【三十四】決着
「やあ諸君! 元気にしていたかネ?」
博士が元気良く制御室に入る。エルツは短銃を構えていたが、中には兵士の姿は無かった。四人の白衣の者と、あの手枷を塡められた少女だけだ。
「博士! よくご無事で」
四人の白衣の者は小走りで博士の周りへと集まった。意外と人望があった様だ。エルツは短銃をしまい、少女の元へと駆け寄る。怯えている少女の手首を取り、手枷の縄をナイフで切る。
「あ、あの……私……」
「大丈夫、心配しないで」
エルツは軍服の上着を少女に掛けてやると、その場で待つ様に言ってから博士のところへ向かう。
「状況は?」
「皇子様は自分自身に管理権限を付与させたそうネ」
「管理権限?」
「つまりアナタと一緒。彼と、彼の子孫は魔鋼器の開封と封印が出来る血筋になったヨ」
「王家七抗は?」
「起動中。皇子様だけに操作できる制限をかけたので、ちょっと時間掛かってるネ」
エルツは制御室の正面に視線を移す。パイプオルガンの様な制御装置の上に、映像が投影されている。一つは見覚えがある。アイドウシチナ発掘抗だ。その他に六つ。全て真円の穴だ。幾つかは見覚えがある。王家七抗である。その全てが、青い光を発している。
「魔鋼器は有限。壊れもするし数も限られている。それをちびちびと使い潰すか、一気に利用して新しい技術に繋げるか。皇子様は後者を選んダ」
「そっか、魔鋼器もいつかは無くなるのね。その為に新しい技術が必要なのか」
「石炭も石油も枯渇したこの星で、人間が文明を維持していくならネ。原始人に戻りたいのなら不要だけど」
博士が渋い顔をする。たぶん博士的には耐えられない未来なのだろう。
「あとは、それを誰とやっていくかという話。まあ、そういう意味では結局、皇子様も王国のしがらみからは逃れられなかったのだろうネ。この場合は帝国のしがらみかナ?」
どうなんだろう。エルツはそれはちょっと違うと感じていた。アトパラはたぶん、独りで背負おうとしたのだ。子供に継がせるつもりもない。独りで全部を遣り遂げるつもりだったのだろう。
「さて、どうすル?」
博士が問うてくる。その目をエルツは真っ直ぐに見返す。
「決まっているわ。ここなら出来るのよね?」
「はいナ」
「じゃあやるわ」
「誰でも使える様になっちゃいますけど、いいんですかネ?」
「いいんじゃない? 善人が使えばラッキーだし、悪人が使うのなら叩き潰すだけよ」
エルツは正面を向いた。正面に投影された映像には青い星が映し出されている。
「この星にある全ての魔鋼器を解放する!」
—— ※ —— ※ ——
半球状の広大な空間で、二機の鉄騎兵の戦いは続いていた。
銀色の鉄騎兵の攻撃は続く。両肩の後ろから二本の筒のような物が持ち上がると、その先端が開く。中はガラスになっている。そのガラス面が発光したかと思うと、青い光線が射出された。
四本の光線は
「くそッ!」
フィエは
再び光線が放たれる。
背部の噴気孔から、勢い良く熱気が噴き出される。
その右膝から突起物が露出するのと同時に、撃ち出された。魔鋼製の杭だった。ガツンという音共に杭が銀色の鉄騎兵の胴体を貫いて、遠い背後の半円球の壁に突き刺さる。
銀色の鉄騎兵の各部から放たれていた青い光が消える。関節から力が消え、だらりとした姿で流れていく。
『オレの勝ちだな』
「そうだな」
アトパラはそっと目を閉じて負けを認めた。
「お前はエルツが絡んだ時だけ強くなるな」
『そうかな?』
「そうだよ。嫉妬するね」
アトパラは操縦席を出た。鉄騎兵の間に浮きつつ、両手を広げる。
「殺さないのか?」
『そうだなー。慰謝料ぐらいは払ってもらおうか』
「出世払いで」
フィエはにかっと笑った。
—— ※ —— ※ ——
エルツは目を瞑っていた。制御室の中央にある椅子に座っている。天井まで繋がっている背もたれの表面を忙しなく青い光が行き交っている。
博士は制御盤に向かって何やら操作している。他の四人も同様だ。只一人、元手枷の少女だけがすることも無く、膝を抱えた体勢のまま宙に浮いている。
ぎしぎし
少女は不安げに上を見上げる。ぐるりと反転していたので、彼女にとっての上は今、床だった。先程から軋む音がやけにする様になった。何やら不安になる音だ。
「はいナ。作業は完了したヨ」
博士が振り返って言う。エルツの座っていた椅子の背もたれから、行き交っていた光が静かに消えていく。エルツは目を開け、右左と見回す。
「ホント? 何か変わった様子ないんだけど」
「ここではネ。今頃地上の魔鋼器は動き始めているヨ。『開封の御手』無しにネ」
「ふーん。王家七抗は?」
「そっちの方は簡単ヨ。命令信号を途中で止めたから、それでオシマイ。起動はするけどネ」
博士がにんまりと笑う。
「これで魔鋼器弄り放題よネ。研究が捗るワー」
白衣の者たちもうんうんと頷く。涙ぐんでいる者もいる。なんだか今にも胴上げをし始めそうな勢いである。
「……なんだか実感が無いわね」
エルツはちょっと不満顔である。
「まあ気持ちは分かるヨ。王女様、結局ココに来て座っていただけよネ」
「うぐ」
そう言われるとぐうの音も出ない。結局何もやっていないんだよな。
「その身体だけが必要だったのがショックだった?」
「卑猥な言い方は止めて」
博士がぐへへへと笑ってくる。エルツは眉間に皺を寄せて顔を背ける。
再び軋む音が響く。今度はかなり大きい。全員が天井を見上げる。
「ちょっと大丈夫なの?」
「ダメだヨ」
あっけらかんと博士が言う。全員の視線が今度は博士に集まる。
「『ウラノス』はもうとっくに通常の軌道から落ち始めているネ。さっさと退去しないと」
「しないと?」
「たぶん落下の衝撃で全員死亡ネ」
皆ふわっと視線を彷徨わせた後、慌てて制御室から逃げ始めた。
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