【三十五】魔鋼器解放事変

 ——王都の南。


 馬車で三日ほど行った先に、タンベレ発掘抗という小さな発掘抗がある。直径二十メートル、深さは現時点で百メートル。大きさの割に発掘量が多い、王都近郊では発掘作業がもっとも活発な発掘抗である。


 今日も魔鋼器である起重機を用いて、穴の底から掘り出された魔鋼器が引き上げられてきた。二メートル四方の金属。各所に凹凸があるが、何に使う物かは分からない。起重機で引き上げされたその金属の箱は、近くに待機していた鉄騎兵に受け渡される。


 鉄騎兵といっても、操縦席は露出し頭部も無い。作業用の鉄騎兵だ。人で運べない大きさと重さの物体を運ぶのに鉄騎兵は不可欠だ。掘り出されたばかりで泥だらけの金属の箱は、すぐ近くを流れる川の畔へと運ばれる。


 川の畔は整地され、多くの魔鋼器が並べられている。四輪車や二輪車、あとは細長い棒などといった用途不明なものまで。先程の金属の箱も、その隣に置かれる。すると作業員たちがのそのそとやってきて、掃除を始める。まずは泥落としだ。川から木桶で水を汲み、金属の箱に浴びせてブラシで擦る。それを繰り返す。大きいから泥を落とすだけでも大変である。


「……ん?」


 作業員の男は、ふと空を見上げた。雲一つ無い青い空。日はそろそろ真昼を指し示す時間である。昨日から随分暖かくなった。男も半袖で作業している。


 見上げた青い空を、星が一つ横切っていく。『真昼の星』だ。見慣れたとはいわないが、珍しいものでもない。よく子供の頃、お袋にお話し聞かせて貰ったっけな……。


 そう懐かしむ男の目の前で、『真昼の星』が尾を引き始めた。それはあっという間に空の半分を渡るぐらいに伸び、更に『真昼の星』自体が二つに分かれた。


「なんだあ?」


 男が唖然とした。それは流星を見てではない。今彼が手で触れている金属の箱、それが表面のスリットから青い光を放ち始めたのだ。青い光、それは即ち魔鋼器が動き始めた証左である。本来なら王族が来て触れないと動かないはずなのに……。しかも見渡せば、その場にある魔鋼器全てから青い光が出ているではないか。


 作業員たちが騒ぎ始める中、二つの流星はそのまま東の空へと消えていった。



  —— ※ —— ※ ——



 『真昼の星』が流星に変わったのを、国王も見ていた。航空軍艦の丸窓から見える南の空に辛うじてそれは見えた。国王は流星が消えた後も、しばらくじっと空を眺めていた。


 その丸窓に映る、室内のテーブルの上に置かれた金属の板が淡く青い光を放ち始めていた。本来の用途は不明だが、国王が状況を確認する為に持ち歩いている未開封の魔鋼器である。これが国王の意志に寄らず青く光り始めたということは、他の魔鋼器にも同様のことが起こっていると思われた。


 つまり、エルツは全ての魔鋼器を解放したのだ。国王は溜息をつく。やれやれこれからどうなるのか。そう考えると頭が痛かった。

 まずは王家七抗には追加の部隊を派遣し、今までより警備を強化する必要がある。勿論他の発掘抗にも布告を発する。今までは用途の分からない魔鋼器は封印して放置しておけば良かったが、これからはそうもいかない。学者連中を集めて、魔鋼器の研究を一層進める必要がある。考えること、やることが山積みだった。


「陛下、そろそろ会合地点です」


 室内に紫の大隊長が入ってきて敬礼をする。国王はうむと頷くと貴賓室を後にする。大隊長の先導で艦橋へと上がる。


 空は青い。


 正面を見ると、遙か先に一隻の航空軍艦が姿が見えた。それはお互い距離をゆっくりと詰め、やがて舷側を擦り合わせるように中空に停止する。国王は隣に停船した航空戦艦の艦橋を見る。遠いが、見間違えるはずも無い。向こうの艦橋には帝国皇帝がいた。向こうもこちらを見ている。


 ——まずは。


 やるべきことは多いが、まずは戦争を終わらせねば。国王は大隊長を引き連れ、皇帝との会談の場へと向かった。



  —— ※ —— ※ ——



 『ウラノス』は帝国と王国が領土を持つ大陸の西に広がる大洋に落下した。故障寸前だったとはいえ、魔鋼器の外殻自体は強固である。大部分がそのまま落ちてきた。周囲に島や大陸は無い場所を選んだから被害はほぼ無いはずだヨ、とは博士の弁である。但し、『ウラノス』に搭載されていた地図が正確であればの話だが。地形情報は随時更新されているから大丈夫だヨー、たぶん。


 エルツたちは白い航空船で脱出した。


 降りる場所を選んでいる状況では無かったので、降下したのは東の大陸だった。そうハラキリ文化の大陸である。そこから元の大陸に戻ってくるのに一ヶ月ぐらいかかった。半分ぐらいは物資調達にかかった時間である。なにせすぐに帰ってくる予定だったから、食料の類をほぼ積んでなかった。勿論金貨や銀貨を持って戦いに赴くワケもない。タハトが持っていた魔鋼銃の弾倉も、ハラキリ国の人間は魔鋼器を知らないときた。事実上無一文だったのだ。


 そうやって。


 ようやく王都に戻ってきた時には、本格的な収穫の季節になっていた。『ユビテル』は停止していた。故障でない。博士曰く、蓄積していたエネルギーを使い尽くしたので、またエネルギーを溜める為に眠っているそうだ。また使える様になるには千年かかるのかも知れない。今年の穀物の収穫は平年並み。来年どうなるかは、なってみないと分からないそうだ。上手くいっているといい、そう願わずにはいられない。


 帝国と王国の戦争は停戦していた。国王と皇帝の二者会談が行われたのだという。お互いの軍隊は国境沿いから退き、故郷へと帰っていった。


 帝国第四皇子アトバラ・メジェルダは帝国へと返還された。帝国から賠償金が支払われたという。しかしアトパラは帝国に置いて罪を問われることになる。皇帝の命に従わずに戦争を継続した件についてだ。それ以上の話は伝わってこない。噂によれば帝位継承権を剥奪され、僻地に幽閉されているとも言われている。


 王国第三王女エルツ・スレドナ・スナイフェルスも王都にて幽閉されたと聞く。アトパラの王家七抗占有は防いだが、魔鋼器を解放した件については王国内で賛否両論している。帝国に協力した件もある。どうなるかは、今後の風向き次第というところだろう。


 博士を筆頭とした学者連中は、最終的に王国の研究院に入った。アトパラに与した連中だが、あくまで雇われ。大きな罪には問われなかった。今後魔鋼器の研究は進めざる得ない。その為の恩赦といったところだろうか。


 そして、エルツ王女に協力した傭兵ご一行様も、特に大きな罪に問われることなく放免された。無論それは私、ユングフラウ・ノルベギアの影なる尽力があったからである。ホントだよ? 但しタハトが持って帰った魔鋼銃の弾倉は取り上げられた。本人本気で落ち込んでいたので、この件については触れてあげないで欲しい。




 ——こうして。


 国境沿いの長麦畑から始まり、帝国・王国双方の歴史に名を刻むことになる『魔鋼器解放事変』は幕を閉じることになる。



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