【三】報酬は五倍です

 ——約千年前。


 大陸南部に王国が成立した。旧文明の遺産・魔鋼器の発掘は古より行われていたが、動作することは無く、太古の化石という以外の価値は無かった。それを、魔鋼器を実際に動作しうるモノにして使い始めたのが王国だった。


 王国は各地に点在した発掘抗——魔鋼器が発掘される縦穴——を統治下に置き、発掘・運用の技術や経験を集積させる魔鋼器ギルドを組織した。これにより魔鋼器の発掘量は飛躍的に増大し、部品交換による修理も可能な市場を形成した。統一通貨が鋳造される前は魔鋼器の物々交換も行われ、のちに普及する貨幣制度の下地ともなった。

 五十年前に帝国が勃興するまでは、大陸一の国家は長らく王国であったのだ。


 王都。


 千年の歴史を持つその都は複雑な都市構造をしている。外壁は過去何度も増改築されている為、蛇が絡み合う様な複雑な構造をしていた。そこにトラス川が南西へと流れる。市街地は外壁の内外に広がり、その境界線は曖昧になりながら平原へと消えていく。


 一転、内壁はほぼ真円を描き、その美しさから白円城と讃えられている。内壁の中は貴族たちの領域となっていて居館が居並び、その中央には高い白塔を中心とした王城がそびえる。


 季節は秋。まだ夏の終わりが近いこともあり、少し強めの日射しが白塔を輝かせる。その南側には白塔を除けば王城の中で一番大きな構造物である主館がある。玉座の間が存在する、王国における政務・外交の中心である。


「引かぬか」

「恐れながら、皇帝陛下よりは是の回答のみ持ち帰れと厳命されておりますれば……」


 紫の玉座に座すのは現国王ザグレブ・シルバン・スナイフェルスである。白髪白髭、そして青い瞳からは王としての威厳が発せられ周囲を圧している。その御前に屹立する帝国の外交官はゆっくりと頭を下げた。怯んだ様子は無く、相当の胆力の持ち主だと窺える。両側に居並ぶ王国の貴族、大臣、将軍たちは無言でそれを見つめている。


「魔鋼器の管理者を自認されるのであれば、責務を果たされるべきです。このまま寒冷化が進めば、帝国だけでなく大陸全土が飢えますぞ」

「寒冷化がこのまま進むとは限らぬ。帝国一国の事情だけで『ユピテル』ほどの魔鋼器を稼働させることは出来ぬ。」

「なれば帝国は……陛下に代わって魔鋼器の管理者となるまでです」

「そうか、残念だ」

「まことに」


 国王と外交官の視線が交わる。最後の交渉は決裂した。外交官は一歩も引かず、威厳を持って退出した。玉座の間は沈黙に包まれた。複雑な空気だった。開戦を歓迎するとも恐れるとも違う。戸惑いだろうか。


 沈黙を破って将軍の一人が国王の前に歩み出た。


「帝国軍は既に北部国境沿いに展開しつつあります。一部は既に越えているかと……」

「ベルテン伯とルシアス候の軍団が集結完了、北上中です」

「アイドウシチナ発掘抗の状況は?」

「鉄騎兵五機を含む護衛部隊が既に到着済みです。作業は八割ほど完了、あと三日程度で稼働出来るかと」


 堰を切った様に報告が次々と上がる。外に控えてきた文官・武官たちが資料を持って入室し、あっという間に玉座の間は戦時の様な活況に包まれた。


 国王はそれに耳を傾け、時折直接指示をする。その合間、脇に控えていた老齢の侍従長を無言で呼ぶ。侍従長は静かに寄り添い、耳を国王に寄せる。


「……エルツはどうなった」

「は。七虹大隊の黒を向かわせておりますが、未だ」

「橙は排除したのではないのか?」

「どうやら傭兵団を雇っていた様で」


 侍従長は無表情。ザグレブは険しい表情を浮かべる。


「あの愚か者が……」


 それは国王では無く、一人の親としての声だった。



  —— ※ —— ※ ——



 帝国と王国の国境近く。

街道からは離れた、月の輝く森の中で野営をする一団があった。簡易テントと焚火を囲う三人。すぐ傍には天蓋の無い四輪車と一本角の深紅の鉄騎兵がある。深紅の鉄騎兵ゼラニウムはフィエが乗っていた機体である。


 彼らはエルツが雇った傭兵団の一味であった。長麦畑でエルツを回収した後、追っ手をまく為に東の森林地帯へと逃げ込んだのだ。


「で、なんでアタシら王国軍とやり合ってるワケ?」


 焚火を枝で突きながらマラウイ・ススワは至極当然の疑問を口にした。長銃を二丁収納した箱を背負った少女のその姿は、どちらかと言えば背負われている感がある。長い銀髪を後ろでまとめ、さらに団子状にしている。


 焚火の上には、へこみが目立つ金属製の深鍋が吊されている。ぐつぐつと芋と肉が煮える鍋からは空腹には堪える匂いがしている。鍋を掻き回していた髭面の男ユングフラウ・ノルベギアは、目で訴えるマラウイに応えてお玉に煮えた芋をすくって差し出しながら言った。


「おかしいか?」

「いやオカシイだろ。帝国と戦争になりますぅ、危ないですぅ、お姫様護衛して欲しいのって話だったじゃん。それがなんでお姫様、王国軍に追われてるんだよぅ」

「そうだな」

「おかしいよな?」


 芋をもぐもぐと咀嚼する少女に、髭面の男は首を傾げる。瞬間、マラウイは赤光した枝先で男の手の甲を弾いた。


「ぅおっ、危ねぇな!」

「可愛くねぇんだよぅ。ささっと話しやがれ!」


 びしびしと枝を振り回す。ユングは慌てて躱しつつ鍋を掻き回す。大柄の割に小廻りが効く男だった。ひょいひょいと避けつつ器用に器に煮物をよそうとマラウイに差し出す。むっとしながらも枝は焚火に放り込み、器を受け取って肉を頬張る。空腹だった。


 眼鏡を掛けた青年タハト・ムランジェが溜息をつき、読んでいた本を閉じた。本の題名は『長麦畑でつかまえて』。小説だった。


「王国内は二つに分かれているんだ。帝国の要請に同調して魔鋼器の『開封』の数を増やすことを目指す開明派と、今まで通り抑制していく慎重派だな。お姫様は開明派だ」


 もっとも開明派の王族はお姫様だけだけどね、と付け加える。


「ふうん……良いことなんじゃね? 魔鋼器便利じゃん」


 肉は美味い。もし発火の魔鋼器があれば、わざわざ火起こしをする必要は無い。楽だ。


「そう簡単な話でもない。魔鋼器は有史以前の旧文明の遺産だ。説明書きが付いているわけじゃない。『開封』してみた結果、大事故に繋がる可能性もある。実際、鉄騎兵を『開封』したら無人で暴れ出したっていう事件も起きている。慎重派の言い分も分からないでも無い」

「アレ、無人で動くのか?」


 マラウイはもぐもぐとイモ咀嚼しながら深紅の鉄騎兵ゼラニウムを見つめる。


「フィーがいろいろと解析しているよ。確か無人でも動くんじゃなかったかな」

「へー」

「で、帝国の要請を受けて魔鋼器を開封しようと家出したのがお姫様で、それを追い掛けているのが慎重派の王国軍って訳だ。なにせ『開封』は王族のみが出来る特殊能力だからな。王家の血が外に出るのは食い止めたいところなんだろう」

「……それってさ、アタシら完全に王国とバチバチにやり合うってことじゃん? なんかもう王国には戻れない、というかお尋ね者になるんじゃないかよぅ?」

「多分そういうことになるね」


 薄々分かっていましたといった表情でタハトは髭面のリーダーを見つめる。マラウイも続く。見つめられたユングは芋と肉を頬張り、咀嚼し、呑み込んだ後、渋々と応えた。


「いやだって……報酬五倍出すっていうし……」

「ご」


 マラウイは呆れて天を仰いだ。そりゃお前、どう考えたってヤバイ山だろうがよう……いや五倍で見合うのか? そもそも報酬貰えるのかよぅ。


「まあ、フィーが珍しくやりたいって言った仕事なんでね」

「なんでまた?」

「お姫様とお知り合いらしいですわよ」

「……ふーん」


 それはちょっと気に入らない。マラウイはがつがつと煮物を口に押し込むとおかわりを要求した。

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