



 太陽が頭上に来る頃。

扁平した円柱形の巨大な物体が発掘抗より垂直に浮揚していく。全長二百メートル超。その威容にどよめきが起きる。


 航空軍艦一番艦。艦名をフレゼレクスベア。命名はカーディフが行った。

航空軍艦フレゼレクスベアは艦尾まで発掘抗に外へ出ると一旦中空で停止し、ゆっくりと艦首を降ろしていく。低い振動音が一際大きくなった後、急速に小さくなる。艦体は水平に静止していた。その青い艦体が陽の光に煌めく。


「急げ! 火砲の搬入が最優先だ。工程表をよく見ろ!」


 怒声と共に作業員たちが再び動き出す。航空軍艦の艤装に取りかかる。完成した暁には、大陸最大の航空軍艦となる。

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