【三十三】腹立つからね

 回路の奧から現れた灰色の鉄騎兵は奇妙な形をしていた。手も足も、幾つもの金属の板を隙間を空けて重ねた形をしていて、それを青く光る関節が繋いでいる。胴体部も同様で、その隙間から背後が見える。どう見ても人が搭乗する場所は無い。それが十数機、こちらへ向かってくる。


 エルツと博士を両肩に乗せた深紅の鉄騎兵ゼラニウムが、螺旋を描きながら向かってくる灰色の鉄騎兵群の中央を勢いよく突破していく。先頭の鉄騎兵が機体を旋回させるが、その背後に白と黒の鉄騎兵が襲いかかる。


 黒い鉄騎兵マクロフィアが剣を振るう。灰色の鉄騎兵の膝関節を後ろから打ち砕き、足が明後日の方向へと飛んでいく。それは部品を撒き散らしながら回廊の天井にぶつかり、跳ねて流れていった。


 しかし灰色の鉄騎兵は何事もなかったかの様に振り返り、右腕を振り下ろす。手首の内側から光の棒が伸び、黒い鉄騎兵マクロフィアの剣を弾く。刀身の真ん中辺りまで光の棒がめり込む。


「ぬうんッ」


 インヴァネスは怯まなかった。剣で円を描いて光の棒を振り払うと、素早く剣先を突き入れる。二度、三度とそれは灰色の鉄騎兵の左右の肩関節と頭部を貫き、更に胴体に蹴りを入れる。両腕を失った灰色の鉄騎兵は回廊の壁に激しく打ち付けられ、沈黙する。全身から光が消える。


「……厄介だな」


 舌打ちしながら、インヴァネスは次の目標へと機体を旋回させる。地上であれば足を砕けば相手を無力化できたが、このふわふわした空間ではそれだけでは止まらない。


 エルゴンの白い鉄騎兵スフェーンも、灰色の鉄騎兵と相対していた。斧槍を振り抜き、灰色の鉄騎兵の腰部を薙いで真っ二つにする。


「わははっ、脆いッ。脆いなあ!」


 操縦席で笑うエルゴン。次の標的に向けて斧槍を突く。斧槍は灰色の鉄騎兵の胸部を貫いた。正確には板と板の隙間を押し曲げながら貫き、嵌まった。


「ぬお?!」


 灰色の鉄騎兵は動きを止めず、右手で己を貫いている斧槍を掴むと、左手を振りおろした。手首から光の棒が伸びる。


 ガツン。


 光の棒が白い鉄騎兵スフェーンを斬り裂く直前、その手首が四散した。更に右手と胸部が砕け、その破損した衝撃で回廊の奥へと流れていく。


「おっさん油断しすぎだよぅ」


 エルゴンを助けたのはマラウイだった。回廊の出口に張られたワイヤーに、回廊側を頭上にする様に立っている。構えた魔鋼銃から弾が放たれる度、ワイヤーが軋む。正確に三発、白い鉄騎兵スフェーンの近くにいた灰色の鉄騎兵の頭と腰と右足に命中し沈黙させる。


「タハト、弾ーッ!」

「はいはいっと」


 タハトが背嚢から掌大の金属ブロックを取り出すと、回廊の真ん中にいるマラウイに流すように投げる。マラウイはそれを受け取ると魔鋼銃の柄の部分から同じものを取り出し交換する。再びマラウイが射撃を始め、その度に灰色の鉄騎兵が沈黙していく。


 タハトはかなり機嫌が良かった。金属ブロックは魔鋼銃の弾倉である。さっきすぐ傍にあった倉庫と思われる部屋で見つけたのだ。それも大量に。鉄騎兵よりも高額で取引される弾倉が、今タハトの背嚢に満載されている。多少の乱用にも鷹揚になれるというものだ。


「こっちは何とかなりそうかな」


 ユングはタハトの隣で戦況を見ていた。数は向こうの方が上だが、連携して動いている風には見えない。それぞれが各個で周りの状況に対応している感じだ。それならば数の多さはそれほど怖くない。インヴァネスもエルゴンも不慣れな環境によく対応している。


 あと問題は……。天井を見上げる。また、ぎしぎしと軋む音がする。この『ウラノス』に到着してから止むことが無い。むしろその間隔が縮まっている感さえある。


「早めに片がつくといいんだけどねえ」


 ユングは目を細めて、回廊の先を見つめていた。



  —— ※ —— ※ ——



 灰色の鉄騎兵の群れを突っ切ってからは、特に妨害らしきものはなかった。

エルツと博士を乗せた深紅の鉄騎兵ゼラニウムが回廊を直進する。熱気で加速しなくても慣性で進んでいく。


 何度か十字路を越えてしばらく行くと、行き止まりが見えてくる。近づくと扉が自動的に開き、深紅の鉄騎兵ゼラニウムはその中へと流れていく。


 中は、半球状の広大な部屋だった。二百メートルはあろうか。天井には星空が映し出されている。外の光景を映し出したものではなさそうだった。天の川が二つ、天頂の部分で交差している。

 深紅の鉄騎兵ゼラニウムはゆっくりと着地した。


『制御室はこの先?』


 フィエが拡声器で聞いてくる。


「そうだネ。この部屋の先にあるヨ」

『じゃあ先に行っていてくれ』


 深紅の鉄騎兵ゼラニウムは両手をゆっくりと前に押し出し、エルツと博士を部屋の反対側へ向けて流した。


「フィー?」


 エルツは流されながら振り返った。そこで気がついた。天を見上げる。


 天の川が交差する天頂が丸く開き、中から銀色の鉄騎兵が降りてきた。ゆっくりと舞い降りるそれは、エルツと博士が通り過ぎた後に、部屋の中央に降り立った。胸部の装甲が開き、中から搭乗者が姿を見せる。エルツには後ろ姿しか見えない。だが、忘れるはずも無い。


「……ッ」


 エルツの中に一瞬引き返そうという気持ちが鎌首をもたげたが、しかし結局そのまま流れていった。一体何を言うのか。

 エルツと博士は反対側の扉の向こうに消え、中には二機の鉄騎兵だけが残された。



  —— ※ —— ※ ——



 フィエは胸部装甲を開き、深紅の鉄騎兵ゼラニウムの外へ出る。距離を置いて銀色の鉄騎兵が立っている。そこには褐色の少年が同じく外に出ている。帝国第四皇子、アトバラ・メジェルダである。その瞳がこちらをじっと見つめている。


「エルツたちは先行っちゃったけど、いいのかい?」

「問題無い。お前を排除すればどうとでもなる」

「そっか」


 無言。


「なあ」

「なんだい?」

「なんでさ、オレに声を掛けなかったんだ?」

「お前を巻き込みたくなかったからさ」

「エルツは問答無用で巻き込んできてるけど? まあオレから声掛けたっていえば掛けたんだけど」

「そういうのを見たくなかったのさ」

「そういうの?」

「腹立つからね」


 一瞬だけ。ほんの一瞬だけ。アトパラが眉間に皺を寄せて、吼える様な表情を浮かべた。それはたぶんフィエに向けられて、かつそうではないものだった。


 ぎしぎしと音がする。


「どうやら、もう時間はなさそうだ」

「そうだな」


 アトパラが告げ、フィエが同意する。二人は鉄騎兵の操縦席に戻ると、同時に胸部装甲を閉めた。銀色と深紅の鉄騎兵がゆっくりと装備していた斧槍を構える。





 再び、半球状の部屋を軋ませる音がした時。二騎の鉄騎兵は加速し、その斧槍を交差させた。

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